第18話ー誘惑のささやきー
明け方近く。悠淵の里のそば、見晴らしの良い丘に4人の人影がいた。激甚のコキュートスだ。
キュレーが言う。
「ゴトムル様。結界は堅牢です。正面突破では我らとて骨が折れます。」
あくまでもゴトムルは冷静だ。
「……策があるのだな?」
キュレーが冷たい笑みを浮かべる。
「ええ。3人ほど、愚か者がいました。心の隙は、結界よりも脆いものです。」
ゴトムルは満足そうに頷き、
「よかろう。好きにしろ。ただし、“音”を立てるな。」
と指示を出す。
「ふふ……ええ、囁くだけです。彼らの承認欲求を存分に満たしてあげましょう。」
キュレーはブツブツと呪文を唱え、フーッと息を吐きかけた。それは黒い霧から形を成し、羽音を震わせた。翅が震えるたび、瘴気が滲む——。やがて蝿の形となり、里の方に飛んで行った。
遡ること数時間。縁は護衛部隊30人に対魔族用の呪符を配り終えていた。
「これで全員だな。心構えはいいか?」
縁はガロに尋ねる。
「あぁ。若い衆3人が出たいとごねていたが、しばいておいた。この30人は精鋭。大丈夫だ。」
ガロは胸を張った。縁は一抹の不安を覚えながら、
「それならいい。お前たちには魔族1人を任せたい。集団戦で消耗させろ。首魁を倒したらこちらに回ろう。」
と返事をした。思考共有では、
…白曜、黒曜、何としても結界を守れ。ウスハ、アオイ、大楠の精を守って差し上げろ。稲ちゃん、私の元を離れず、もしもの時は力を貸してくれ。…
使い魔たちは声を合わせ、
……御意、仰せのままに……
と頷いた。
護衛部隊達は主に正面を守るため、結界の外に出てった。
ヤオとユエは家族との時間を終え、服装も普段のものになっている。ヤオはモンスターの革の手甲と、ユエは黒の刃のクナイやナイフを装備している。
「お前たち、もういいのか?」
縁は優しく言う。
「我らは力あるもの。家族とはまた時間が取れます。今はにっくき魔族を退ける時!」
ヤオは気合十分だ。ユエは、
「お父さんは大丈夫か、大丈夫か、ってうるさかったけど、お母さんに一喝されてやっと装備ができたよ。全く心配性なんだから…。」
心配性な父親に手こずった様子。
「家族は大事にしろよ。まぁ今回の魔族共、激甚のコキュートスを始末してからは十分に時間が取れるだろう。ひと頑張りだ。お前達にも1人ずつ魔族を殺ってもらう。これは対魔族用の呪符だ。服に仕込んでおけ。」
縁は呪符を渡しながら言った。
その頃、里の西側でゴソゴソと蠢く者がいた。
「大丈夫なのかよ、ガロン。親父さんに止められてたろ?」
「お前も大丈夫だと思ってるからついてきてるんだろ?キース。」
2人の声が小さく響く。
「2人ともやめなよ。僕たちで魔族を1人仕留める。冷静にならなくちゃ。」
もう1人の声がする。
「ヤンガ。真面目ズラするなよ。止められてるのにお前が着いてくるなんて、意外だったぜ。臆病者だと思ってたからな。」
ガロンがせせら笑う。ヤンガと呼ばれた青年は歯を食いしばり、
ーお前らを出し抜いて、手柄を貰うのはこの俺だ。ー
と、暗い炎をたぎらせていた。
その時、ジジジっと耳元で音がする。
ーーお前たち…手柄を手にしたいか…お前たちが里1番と認められたいならば、やらねばならないことがあるだろう?ーー
女の妖艶な声が、3人の耳元に響く。まとわりついて離れない。魔力を込められた呪禁が急速に3人の思考を奪っていく。
ー俺が1番と認められるためには、どうすればいい?ー
既に目に光のないヤンガが尋ねる。
ーー結界がはられているなぁ。あれがあると平等に成功の機会が与えられない。あれを壊そう。そう、それがいい。そう思わないかい?ーー
女、キュレーの艶やかな声が3人を納得させる。
ー俺は…何を?…ー
一瞬ヤンガが問いを持つが、それは闇にかき消される。
「確かに。誰もが平等に成功の機会がなければならない。」
ガロンがぼんやりした声で答えた。
暗い意思が動き出す…。




