閑話休題1
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初めての作品なので、読みづらいところやわかりにくいところなど多々あるかと思いますが、頑張って続けたいです。
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「結局のところ、アルって何者だったのかな……」
そうつぶやいたのは、宿屋の一人娘ミーナだった。
そのつぶやきが聞こえたのは近くにいたジョダだけだった。
ミーナはアルゼリオス、ジョダの5つ上で今年20歳になる。アルゼリオスがこの村に来た時にはすでに5歳なのでその頃のこともよく覚えていた。
その日は、村中の若い男女が一度に結婚してしまったのかというくらい、衝撃的な一日だった。
それもそのはずだ。
あのジョゼリオさんにいきなり孫ができたというのだから。
奥さんもお子さんもいなかったはずなのに、なんで孫ができるの?とミーナは子供心に不思議に思った。
村中のものが、そのジョゼリオの奇妙な孫を見に行った。
もちろんミーナも両親と一緒に見に行ったのを覚えている。
この村で見たことのない、夜の闇のように黒い髪と瞳、雪みたいに真っ白い肌の可愛い男の子だった。
普通の赤ちゃんと全然違う、と思ったのを今でも覚えている。
ジョゼリオはその大きな手をミーナの頭に乗せて、ゆっくりと撫でた。
「この子は、アルゼリオスというんだ。
ミーナ、この子を守ってくれるかい?」
ジョゼリオがいつもの優しい声で言った。
ミーナにとってジョゼリオはそれこそ祖父のような存在だった。
生まれたときにもお祝いをもらったというし、毎年誕生日には珍しい石とか細工物を忘れずにくれる。
いつも声をかけてくれるし、ジョゼリオに相談すればどんなやっかいごとも、必ずいい形に解決するのだ。
あの時もそうだった。
お母さんの大事な服をこっそり着て遊びに行ったら運悪く木の枝に引っ掛けて破いてしまったのだ。
どうしていいから泣きながら隠れていたら、ジョゼリオが家に連れて行って、きれいに服を直してくれたんだ。
それから何か困りごとがあると、決まってジョゼリオに相談するようになった。
そのジョゼリオが今度は自分にお願い事をしてくれたのだ。返事は1つしかない。
「うん!」
何をどう言っていいのかわからなかったが、ジョゼリオのとても大事なものだということはよくわかった。
ならば自分が守るべきものだと子供ながらに思った。
だからミーナは力いっぱい言った。
ジョゼリオはしわだらけの顔をくしゃくしゃにして笑ってくれた。
その笑顔がミーナは大好きだった。
……でも、アルゼリオスはとにかく不思議な子だった。
村の子として、ジョゼリオの孫としてごく普通に育てることをジョゼリオは村の皆に言っていたが、村の誰もがアルゼリオスが普通と違うことを直感的に悟っていたように思う。
アルゼリオスが来て一週間がたち、10日がたち、1年が過ぎた。
やっぱり村の皆はアルゼリオスが他の子と違うと思った。ただの一度も熱を出したりすることもないし、泣き止まなくて困ってしまうこともない。
本当にすくすくと成長していった。
そして、ミーナに気づくと、いつも無垢な笑顔を見せてくれるのだ。ミーナにとって何物にも代えがたい、とても愛おしい存在になっていた。
この子を守らないと!と心に決めたミーナだったが、実際のところアルゼリオスを何からどう守ればいいのかわからなかった。
でもそれは仕方のないことだった。ミーナ自身、あまりに幼な過ぎたのだ。
ある日ミーナは思い立ってジョゼリオに聞きに行った。守るってどうしたらいいのか、と。
目を丸くするジョゼリオ。その後、少しだけ困ったように頭を掻いて、言った。
「ミーナ、説明が足りなくてすまなかったね。
アルゼリオスと友達になってくれれば、それでいいんだよ」
よかった、それなら簡単だ。その夜ミーナは心のつかえがとれたのか、安心して眠った。
