愛野茲菜の悩み③
大光司彼方。
身長は170前半くらい? 太くも細くも無いけど、運動神経がよさそうな立ち姿をしている。でも、体育の授業とかで活躍しているイメージは無い。それでもなんか強そうな感じは不良っぽいオーラのせい? なんにしても、私はこの人を知らない。知らないけれど、知っている人だ。さっき大光司本人も言っていたように、お悩み相談のようなものをするには、少し恥ずかしさが勝つ。でも、そんな事よりも今は、
「えっと、お祓いを大光司がって……そういう事できるの!? すごっ!」
目立たないクラスメートが実は影ですごい力の持ち主だった、なんて、漫画に出てきそうな設定。それを私自身の人生で目の当たりに出来るなんて、すごい!
「お祓いみてぇなもんは出来る。だが別にすごくねぇ。血筋だ」
当たり前のように、吐いて捨てるようにこう続けた。
「お前の悩みもある程度直せる。でもそれには、俺が知りたいお前のこと、お前の周りの事を根掘り葉掘り聞き出す必要がある。名前しか知らねぇクラスメートに、場合によっちゃ風呂に入る時間すら話さなきゃならねぇとしたら、お前は出来る?」
「お風呂の時間くらいなによ。何もなければ8時よ」
「聞いてねぇよ。お前そういうノリのやつかよ」
どうやら私を説得しようとしたらしい。そういえば、さっきそんな事を遠子さんにも言っていた。仲良く無いクラスメートにえぐい相談なんて出来ないだろ、と。
「それくらい問題無いわよ。……えっちな事は聞かないわよね?」
「場合によるが今回のは高確率で聞くぞ。知らんが」
それは困る。困るけど、困るだけだ。
「助けてくれるならなんでもするわよ。正直、それくらい切羽詰まってたの。でも、呪われてるって人に言えたからか、今少しだけラクにもなってるのよね。だから、もしかしたらもう大丈夫かもしれないし、今日は引き返して、もしやっぱり必要そうだったら改めて相談に来るっていう流れでも私は」
「――それだけはダメだ」
言いかけた所で、大光司に止められた。
何か気に入らない事を言ってしまったのか、大光司はどこか怒っているようにも見えた。だから次に出てくる言葉は私への説教かと思いきや、大光司は遠子さんの隣に胡坐をかいて続けた。
「遠子、開けろ。ついでに遊具付近だけ閉めろ」
「遊具付近? ああ、そうね。春果が居ないのだけれど、知らない?」
「聖地でお勤めだから気にしなくて良い」
「りょーかい」
私に話してるのかわざとおいてけぼりにしてるのか掴めない喋り方で相談をして、その鋭すぎる目で私を見た。普通の目線なのか睨んでいるかも判断が難しい、同情しているようにも見える表情を向けてから、こう言った。
「愛野、ちっとばっか覚悟しろ」
「は?」
何を言われたのか解らなくて、数秒固まってしまった。さっきから解らない話を続けられて、口挟まないで大人しくしてたのに、なんだか私が話を理解しているみたいな感じでいきなり曖昧な指示を出されて、どうすればいいかなんて解るわけが無い。私は何も理解出来てないんだ、いきなり出てきて、いきなり「俺がこの場の主人だぜ」みたいにデカい顔して、なんでも解ってるみたいな顔して、理解出来てない私に上から目線で乱暴な口調を吐いている。
解って溜まるか。ただのクラスメート、ただの知り合いというだけで私の事を何も知らないこんな男に、最近の私の苦労が、辛さが伝わるわけが無い。なんとかなんて出来るわけが無い。
「覚悟しろって何よ……」
なんか腹が立ったから、大光司を睨んだ。だって、覚悟ってこいつは言った。私は、多分今までの人生で一番の覚悟を持ってここまで来たんだ。だっていうのに、そんな気も知らないで、上から目線で覚悟しろなんて、私がまるで覚悟できていないみたいじゃないか。
「あら……これは……」
遠子さんの驚いたような声に耳に触れて、イライラが顔に出過ぎた事を自覚した。自覚しただけで抑えられそうに無いから、俯いて畳の木目を見つめた。
「これでも困ってるんだ。本当に困ってて……覚悟してここに来た……覚悟出来てないみたいに言わないで……」
私は感情が高ぶると涙腺が緩くなる。本日も元気に視界がゆがむ。ストレスでも、怒りでも泣いてしまう私は、そりゃ、傍から見たら泣き虫なんだもの、覚悟出来ていないように見えるかもしれないけど、それでも、
「私なりに頑張ってるのに……結果が伴わないからダメなんだとしても、失敗しちゃってたんだとしても、ただの私の能力不足だったんだとしても……何もしてこなかったみたいにだけは……言わないで……」
本当に、切実に、私の本気の気持ちが、それでも――
「それは違う、落ち着け。愛野、お前は今、正常じゃない。基本何も考えるな」
――そう、大光司によって遮られた。
「……とち狂った愛憎劇で生まれし哀像よ、今は除け」
なんて言ったのか解らないけど、大光司が何かを言って、
「戻すわね」
遠子さんがそう言うと
「あ……」
ふと、真夏の太陽の厚さと眩しさに立ち眩みを起こした時みたいに、何も考えられない数秒が続いて、急に許された気がして、得体の知れない安心感が私を包んだ。
「……これって」
私でも解る。今、何かがあった。
「そういうこった」
と、大光司は言う。
「お前は呪われてる。みたいなもんだってのは間違いねぇ。んで、この寺の周りは結界が張られてっから悪いもんが入れねぇようになってる。山門をくぐってからずっと気が楽だったはずだが、それは問題が解決したらからじゃなく、呪いみてぇな諸悪が結界に弾かれて一時的にお前から離れただけだ。だから今、一瞬だけ結界を解いた。そしたらお前は山門を通る前のテンションに戻っただろう。そういう呪いがお前にはついてるんだ」
そういう事か。だから、私が相談を辞退しようとしたのを、それだけはダメだと止めたんだ。よかった、助かった。なんだ、良いやつじゃん、人は見た目に寄らない。本当に有難い。あのまま帰っていたら、私は近々死んでたかもしれない。
「ありがとう、大光司、なんとなくやばいのは解った。それで、私はどうしたらいい。本当に、お金と覚悟は持てるだけ持ってきてる。なんでもする」
改めて言うと、大光司は頭を掻きながら「なんでもはしなくていい」と言う。
「俺じゃなくても、隣町だが光峰寺ってとこもお前のそれを祓える。クラスメートに恥ずかしい話をしなくても解決出来るなら、そっちのほうが」
「大丈夫」
今度は私が大光司を遮った。
「お金と覚悟は持ってきてる。それにそうやって気遣ってくれるところを見れば解る。大光司は大丈夫。ここで祓って欲しい」
その言葉に、大光司はしばらく呆けて、遠子さん「うふふ」と柔らかく笑った。
「じゃあ、私は今から準備に入るわね」
「ったく、わーったよ、ここで少し待ってろ」
そう言って、遠子さんと大光司はそれぞれ、別の道で奥へと姿を消した。