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ネルダ村とワサビ

この小説をご覧いただきありがとうございます。


初めての作品なので、読みづらいところやわかりにくいところなど多々あるかと思いますが、頑張って続けたいです。


ブックマーク登録や評価をいただけますと励みになります。


よろしくお願いいたします。WAKYO

 オレとスライムは村を出てから7日目に予定通り森を抜け、無事西のネルダ村に到着した。


 この世界で15歳にして初めて、ほかの村の人と接するのでちょっと緊張してしまうな。一応スライムは鞄に入れておいたので大丈夫だと思う。


 見たところ門番は2人だ。どちらも長い槍を持ち、立派な体格をしている。ジョゼ村の門番よりはずっと強そうだな。村をぐるりと囲む柵も背が高く、なかなか頑丈な造りのようだ。


 森を抜けてくるのは厄介なことで有名なんだろう。オレの姿に気づくと槍を持つ手に力が込められ、微かに身構えたように見える。


 まあさすがにいきなり攻撃してくることはないだろうが、先に声をかけてみる。


「こんにちは、ジョゼ村からきたアルゼリオスといいます」


「おお、ジョゼ村の者か。

 ……まさか、1人でこの森を抜けてきたのか?」


 門番の1人が訝しげな眼差しを向けてくる。口調からして敵意はないようだが、護衛もつけず1人で森から出てきたのがどうにも納得いかない様子。


 オレは運よく魔物に遭遇しなかったので、と適当にごまかしてその場を切り抜けた。


 実際、スライム以外の魔物には遭遇しなかったので嘘ではないよな。


「なるほど、それは運が良かったな。

 この森で命を落とすものは数知れない。今後は気を付けた方がいいだろう」


 強面だが、内面は優しいみたいだな。


「ギルドカードなどの身分証や紹介状がないと入村税として銀貨一枚かかるが」


 むう……そうなのか。まあ仕方ない。怪しまれたり荷物を調べられると厄介だなと思ったが、そこまで警戒する感じでもない。


 払うものを払ったら、すんなりと門をくぐることができた。


 一昔前は国同士が戦争状態であったりして不穏な情勢だったが、現在は世界的に見ても治安は安定しているらしいから、人の移動には比較的寛容なんだろうな。


 まあこの村には特に用事もなし長居するつもりもない。一日ゆっくりして物資を補給したら、港町シーレイドへ向かう予定だ。


 見た感じ、ジョゼ村より規模的には少し大きいようだな。入ってすぐの通り沿いに店が並んでいる。


 時間もあるし、まずは店をさらっと見て回ろうかな。固まっているしそれほど時間はかからないだろう。


 えーとまず最初は武具店。武器と防具をまとめて扱っているってことね。


 ガラス張りなら外からでも見えるが、まだこっちの世界でガラスはまだ見た事ない。大きな町ならあるんだろうか?


