第7話:ヒーラー葵、教育者モード発動
「このダンジョン、ちょっと難易度高いな……」
カイトがスライムを蹴散らしながらつぶやいた。
現在、俺たちは中級ダンジョン「忘れられた図書館」を攻略中。
本棚が罠を仕掛けてきたり、詠唱してくる本型モンスターがいたりと、妙に知的なダンジョンだ。
「ここって、先生っぽいモンスター多くない?」とユイ。
「そうね、知識を試してくるダンジョンは昔から得意なのよ」と葵先生は余裕の笑み。
そんな中、後方からやけに陽気な声が響く。
「ねぇ先生、この本棚って攻撃力いくつなん? 俺、パンイチでも耐えられるかな?」
例の男――**だいちゃん(パンイチ)**が、本棚に正面から挑んでいた。
防御力ゼロ、回避も運任せ、それでも彼は「自称プロゲーマー」としての自負を捨てない。
「……だいちゃんさん。なぜその格好で挑もうとするんですか」
「スキン解放したらたまたまパンイチだったんスよ。でも、動きやすいし、正直これが俺の戦闘スタイルっす」
「スタイルって言えばいいと思ってるでしょう」
先生の声が若干低くなっている。
だいちゃんは気にせず、すたすたと進み、罠本棚に**ドゴォ!**と吹き飛ばされた。
「ぎゃあああああッ!スパイクブック痛いッ!」
「……回復しますけど、反省はしてくださいね」
「葵ティーチ、ちょっとツンが強いッスよ」
「私は理論に基づいて動いてます。ノーパン戦法はデータがありません」
「パンイチだよ!? せめて布ついてるから!?」
⸻
俺はそのやり取りを見て、ふと思った。
「先生ってさ、前からそんなに分析得意だったの?」
葵先生はぴたりと足を止め、少しだけ遠くを見るような顔をした。
「……まあ、大学時代にちょっとだけ、ガチ勢のギルドにいたことがあるのよ」
「ギルド名とかあるんですか?」
「『数式で殴る会』って名前だったの。あまり良い思い出じゃないけど…」
「なんか怖いわね……そのギルド」
ユイがそっとつぶやいたが、先生は軽く笑った。
「昔の私は、どんな戦闘も数値で捉えて、最適な動きを目指していたわ。でも――」
「でも?」
「味方が全員、回復を拒否して、火力に全振りしたのよ」
「えぇ……」
「……えぇ……」
「ヒーラー不要論とか、マジで言い出して。もう、悲しかったわ」
先生は淡々と語っていたが、その目の奥に宿る火が…今も消えていないように見えた。
「だから私は、次にゲームをするなら、ちゃんと**“仲間”として支え合えるパーティ”**でやりたいって思ってたのよ」
そう言って、こちらを見て笑う先生に、思わず胸が熱くなった。
「大丈夫っすよ先生! 俺たち、ちゃんと仲間っすから! パンイチだけど!」
「パンイチ以外にもう少し何か装備してほしいのが本音です」
「これが俺の『生き様』っすから!」
「あなたが数学のテスト受けたら、ゼロ点でしょうね」
「生き様で点取らせて!!」
⸻
結局、この日のダンジョンは罠本棚だいちゃんVS葵先生のバトル(?)がメインになったが、
最後にはちゃんとボスも倒し、報酬も手に入れた。
そして、確かに感じた。
このパーティ、バラバラなようで、どこか心地いい。
たぶんそれは、回線が遅くても、ラグがあっても、
俺の“今”が、ようやく世界とつながった気がしたから――。