それからミーナは毎日のようにジョゼリオの店に行き、アルゼリオスの世話をするようになった。
といっても、手がかからない子供だったから、近くにいて転んだり怪我をしないように見ているだけだったのだが。
アルゼリオは2歳になり、言葉をたくさん覚えた。少し教えただけで色々なことができるようになっていく。
ミーナが出来ないことまで一度にできてしまうので本当にすごい子だと思った。
3歳になり、外で遊ぶことが増えてくると、ジョダという同じ年の友達ができた。
ミーナよりどちらも5歳下なので弟みたいなものだ。
2人はいつもミーナの後をついてくる。そしていつも3人で遊んだ。どこへ行くのにも一緒だった。
だが、2人が10歳になる頃、ミーナは一足早く成人した。
その頃から2人はミーナの後を追いかけなくなった。どうやら2人で森を探検したり漁に行くのが楽しくなったようだ。
そして、ミーナ自身も意識していなかったが、未成人の2人があまりに幼稚な存在に思えてしまったのだ。
ついついお姉さん目線で2人の心配をするのだが、アルゼリオスと違いジョダは生意気盛りになっていた。
森は危険だと何度も止めたのだが、アルがいれば魔物が襲ってこないという。そんなはずはないと諭すが、村の大人も何人かが同じことを言っていたことを思い出す。
村の大人たちでもろくにできない読み書きも算術も漁でさえも、アルゼリオスにとってみれば児戯にも等しいようで、少し教えただけでなんでもこなしてしまう。
ミーナは自分が先に成人したことでアルゼリオスに距離を感じてしまった。どうして同じ歳に生まれなかったのか……と心を沈ませた。
ろくに口も利かなくなって5年近くが過ぎた頃、もうすぐアルゼリオスが15歳になる、そんな時だった。
ジョゼリオは自分の命の期限が迫っていることを村の者たちに伝えた。もちろんアルゼリオスがいない時にだ。
村の者たちは衝撃だったが、同時に覚悟もしていた。
というのも、この話は15年前にもあったからだ。死の床に伏せていたジョゼリオは村を案じて自分の死後について色々な準備をすすめていたのだ。
それがアルゼリオスが生まれたことで、神の啓示を受け15年延期されたという。このこと自体は村の中でも限られたものにしか伝えられていなかったが、今回はほぼ全員に伝えられた。
そしてジョゼリオは最後に言った。
「アルゼリオスが旅立つのを止めてはならん」
ミーナもジョダも、その他の誰もがその言葉を真剣なまなざしで聞いた。
それが、村人たちが聞くジョゼリオの最後の言葉になるとうすうす感じていたのかもしれない。
ジョゼリオの話の通り、今朝早くにアルゼリオスが村を旅立った。
子供の頃と少しも変わらないはにかんだ笑顔。ちょっとそこまで行ってくる、とでもいうように、風のように消え去った。
そして、突然気づいた。
距離をとっていたのはアルゼリオスじゃなく、自分自身だった。
アルゼリオスは少しも変わっていなかったのだ。今もあの頃も。
「アルが普通じゃないのはずっと近くで見てきたオレが一番知ってる。
あいつが神の子だろうが悪魔の子だろうが……
アルはアルだ。それでいいじゃねーか」
ジョダがミーナの目をまっすぐ見て言った。ドキッとするくらい真剣な目だ。
バチンッ!
気づいたら、ミーナはジョダの頭をはたいていた。
「いって!……なにすんだよ!いってーな!」
「ジョダのくせに生意気なこというからよ!」
やばかった。
こうでもしないと自分の顔が真っ赤なのがばれるところだった。頬が熱くなってるから見なくてもわかる。きっと耳まで赤いだろう。
普段ふざけてばっかりのくせに、ほんとにこいつはいいところでいいことを言うんだよな。
「私だってわかってるんだ!……当たり前のこと……言うからだよ!
アルはアル……。いつか戻ってきたら、おかえりって言ってあげないとね!」
そう。人懐っこい笑顔を浮かべた、あの黒髪の少年が戻ってきたら……。