 扉が大きく開いているから営業中ってことだろうな。全く買う気はないがとりあえず入ってみるか。


 思ったよりたくさん並んでいるわけじゃないんだな。ロングソードに槍に斧、あとは短剣。全部一種類しかない。防具は鎖帷子に皮の胸当て。こっちも選ぶほどないか。


 店主の話ではあとは受注生産になるみたいだが、かなり日にちがかかるみたい。なんだか微妙な感じだね。


 まあ大きな村じゃないしこんなものなのかな。


 これなら古いけどじいちゃんの剣の方がよほど使えそうだし、とりあえずスルーだな。防具も今使ってるのと大差ないからいらないな。


 悪いけどまた機会があったらね。


 さて次は食料品店かな。こちらは冒険者というより住人向けの店って感じ。生の肉や魚はもちろんだが、燻製や干物などの保存食も結構扱っているようだ。


 この世界には冷蔵庫も冷凍庫もないからねぇ。


 見たことない魚もいくつか並んでいるな。この村も海沿いだからいろんな魚が獲れるんだろうな。


 旅の途中で何度か魚を捕まえたし果物を結構採っておいたのでまだいくらか手持ちがあるが、干し肉はあって困るもんじゃない。明日出る前に少し買い足しておこうかな。


 今度はパン専門の店か。保存がきくものではなく焼きたてパンがメインの店みたいだ。住人向けって感じかな。オレは長居するつもりがないし、今日はパスか。


 その他にもまだいくつか店はあるようだが、同じ並びに宿屋が見えたので、先に部屋を取っておくことにした。


 ジョゼ村の宿よりは随分大きく、部屋数には余裕があるようだ。時間も早いしすんなり取れたのでひとまず安心だな。


 宿の一階は食堂兼酒場になっている。昼飯時だからか、かなり混み合っているな。オレたちはさっき村に入る前にパンを食べたばかりだし、夜まで我慢しておこうか。


 通りに戻ると、道を行き交う人の中に時折冒険者らしき姿がちらほらと目につく。そういえば酒場にもそんな恰好をした者が多かったな。


 この村にはないが港町、シーレイドにはギルドというのがあるらしい。もしかしたらこの村に関連するクエストでも出しているのかも知れないな。


 あるいはダンジョンが近くにあるとか?まあオレはあんまり興味ないけどね。


 えーと次にあるのは道具屋か。商売柄、というわけでもないけどちょっと覗いてみよう。


 店主1人に、客はチラホラというところ。といっても少なくともうちの店よりは流行っているな。ははは。

 見た感じ品ぞろえもいいし売り場面積も倍くらいある。回復薬もたくさん売っているなぁ……。毒消しも普通に置いているし、冒険者の客がよく来るんだろうな。


 お、この地図、銀貨1枚か。簡易なものだろうけど、今後の旅には必要だな。


 「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」


 いかにも道具屋店主といった風貌の小太りの男が寄ってくる。髪の毛は少ないが髭は立派だ。元いた世界で昔流行った道具屋の店主が主人公のゲームを思い出した。


 とりあえず鉱石の買取ができるか聞いてみる。


「そうですね、ものによりますので、見せてもらえますか?」


 それもそうか、と鞄から1つ取り出して見せる。もちろん、間違えてスライムを出しちゃわないように気を付けながら。


「ほう……銀鉱石ですね。小ぶりですがこれは純度が高そうです。

 このサイズですと1つで銀貨5枚といったところでしょうか」


 純度が高いのか。あの近くに鉱山でもあるんだろうか?


 まあ鉱石類の相場は分からないので言い値になるのはやむを得ない。同じ銀鉱石をすべて取り出して渡した。


 半分ほどになって幾分か鞄が軽くなった。ついでに地図も買っておくか。


「ありがとうございます。買取が6個で銀貨30枚、地図が銀貨1枚なので差引で29枚となりますが……初めてのお取引ですし、地図は無料でお付けします」


 オレは礼を言って銀貨30枚と地図を受け取る。


 見たことのない商品もいくつかあったので使い道や効能などを一通り聞いてみたが、特に必要そうなものは見当たらなかった。


 「シーレイドまではどのくらいかかりますか?」


「馬車でしたら朝一に出れば夜までには着けますが、歩きでも海沿いの道でいけばそれほどかかりません。

 旅慣れた方なら急いで4日、のんびり行っても5日あればというところでしょう」


 馬車か。荷物も多くないし4,5日の距離でそこまですることもないかな。


 それにしても人のよさそうな店主だな。いずれジョゼ村に戻って道具屋を再開するときにはお世話になるかもしれない。


「実はオレ、ジョゼ村で道具屋をやっていたジョゼリオの孫なんです。アルゼリオスといいます」


 オレは改めて自己紹介することにした。ジョゼリオの名前に店主がすぐに反応する。


「なんと、ジョゼリオさんの!お孫さんがおられるのは風の噂に聞いていましたが、こんなに立派になられているとは……。

 それでジョゼリオさんはご健在ですか?

