依代
目の前に、一人の少女が立っている。
「ねえ、願い事は決まった?」
少女はにっこりと笑いながら、ふわりと宙に浮かんで楽しそうに問いかけてきた。
願い事……?
首を小さく傾げると、少女は一瞬驚いたように目を見開き、それから子どものように頬をぷくりと膨らませた。
「もしかして……まだ願い事、決まってないの?」
問いかける少女の声に、私は視線を落として考え込む。
私は、この少女に叶えてもらいたいことがあったのだろうか。
思考の中に沈み込んでいると、ふと、ひとつの考えが浮かんできて、はっと顔を上げた。
少女は「決まった?!」とでも言いたげに、期待に満ちた瞳でこちらを見つめている。
その視線を横目に受けながら、私は考えを巡らせた。
……そうだ。これは、いつもの夢だ。何度も見る同じ夢。
たしか、これで十九回目かな。
なるほど、と一人納得していると、声に出していないはずなのに、少女が呆れたように言った。
「だから、夢だけど、夢じゃないんだってば! そろそろ決めてくれないと、待つの飽きちゃいそうだよ」
ふわふわと宙を漂いながら、少女は腰に手を当てて不満げに言葉を続ける。
よく分からないけれど、どうやら怒らせてしまったようだ。
「あ、私は子どもじゃないから、怒ってなんかないよ!」
焦ったように私の周りをくるくると飛び回る。
「別に、飽きてなんかも、ないし……でも……」
少女はぴたりと目の前に止まり、困ったように眉を下げた。
「本当に、欲しいものないの……?」
どうしてそんなことを聞くのだろう。
少女は私の反応を見て、必死に手を振り翳しながら訴える。
「私、なんでも叶えてあげられるよ」
――なんでも?
視線を落とすと、瞳には一面の闇が広がっていた。
いくら考えても、何も思い浮かばない。
ふと顔を上げると、少女は真剣な眼差しで、私を見つめている。
「過去をやり直したい? 未来を知りたい? 不老不死にもなれるし、無敵のヒーローにも――なんだって叶えてあげられるよ」
……ない。何も。
私の反応を見ても、少女はめげずに言葉を重ねた。
「それとも……」
――それとも?
「幸せになりたい?」
少女は私の顔をうかがうように、静かに尋ねた。
幸せ……?
幸せって、なんだろう。
いくら考えても、答えは返ってこない。
私は小さく首を横に振った。
少女は悲しそうに目を伏せた。
「なんで……?幸せに、なりたくないの?」
幸せが何か分からない。
分からないから、欲しいとも思えない。
だから――私は何も願わない。
それより、何もない私より、あなたの願いを叶えればいいんじゃない?
そう尋ねると、少女は首を横に振った。
「私は“願いを叶える”方なの。だって、そう作られたから」
そう言いながら、少女は宙に浮かんだまま、私には見えない透明な道の上を歩いていく。
「ねえ、お願い。あなたの願い事を聞かせて」
何も言えず、沈黙だけが流れた。
少女は小さく唇を噛みしめる。
「……私、諦めないから」
ぽつりと呟いた声が、静かに響く。
「ずっと、待ってるから。ずっと、あなたのそばにいる。だから――忘れないで」
その言葉とともに、少女の姿はどんどん遠ざかっていく。
「いつか……絶対、会いにきてね」
その声を最後に、私の意識は暗闇の中へと沈んでいった。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
物語はまだまど始まったばかりですが、彼女と少女の関係性や、彼女のこれからの歩みを、温かく見守っていただけると嬉しいです。




