第20話ー竹林、ギィロ戦ー
遅くなりました。
申し訳ないです。
戦場はそれぞれに場所を移していた。
―ギィロ戦・竹林―
風が止んだ。竹の葉が擦れ合う音すら、何かを待つように沈黙している。
先に姿を現したのは、黒革の鎧に身を包んだ魔族――ギィロ。
荒く削った獣の骨を肩飾りに吊るし、手には人骨を削った双鉈。その笑みは血に濡れた刃と同じほど、鋭く、濁っていた。
「おいおい……お前が“人間の刃”か。陽の化身ねぇ。」
「呼ぶな下郎。穢れる。」
ヤオは唇を引き結び、白い衣の袖をゆっくり払った。
その動きだけで、周囲の気圧が変わる。竹の葉が、ひと呼吸遅れてざわめいた。
「へぇ……その目、いいな。獣と同じ色してやがる!」
ギィロが笑う。次の瞬間、地を蹴った。爆ぜる土。双鉈が風を裂いてヤオの首を狙う。だが――空を斬った。
「ちょこまかとッ!」
ギィロの視界の端で、風が揺れた。次の瞬間、ヤオの足が彼の腹にめり込み、骨が粉砕する。
だがギィロはそのまま笑いながら、ヤオの足首を掴み、引き倒す。
「いいねぇ!力っ勝負といくかぁっ!!」
「はぁぁ!!!!」
激しくぶつかり合う肉体。
魔族特有の黒い瘴気が竹林を侵食し、地面が腐り始める。ヤオの瞳が鋭く細められた。
「これ以上……穢すな!」
ヤオの腕の蓮の文様が淡い金に浮かび上がる。その紋様から放たれた、暖かい光は蛇のように腕を這い、刀身へと流れ込んでいった。
「“陽神 陽光蛇”!」
竹林が名転する。
ギィロの左鉈が砕け散り、
「ぎゃぁ!!!」
と叫んで左肩を抑え、後方に飛び下がった。ギィロの腕には刀身を砕け散らせた光と同じ光が亀裂のようにはしっている。
「くそ蛇がァ!」
荒く息を吐き、ギィロが毒づく。
ヤオは腕から発する光を周囲にも行き渡らせる。汚された竹林も、浄化される。
だがそれも一瞬のこと。竹林の青が黒に染まり、夜でもないのに星の光が見えなくなる。
ギィロの身体が、膨れ上がっていた。血走った双眸、裂けるような背中から生えた黒い骨の翼。右腕は獣のそれに変じ、鉈と融合した金属の爪が音を立てて伸びる。
「クヒッ……見ろよ、クソガキ。これが俺の“本気”だ……!」
その声はもはや人形のものではなかった。咆哮が竹林を震わせ、枯葉が一瞬にして灰になる。
ヤオは眉ひとつ動かさず、拳を強く握り直す。
衣服の内側で護符が微光を放つ――それは、縁が戦の前に一人一人へ書いた護符。
「縁の字は……熱いな。」
呟いたその声は、決意と共に吐息へ溶けた。
次の瞬間、ギィロの巨腕が唸りを上げて襲いかかる。地面が抉れ、竹が粉砕される。
ヤオはそれを紙一重でかわし、右足でギィロの胴をないだ。瘴気が裂ける。だがギィロの再生は早い。斬り裂いた肉がすぐさま黒く蠢き、粉砕された骨が繋がっていく。 酷い匂い。
「ははっ……無駄だ、ガキ。お前の祈りなんざ、俺の体にゃ通用しねぇ!」
「そうか。」
ヤオの声は静かだった。腕の紋が更に輝きを増し、彼の体を伝って風が巻く。
――それは祈りではなく、誓い。
「“陽神――縁字封陣”!」
足元の地面に、縁の筆跡が広がった。
黄金の文字が竹林一帯を走り、蛇のようにギィロの周囲を取り囲む。護符が共鳴し、縁の結界の力が一瞬だけヤオの力と重なる。
ヤオの渾身の正拳が走る。ギィロの咆哮が竹林を裂き、闇が爆ぜる。
眩い閃光――そして、静寂。
風が戻った。
竹の葉がゆっくりと降り積もり、焦げた地面を覆う。
ギィロの姿は、もうなかった。
ただ、焼け焦げた骨の翼の欠片がひとつ、土の上に残るだけ。
ヤオはそれを見下ろし、短く吐息を洩らした。
「……喰い荒らすだけの獣が、誇りを語るな。」
拳を何度か握り返し、背を向ける。
その時、遠くで結界の軋む音が響いた。
誰かが――外で、禁忌を破っていた。