 なにせ森を抜けるのにも一苦労ですし、最後に会ったのはもう30年以上前になりますが……」


 なんと、知り合いなのか。話しかけておいて良かったな。


「……数日前に他界しました。

 特に身体を壊していたわけではないんですが……あの歳なんで寿命だったかと」


 オレの言葉に、店主は予想以上にがっくりとうなだれる。


「なんと!……それは本当に残念なことです。

 あの方には父も随分お世話になったと常々言っておりました。もし道具屋を続けられるのでしたら、私にお手伝いできることはなんでもしますのでお声がけくださいね」


 店主はモーリスといった。


 自身は2,3度会ったくらいとのことだったが、モーリスの亡き父親がジョゼリオとかなり親しかったようだ。


 まあじいちゃんが現役バリバリの頃は森も平気で通り抜けていたらしいからその時は当然この村にも来ているはずだしな。


 さすがにこの数日で訃報がこの村に伝わっているとは思えないし、もしかしたら他にも知り合いがいるんだろうか。


「ありがとうございます。いずれ村に戻ったら道具屋を再開しますので、その時はぜひご相談させてください」


 あとこの村に他にじいちゃんのことを知る人がいるようなら訃報について伝えておいてほしいと付け加えておいた。


「もちろんです!この村にもジョゼリオさんをよく知るものが何人かおりますので、必ず伝えておきます」


 モーリスは力強く頷いた。とりあえず訃報についてのことは一安心だ。


 とても世話焼きな人のようで、村のことについても色々と教えてくれた。サービスだからと毒消しももらっちゃったし。なんだかんだで小一時間も話し込んでしまったな。


 ちょうど別の客の会計のタイミングで、オレは礼を言って店を後にした。


 まだ早いけど宿にいくか。混雑する時間帯は過ぎたし、少しは話を聞くことができるよな。


 オレの顔を見るなり宿屋の女性が声をかけてくれる。


「あら、お早いお戻りで」


 さっき受付にいた中年の女性だ。部屋を取るときに会話したので覚えてくれていたようだ。


 オレは銀貨を1枚渡し、初めて村を出たばかりで色々教えてほしいと頼んだ。


「あら、ありがと!

 それじゃ、えっとまずどこから話そうかね」


 うむ、チップの効果はなかなかだ。基本的なことからお願いしますね。


 ある程度のことはじいちゃんに聞いてるけど、ずっと前の情報だから当時と今では勝手が違う可能性もある。


 それに案外初心者向けの情報が抜けているかもしれないしな。


「そうね、この辺りじゃ働き口なんてないからシーレイドに行くのがいいわね。

 さらにその先に行くなら冒険者になるのが一番。シーレイドのギルドでしっかり聞いてね」


 話好きな女性みたいで、そこからノンストップで語り始める。無知な子に色々教えるのって気分がいいってこともあるしな。


 どうやら最近この村の近くの洞窟にオークの集落がみつかったとかで村長がギルドに討伐依頼を出したらしい。

 その結果、冒険者が急に増えて、さっきみたいに昼はごった返しになるんだと。


 やっぱりクエスト絡みか。冒険者がまだこれだけ集まっているということはまだ討伐に至ってないということか?


「そうね。討伐完了の知らせはまだないねぇ。

 この村で今一番、人が集まるのはうちの宿だから、まずうちの宿には報せがくるはずよ。

 あと店は一通りみてきたのかい?」


 まあ一応。大したものはなかったけどね。


 この村には鍛冶屋がないらしく、全部シーレイドから仕入れで高いらしい。だから受注で作ると時間がかかるってわけか。


「シーレイドに歩きで行くなら毒消しは必須だよ。道中毒持ちの魔物が多いからね」


 そういえば道具屋でも毒消しはかなりたくさんストックがあったな。遠慮したのだがモーリスが持ってけって帰り際にくれたんだった。


「そういえばお客さん、珍しい髪の色だね。瞳も黒いし。南の村ってジョゼ村だよね?あそこは漁村だって聞いたけど随分と白い肌だねぇ。

 てっきり女の子かと思ったよ。あはは。南の村じゃみんなそうなのかい?」


 はは、まあそうだよね。オレがちょっと他と違うだけなんで気にしないでね。


 変な方に話がいってしまったので笑ってごまかしておいた。やっぱりこの髪は珍しいんだな。フードとかも考えた方がいいかもしれないな。


「そうなのねぇ。あ、もう少ししたら酒場の方に人が集まってくるから、そいつらの話聞くのも参考になるかもね」


 確かにそれは言えるな。聞いているだけでも色々情報がとれそうだな。


「こんなんでいいのかい?

