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樺太鉄道の旅

作者: .

2026年の夏、稚内から鉾部までの800㎞以上の道のりを160㎞/h、トンネル区間は210km/hで走行する樺太新幹線が開通した。その衝撃は2011年の九州新幹線の全通に伴い、鹿児島と福岡間が高速鉄道で結ばれたことと同様であり、日本交通史における重要な地点となった。


この樺太新幹線の全通に伴って私は今年の正月に実家のある奥端に帰省することにした。それまでは空路で帰省していたわけだが、飛行機に乗ってまで実家に帰りたいかと言われればそれは「ノー」であり、非常に億劫だった。そのため、実家に帰るのは7年ぶりだ。札幌に親が遊びに来た時には顔を合わせているとはいえ、やはりこちらから出向くとなるとおいそれと気楽に行けない。それに、開通する前から、死ぬまでには樺太新幹線に乗っておきたい、と考えていた私は新しいもの見たさに鉾部行きの切符を予約するのだった。


新札幌駅は北海道新幹線における重要なハブとなっており、南に行こうと思えば「函館ルート」、東に行こうと思えば「根室ルート(旧釧路ルート)」、北に行こうと思えば「稚内ルート(旧旭川ルート)」と三方向どちらにも抜かりはない。今回は目的地は樺太なので当然北の稚内ルートを通る。


札幌―岩見沢―美唄―滝川―深川―旭川


旭川からは分岐ルートとして網走までの路線が存在する。大雪山系の北部、石狩山地をぶち抜いて路線を引いて上川、白滝、野付牛、美幌を経て網走に至る。こちらに行くには乗り換える必要があるが、目的地は北海道最北端の新幹線駅、新稚内駅である。乗り換える必要はなく、そのまま北へ向かった。


旭川―士別―名寄―美深―幌延―稚内


北海道新幹線と樺太新幹線は、経路は繋がっており直通運転を行っている。東海道新幹線と九州新幹線も見習うべきだろう。新稚内駅から樺太最初の駅である泥川駅まで、日本で最も長い駅間距離となっている。だがその反面その区間の殆どが隧道であるためにフルスピードで駆け抜けており、人口過疎地域であり、騒音問題が重大化していないことも追い風となり33分で到着してしまう。これは奥津軽いまべつ駅と木古内駅(74.8km)の38分よりも短い。


稚内―泥川―雨竜―留鷹―豊原


樺太に上陸してからというもの、殆どが田舎風景で住宅街が見えたら奇跡のような感触だったが、豊原市に入るとその風景は一変する。狭い車窓にいっぱいの高層ビルが立ち並び、その繁栄ぶりを窺うことが出来る。長年に渡って樺太の主都として機能してきた古都であり、農業が発展していなかったのにも拘らず中世においても商業都市として栄えてきた。人口は50万人を超えており、樺太最初の政令指定都市である。しかし、繁栄を誇った豊原市も鉾部市や敷香市の台頭によって徐々に衰退の兆候があった。それでも南部樺太地域における重要なポジションに位置していることは間違いない。豊原市と大泊市及びその周辺地域を包含する豊原・大泊中枢都市圏は北海道から訪れる玄関口となっている。昔は豊原市よりも大泊市の方が港市として発展していたと言われている。現在では考えられないほどの逆転現象が発生しているが。


豊原―小田寒―真縫―真郡丹―知取―内路―敷香


樺太の東、オホーツク海を望みながら樺太中部地域まで到達する。一層寒さが身に染みるようになってくるが、何と言っても敷香の都会っぷりが凄まじい。その発展の要因は地球温暖化と外国人労働者の影響が大であろう。一つ目の地球温暖化の影響によってこれまでほとんど行われてこなかった幌内平野にて徐々に農業(産業は主にソバ)が発達するようになり、それに加えて多来加湖の干拓事業で土地が増加したことが敷香の発展につながった。やがて幌内平野の北部は農村地域、南部は人口密集地域を形成することになった。一昔前は精々漁業や林業といった一次産業だけで食いつないできた幌内平野の住民だったが、港市として価値が向上した敷香に投資が集中したことで工業・交通の中心地へと様変わりした。外国人労働者、専ら満洲人がサービス業などの単純労働を請け負うことで足りない労働力を確保していた。転換点となった2016年には樺太庁舎が豊原市から敷香市へ移転したことから行政の中心地は樺太南部から樺太中部へ移動した。人口は周辺地域の吸収合併の影響も合わさり200万人弱、北海道の札幌市といい勝負をしている。この辺りから満州語(事実上の中国語である。確かに満州語は繁体字、中国語は簡体字を用いるという際は見られるものの、電光掲示板という性質上、仕方ないとはいえ簡体字でアナウンスされる)の表記がぽつぽつと見られるようになる。


