ケタ外れな顎
彼女らは全員生い立ちがどんよりしていて、これは要するにゲームだと、自分達を納得させようとしない。議論とバーリトゥードが一段落してから、じゃんけんをした。
「じゃーんけーん」
バーリトゥードが再開した。門番は、全員の体力がなくなるまで、何も言わなかった。全員格闘技をやったことがなかったので、体力だけを無意味に消費し、じゃんけんに落ち着いた。
「やったー、じゃ、私門番で」
金村かなえは言った。
「そういう逃げはない」男は返した。
「あーはいはい、じゃ、ヒーローでいいよん」
「説明は聞かないのか?」
「いいの?焦った。ダメかと思ってたから」花月は口を挟んだ。
「ハナは先回りが得意だしね」斎藤が言った。
「なんて喋っている間に、ヒーローいただき!」
金村が入ったゲートが消えるのを見た後、花月は口を開いた。
「ポジティブにいこう。思考負荷、減ったね。私、最後でいいから。ううん、最後がいい」
斎藤は結局、花月のお言葉に甘えた。胸に詰まる思いは、なんとか伝えられた。
「また、会おうね。ゼッタイ」
「うん、あの猪突猛進女も探してあげよう」
女同士の連帯感情を、門番は眺めた。
部屋に入った瞬間、私はゴッドマンのオーラに圧倒され、噛む力のあまりの大きさに敗北を確信し、用意した逃走ルートでの遁走にはかろうじて成功した。服を着替え、車をスクラップ業者に任せ、成功したと九割確信してから、前に生きてた頃のことをかろうじて思い出す。赤塗りのトラックに轢かれる30分ほど前、私は見知らぬ女と会話をしていたっけ。
そのスペインバルは私の最寄駅から目と鼻の先にあった。赤と黄色と緑の照明で店内が騒がしく彩られているが、マイルス・デイヴィスあたりしか流さない。血中のアルコール度数を高めるのにも如何にもうってつけだが、あのときの私は仕事のために来たのである。えっへん!威張る相手も今はもうどこにもいなくて、感謝。
案内されたカウンター席に腰掛けたとき、アイフォンが振動した。
「はい、こちら『全日本セクハラを許さない会』コールセンターのヤマモトです。御用の方はピーという発信音の後に・・・」
「助けてください!!」
女の声は、自動音声の猿真似を中断した。どれだけ作っても、人間はしょせん人類。
「番号をお間違えでは?」
「お願いです・・・どうか助けて」
「警察に頼ったら?」
「電話したけど、まだ来ないの」
「へー」
電話が切れた。注文したエスカルゴが来た。時間をかけて顎を鍛えながら食べ、店員が皿を片付けると、会釈し、それからノートパソコンを開いた。その頃には「飲んだら書くな!」の原則を早くも忘れたい気分になっていた。アイフォンが鳴った。
「・・・お願い。もう、貴方しかいないの。あいつ、私を確実に殺すつもりだわ」
「一応聞きますけど、どこ住みです?」
「そういうんじゃなくて・・・ッチな目的のイタズラ電話とか、過去に・・・しちゃいましたけど、それなら、わざわざ初対面のあなたに電話してもしょうがないでしょ」
色々と不可解な状況だが、荒れてることだけは感じる。荒れてんな。私も、彼女も。ホントはこの世の中のために、もっと農業とか、まじめに勉強したほうがいいのかも。最低でも、ヒーローに本気でなろうとするより、ずっとマシでマトモだ。
あの後、女と会話を続けたっけ。死ぬ間際の記憶はいつまでも残るというけど、それ以降は思い出せない。バイクによく似た乗り物(この世界の人達は、ジャグルと呼んでいる)で山の田舎道を湾岸ミッドナイトしていると、異世界の通信端末(Gフォン)が鳴った。
「首尾は?」
ゾルダンさんの声。私の雇い主。彼の指示で、今まで五名のヒーローを処理した。不思議なもので、良心がとがめたのは、最初だけだった。責任を組織に完全に預けることが可能な人間グループの中に私がいたということだ。或いは、ヒーローをやっても、良かったのかもしれない。動くものはなんでも撃った。
「到底無理でした。料金はお返しします。退職届書きます」
「まあ聞け。お前はゴッドマンを仕留め損ねた最初でも最後でもない。そういう意味では、今のお前は、お前の好きな『その他大勢』と言えるだろう」
「グスッ・・・ありがとざいます」
「再チャレンジの意思は?」
「二週間、休暇を頂ければ、出てくるかと」
「鍛錬キャンプのチケットはまだ残っている。身体をゆるりと休めるがよい」
「痛み入るッス!」
それから、ゾルダンさんの趣味の古書店巡りの話になってから、電話が切れた。良い上司がいれば、部下はやる気が出るものだな。ふいに気配。ここは人通りが少ない深夜の山の田舎道だから、モンスターくらいしか怖いものは出ない。油断だった。バイクが横転し、私は受け身を取り、路上に立った頃には引き抜いた銃でタイヤを撃ち抜いた相手に射撃を命中させていた。うめき声と共に相手は木からドサリと落ちた。バイタルゾーンには当たったか判断できなかったので近づいて観察すると、茂みの上のそいつは、紫のメタルプレートに全身を覆われていて、近づいた私に何かを投げつけようとする気配があったので、今度は唯一の露出部分である眼球に正確に二発射撃を当てた。
「ギャアアア」
「頑丈ですね。ひょっとして、ヒーローですか?」
「目が!俺の両目が!!」
「ヴィランだったらごめんなさい。どちらにせよ、消しますね」
「せめて・・・質問をしてくれ。異世界にも平和を目指す奴はいるだろうに」
両目を再生し終えると、相手はまばたきして、しりもちをつけ両手を地面につけた体勢のまま私をすがるように見上げた。
「えーと、再生能力持ちは・・・ヴィランが多かったっけ?」
「ヒーローです。これでもヒーロー!殺すことにためらいがないヒーロー!!」
「ダメじゃないですか」
「お前も同類だ」
「一緒にしないで」
「じつは、ヴィランになりたくて」腹の音。すがるような眼。「試験に落ちまくって、もうそれしかないと諦めてる。お願いします!弟子にしてください!!」
弟子か・・・取ったことないし、教えることなどあるのか?それはそれとして、手が増えるのはありがたい。私は彼に手を伸ばした。