 ちょっともらいすぎだから夕食の時に少しおまけするから是非食べてってよ、あはは」


 商売上手だな。宿代は部屋代のみで食事は含まれていない。


 宿泊客は部屋の鍵を見せれば少し割り引かれるらしいのでどのみちここで食べるつもりだったけどね。オレはお礼を言って部屋の鍵を受け取った。


 まだ夕食には少し早いので部屋で少し休憩するかな。


 部屋にはベッドと椅子が一つずつ。あとは小さなテーブルにカンテラが置いてあるだけだ。日が落ちる前にカンテラに火を入れてくれるらしい。


 というか久しぶりのベッドだ。ちょっと固いけど地面に寝るよりずっと心地いい。


 そういえば宿には初めて泊まるな、と今更ながら気づいた。


 ジョゼ村にも一応宿屋はあるが、住人が使うことはまずない。かといって村に来る者も滅多にいないので、実際には酒場だけで回っているような店だったしな。


 宿屋の娘のミーナも幼馴染なので遊びに行ったときに見たことがあったが、宿屋の部屋自体はどこも似たようなものなんだな。


 荷物を下ろすとベッドに大の字になり、一瞬意識が遠のくのを感じたが、眠りに落ちる寸前に鞄に入れたままのスライムのことを思い出した。


「しまった……入れっぱなしだった!」


 オレは慌てて鞄からスライムを出してやる。プルプルっと身体を震わせたあと、肩にちょこんと乗ってきた。


 鞄の中、せまかったよな。ごめん、ごめん。


 肩の上でぴょんぴょんと二度跳ねる。大丈夫だよ、と言っているのかな……多分。そういうことにしておこう。


 その時コンコン、とノックの音に続いておかみさんの声。


「お客さん、扉のところにお湯置いておくから身体拭いたりするのに使って。

 使い終わったら廊下に出してくれれば後で片づけるから。悪いけど飲み水は下で買っておくれ」


 あ、飲み水は有料なんだ。まあそれはそうか。

 まあ道中の川で汲んだ水がまだ水袋にあるから今日くらいは問題ないかな。


 この世界では水は貴重品だ。海に近いと井戸水にも塩分が含まれているので、そのまま飲める水を手に入れるのは結構一苦労だ。


 沸かして塩分を取り除いたり川から水を引いたりと色々な方法があるが手っ取り早いのは魔道具らしい。


 あとは持ち運ぶ際に使う水袋というのは革で作った飲み水専用の入れ物だが、内側に特殊な加工がしてあり水が傷みにくいように作られているらしい。


 見た目はただの革袋だが結構高価な道具なのだ。少々気温が高くても2,3日は菌がわかないので旅人に重宝される。


 ちなみにこの世界では風呂は貴族くらいしか入らない。


 風呂はそれほどきれいな真水である必要はないが、それでも塩分が多いとあまりよくないらしいし、大量の水が必要になるのでどうしたって無駄が多い。なので一般的には水浴びや、沸かした湯で身体を拭くくらいで済ませるのが普通。


 そもそも貴族が泊まるような高級宿は別として冒険者風情が泊る宿は完全に部屋代だけだ。食事も水もすべて有料。場合によってはカンテラも有料になる。


 おかみさんが階段を下りていったのを見計らってオレは湯の入った桶を部屋に入れた。大きめの桶と空の小さな桶がある。小分けできるようにだろう。


 スライムが桶の前でぴょんぴょんと弾んでいる。桶の湯が気になるのか?もしかして入りたいとか?


 ぴょんぴょんと嬉しそうにしている。


「いいけど、身体を洗うための湯だ。……飲むなよ?」


 一応念押ししてから自分用に小さな桶に湯を半分取り分け、大きいほうの桶にスライムを入れてやった。


「溶けたりしないよな?

 ……うん、大丈夫みたいだな」


 スライムは気持ちよさそうにお湯の中で平ぺったくなったり膨らんだりしている。風呂好きなんて変わったスライムだな。


 さて、オレもやるかな。防具と服を脱ぐ。ずっと着たままだし少し匂うかな。


 小さいほうの桶に手拭いを浸してから固く絞り、身体を拭き上げていく。そんなに汗をかいたつもりはないが、汚れはそれなりにあるみたいだ。


 何度か拭いたり洗ったりをするうちにお湯が結構汚れてきた。やっぱりたまには洗わないとだめだな。


 あれ?スライムの方のお湯は全然きれいだ……。魔物の方がきれいだなんておかしくないか?


 いつも地面をぴょんぴょんと飛び跳ねているのに、触っても砂とか土とか全然付いていない。


 そろそろいいか?拭いてやろうとスライムを取り出すが、全く濡れてなかった。どうなってんだ?水を弾くのだろうか?


 そのままスライムをベッドにおいてみるが、やっぱりシーツは全く濡れない。


 どうなってんだよ。おまえの身体……変わってるな。


 しみじみとつぶやく。そしてふと思いついた。


 名前……つけるか。ずっとおまえってのもなんだしなぁ。


 オレの言葉にスライムがぴょんぴょんと弾んで嬉しそうにする。


 解釈があってるのかどうか分からんがなんとなく意思疎通できている気がするし、やっぱ名前は欲しいなと思う。


 薄緑色……薄緑……?マスカット?