敷香―保恵―気屯―半田―星野―晴尾―対毛


対毛は今も昔も交通の要衝だ。最初期の国道である国道14号線も豊原から対毛まで舗装されていた。正に樺太北部の玄関口と言えるだろう。近年では満洲人にとっての玄関口としての側面も見せており、今なお活気は衰えない。人口は30万人を超え、中核市である。


対毛―帆江―有奴―夏子―鉾部


遂に樺太新幹線の終着駅へと到着した。駅構内は日本語と同じくらい満州語が話されており、ここがどちらの国の領内なのか傍から見れば分かり辛い事この上ない。あらかじめ述べておくと鉾部市の人口は275万人。人口だけなら敷香市を上回っており、敷香が行政の中心地というならさながら鉾部は経済と中心地である。それもそのはずで、鉾部市の対岸には満州国があり、毎年多くの観光客が訪れるからだ。1998年には両国の間に満樺隧道が開通して廟街省と陸続きとなったことで満洲人の流入は加速。日本国内にありながら日本語表記と満州語表記が半分ずつあるというさながら自治区のような異世界であった。


奥端から札幌にやってきたときに気圧された記憶がよみがえる。はっきり言って7年前の鉾部とはまるで別物であった。それと同時に私は理解したのだ。両親は札幌に遊びに来たのではなく、私の顔を見に来たという事に。遊ぶ場所なら鉾部に敷香にと困らない。恥ずかしさと申し訳なさを覚え、誰から見られているわけでもないのにしばらく顔を覆った。


その後は鉾部奥端線に乗車した。若柴、寄霧、梅狩、縫黎、霧香などの主要都市を経て奥端へと向かう。忌憚なき意見を述べるなら、鉾部以北はそれほど発展した場所とは言えない。主要な産業は漁業くらいで、昔は林業も盛んだったが環境保全の観点からそれも制限されることになった。しかし時すでに遅く環境破壊によって害獣被害も出ており、毎年のように腹をすかせたクマが都市部に出没していたという。農業に適した土地は存在せず、収入の二本柱の内の一柱を失った樺太北部の人々は自然と鉾部に吸い寄せられるようになったらしい。実際、鉾部駅に降りる人は多かったがその逆に電車に乗り込む人はやつれたサラリーマンが大半で、その人たちも寄霧からさらに北上する頃には誰もいなくなっていた。鉾部から寄霧までは2両編制だったがここからは1両編成である。乗り込む者はおらず、梅狩に到着するまでこの電車は私の専用車両となった。梅狩からはそこそこ人々が乗り込むようになった。目的地はやはり私と同じく奥端であろう。主要都市は奥端しかないというのが実情だ。私はその事実に辛うじて自尊心を保った。


奥端に到着した。札幌の気温に慣れきった体は奥端の洗礼に堪えきれず、身震いが止まらなかった。駅舎真正面にある電光掲示板は氷点下21度を示していた。体感温度は氷点下30度は下らないと思っていただけに、自分の耐寒性能の低下を感じる瞬間だった。実は札幌市はヒートアイランド現象によって印象の割にはあまり寒くはないのである。さて、昔は国内唯一無二の石油産業で大成し、最盛期には総人口60万人を超えた奥端も今は30万人を切るか切らないかという瀬戸際にあり、寂しさを感じる。理由は中東から安い石油が手に入るようになったことの一点に尽きる。もはや採算が取れないのである。石油の輸送手段はパイプラインを敷香まで伸ばして、そこからタンカー輸送で全国に届けられていた。これは過去の話であり、現代は稼働してないし、整備も行き届いているとは言い難い。しかし近年、国家安全保障戦略の一環として石油の自国生産と備蓄が喫緊の課題として国会の議題に上がったことで奥端も希望を捨てていない。国家予算を勝ち取ろうと必死だと聞く。私の父は最盛期から衰退期に至るまで奥端で石油事業に尽くしてきた「奥端男児」だ。既に63歳で定年間近だが、その最後が国家から報われるような事業であったと認められてほしいものだ。バスから降りると懐かしい香りが鼻腔を貫く。なんだろう、言葉で言い表しようのないこの香りをしばらく意識していた。バス停から実家まで徒歩10分で到着する。長く感じた通学路も大人になった今は短く感じる。ここを曲がれば一直線で私の実家だ。曲がるとそこには懐かしい家と、二人が楽しそうに話しながら何者かを待つ姿があった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 対ロシア最前線だから、きっと自衛隊や米軍の基地が沖縄並みにたくさん有りそうですね。 乗客も米軍人が多くなるから英語表記も多くて、駅前はきっと沖縄や厚木みたいな感じでかなりバタ臭くなりそう。…
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