第19話ー敵襲ー
霧が裂けた。
空気が、粘つくように重い。その中心で、縁はゆるやかに袖を払った。小さな符が宙に舞い、風が形を得る。
彼女の足もとで砂が逆流した。
「……嫌な予感がする。」
静かに呟く声。
ヤオの顔が険しくなり、こめかみに血管が浮かぶ。ユエの影が膨張する。
縁の眼がすっと細まった。
まるで夜の底に、灯が刺さったように。
「――敵襲だ。」
その言葉を合図に、風が一斉に吹き荒れた。
霧を吹き飛ばし、空の色を塗り替える。
同時に、三方向へ視界が切り替わる。
◆ 第一視点:ヤオ vs ギィロ
地鳴り。土が裂け、黒い影が飛び出した。それはまるで獣のような咆哮とともに、炎を纏って現れる。ギィロ。
その眼には血走った狂気が宿っていた。
「やっと出てきやがったなァ……! 生きのいいヤツは久しぶりだぜ!」
ヤオは腰を落とし拳を構えた。その眼差しは冷静そのもの。だがその内側に、雷鳴のような衝動が渦巻いている。
「言葉はいらぬ。手加減もせぬ。」
ギィロの両手の鉈とヤオのが拳がぶつかる。 火花が散った瞬間、周囲の草木が焦げた。炎と風が絡み合う中、ふたりの影が一瞬で消える。
戦場が、ひとつ爆ぜた。
◆ 第二視点:ユエ vs ノノル
霧の奥。
音もなく、気配すらない。
ただ、ひと筋の冷たい風だけが流れていた。
ユエは薄く息を吸い、瞳を細める。その眼前——空間が、波紋のように揺らぐ。
そこに、ノノルが立っていた。白い仮面、赤い錆の着いた鋼の鎖、そして手には黒い槍。
「…………」
何も言わない。
ただ、静かに構える。その姿に、ユエは微かに笑った。静かな怒りの笑みだった。
「……言葉を持たぬ者ほど、厄介だ。」
ノノルが吐息とともに呟く。同時に、槍が放たれる。風が鳴り、霧が裂ける。ユエの身体が黒い線となり、地を這う。蛇のようにしなやかで、鋭い。その動きは、音すら置き去りにした。
二人の間に、明け方の光が走った。
◆ 第三視点:縁 vs ゴトムル
森の上空。
一陣の風が吹き抜けた後、
そこに“黒い影”が立っていた。
ゴトムル——激甚のコキュートスの首魁。鎧の継ぎ目から覗く皮膚は灰色、瞳は深緑。ゆっくりと大剣を抜く仕草に、静かな威圧感が宿る。
「貴様か……我らを邪魔するものは。」
「そう名乗るほどのものではないさ。」
縁の声は淡々としていた。
しかし、その背後の空気が震える。風が縁の周囲を渦巻き、草木が膝をつくようにしなった。
「ただ、我が子らの行く手を邪魔する者を――許す気はない。」
「……師か。」
ゴトムルの目が細まる。
次の瞬間、世界が閃いた。
剣圧と風圧がぶつかり合い、地面が抉れる。縁の袖がひるがえる。彼女は軽く太刀に手を添える。
夜明け前の森が、昼のように輝いた。
三方向の戦場。
それぞれの戦いが、まるで別の世界で起きているように交錯していく。
ーー
一方里の正面にはさざめく黒い霧の中から、ぬめりと人影が現れる。1人の女が歩いてくる。赤い髪のショートヘアにタイトスカートが妖艶な女。激甚のコキュートス、副官キュレー。
「あらあら皆様、朝早くからお忙しい事で…。何かありまして?」
長いまつ毛の瞳が、流し目により艶っぽさを与える。
「魔族の女。我らにはお前たちの力は効かんぞ。」
ガロが悠然と答える。
「ほほほほ。そのようですわね。"ここ"の人に限ってはのようですが、ね…。」
キュレーは含みのある言い方をする。
「ほう…。なるほどな。先走ったバカがいるか。わざわざ教えてくれるあたり、よほど自信があると見える。」
ガロは内心の焦りを見せず、鷹揚に答えた。
「そんなに余裕を持って宜しくて?この里の守りは結界あっての事だと思ったのだけど。」
キュレーは空中に文字を描き、黒い影を集めながら呟く。
「ふっ。敵にわざわざ情報を教えるほど、我らは馬鹿では無い。皆の者、包囲隊形!あの黒い霧に気をつけろ!」
ガロは的確に指示を出す。
「数が多ければ私にかなうとでも?」
キュレーは影を人の形に変え、次々と放つ。影は兵隊の姿となり、どんどんと数を増やす。ガロたち護衛部隊は、各々魔術や剣技で対応する。ガロは伝令を出そうにも、数で押されている今それ出来ない。
ー縁殿の使役獣にかけるしかない。すまない…。ー
…消耗戦が始まった。