 いやこの薄い緑色ってどっちかというとワサビを思い出すな。オレは前世で寿司が好きで、またなによりワサビたっぷりのマグロが一番の好物だった。


 まあ中学生だったし、めったに食べることはできなかったけどな。


 そういえばこの世界では一度も刺身とか食べてない。醤油や味噌も見たことがない。新鮮な魚介類に恵まれていたジョゼ村でも、魚といえば煮るか焼くかだったから、生で食べる習慣自体がないのかもしれないな。


 とすると、非常に残念でならない。ワサビは刺身だけでなく鰻のかば焼きとかステーキとかにも合うし、なかなか優れた調味料だと思うのだが。


 よし、王都に行ったら探してみるかな。


 ワサビ……。


 ぽつりと言ってみる。うん。いいじゃん、しっくりくる。

 スライムを顔の高さまで持ち上げる。目はないけどじっと覗き込む。


 ワサビ……でどうかな?だめか?


 ぽわんと波打つように反応する。これまでのぴょんぴょんとは明らかに違うが、嫌がっているようには思えない。


 いいってことかな?いいってことだよな?


 よし、ワサビ。今からお前はワサビな!


 そう宣言すると、次の瞬間、スライム…いや、ワサビの身体がポワーっと淡く光りはじめた。


 どうしたんだろう…大丈夫か?


 しばらくすると光は段々と弱くなって、最後は元に戻った。なんだったんだろうか。


 ワサビをそっと床におろすと、いつも通りぴょんぴょんと跳ねたあと、ベッドに上って止まった。大丈夫みたいだな。


 さて、それじゃワサビ、夕食でも食べに行くか。


 そういうと、ワサビは何も言っていないのに鞄の中に一人でもぐりこんだ。


 お……1人で入れるんだな。やっぱりワサビはかしこい。オレは鞄をそっと抱えると階下に向かった。


 酒場には探索を終えた冒険者たちが集まりつつあった。席はまだ十分にあるのでオレは適当に空いているカウンター席に座った。


 壁に掛けられた木の板にメニューが色々と書かれているが、どれも食べたことのないものばかりだ。


 といっても、なんとか肉の塩焼き、とかなんとか魚の煮込み、とか食材の名前がはいっているので味の想像は付きやすい。獣か魔獣ということだな。ちなみに魚には海の魔獣も含まれている。


 ここまで干し肉とパン、あとは魚ときのこくらいしか食べていないので、たまにはちゃんとした肉が食べたいところだ。


 「いらっしゃい、お客さん、注文はお決まりかい?」


 さっきのおかみさんだ。宿屋よりこっちのほうが似合っているな。


 「ビッグボアのステーキと野菜のスープ、あとエールをもらえますか?」


 「あいよ。悪いけどエールはあんまり冷えてないから先に言っておくよ」


 仕方ない。冷蔵庫なんてこの世界にはないしな。


 じいちゃんの話では、大きな町に行くと冷蔵庫のように飲み物を冷やす魔道具があるらしいが、この規模の村にはまずないと思っていい。かなり高価だからだ。


 おかみさんは注文を確認するとパタパタと厨房に姿を消した。


 料理が運ばれてくるまで暇だな。とりあえず冒険者たちの話にでも聞き耳をたてておくか。面白そうな情報があればベストだが、今はどんな情報も無駄にはならないだろう。


 オレは気配にも敏感だが、子供のころから耳もよかった。


 少し離れていても耳をすませば十分聞き取れるし、同時に複数の会話も聞き分けることができるのだ。前世ではそんなことはなかったので、これも世界を渡った影響なのは間違いない。


 村ではそれほど役立つ機会はなかったが、こういった人の多いところでは案外と役立つかもしれない。


 しばらく冒険者たちの声に耳を傾けていたが、それほど重要な会話は聞くことができなかった。が、それでもいくつかの気になる単語やなじみのない言葉も聞こえてきたので、いずれ機会があれば確認しておくか。


 そんなこんなで10分ほど待っただろうか、おかみさんが料理を運んできてくれた。


「はい、おまちどうさま。

 お肉は大きめ、あと付け合わせの野菜も大盛にしといたよ」


 と小声で目配せしてくる。さっきのお礼ということのようだ。


「ありがとうございます、美味しそうですね」


 お世辞ではなく、初めて見るビッグボアとかいう魔獣の肉だが、霜降りの牛肉のように見える。


「この村の近くの森でたまにとれる結構珍しい魔獣の肉だよ。

 とにかくうまいから熱いうちにどうぞ!」


 おかみさんは自慢げにそういうと、厨房に戻って行った。


 肉から立ち上る湯気と旨そうな匂いに腹の虫が鳴き始めたので、手早く肉を切り分けると、特別大きめのを口に放り込んだ。


 柔らかく、口いっぱいに広がる肉汁。コクはあるがしつこくない、これならいくらでも食べられそうだ。味付けはシンプルな塩と胡椒だけみたいだな。まあこの世界では調味料も限られている。あとはよくて香草くらいのものだ。


 村ではあまり肉系は食べていなかったから余計かもしれないが、前世の記憶にある一番高価な黒毛和牛のステーキより美味しいと思う。


 にしても森に入って魔獣を狩るものもいるんだな。これだけの肉なら確かに商売になるかもしれない。


 おっと、夢中で食べてたけどワサビにもあげないとな。


 そっと鞄を開けると、ワサビの上に切り分けた肉を置いてやる。いつも通りにゅるりと取り込んで、しゅうぅっと取り込まれていくのが見える。


 プルプルと身体を震わせて喜んでいるのがわかる。言葉がわかるんだからきっと味もわかるに違いない。……だよな?


 スープは無理っぽいので付け合わせの野菜も少し分けてやる。うんうん、喜んでるな。多分。


 オレは満足げに頷き、エールに口を付ける。


 うぅ……やっぱりぬるいな。


 肉が美味いだけにこれは残念。これなら果実酒の方がましだったかな。まだ飲んだことはないけど多分ワインみたいなもんだよな?


 などと考えていると、鞄の中でもぞもぞとワサビが動く。


 ん?どした?


 再び鞄を開けるとピクピクとなにか言いたげ。なんだか新しい動きだな。


 まだ食べたいのか?肉?


 無反応……違うのか。


 んじゃ、野菜か?スープ?


 これまた無反応。ということは。


 エール?エールが気になるのか?


 ピクピクっとさっきより強い反応。飲ませてやってもいいけどこぼれちゃうしなあ……。

 とりあえずエールのジョッキをワサビにそっと近づけてみる。だがこぼさずに飲めるのか?


 どうやって飲ませるかと思案していると、不意にワサビがピカッと光を放った。


 なんだ??


 手に持っていたジョッキからひんやりと冷気を感じる。

 

 まさか……。


 エールに口をつける。


「冷たい!」


 ……ひ、冷えてる!これワサビがやったのか?


 オレはびっくりして声が叫びかけたが、慌てて小声に戻す。ワサビは嬉しそうにピクピクっとして鞄の奥に戻った。

 普通じゃないとは思ったけど、魔法まで使えるのか?


 なんにしてもワサビのおかげで、オレはキンキンに冷えたエールを美味い肉を堪能することができた。大満足だ!


 腹もふくれたし、横になるかな。


 部屋に戻ってベッドの上で鞄をひっくり返すと、ワサビはぴょこんと出てくる。一緒に入っていた鉱石などもバラバラとベッドに落ちた。


 ワサビを持ち上げてまじまじと眺める。ぴくんぴくんと身体を動かしている。足元の桶に入っている湯…もとい冷めて今は水だな、を思い出した。


 この冷めたお湯、さっきくらいにあったかくできるか?


 ワサビはぴょこんと床に飛び降りる。さっきと同じようにピカッと光ったかと思うと、桶からは湯気が立ち上ってくる。


 ワサビを抱える。


「すごい!」


 オレはキラキラした目でワサビをみつめる。よっぽどうれしいのか、手の上でぴょんぴょんと跳ねるワサビ。


 やっぱりワサビはただのスライムじゃない!だけどそのことを他の人間に知られたらどうなるんだろう。見世物にされるのは困るな…。


 あれ?オレはふと違和感に気づく。


 鞄に入れていた鉱石が随分減ってるな。


 たしか拾った鉱石はもう少しあった気がする。


 いや、鉱石じゃなくてもっと小ぶりな丸いビー玉みたいなのが5,6個はあったはずだ。


 あれは今思うと鉱石なんかじゃない。じいちゃんに聞いた「魔石」というやつだったんじゃないか?


 たしか魔物の核になっている石で魔道具の動力源や魔導士の使う杖に合成するとかなんとか。


 なあワサビ……。


 オレが呼びかけると、ワサビが一歩後ろに下がる。


 ……なんで逃げる?


 ワサビはプルプルと小刻みに震える。初めてのジェスチャー、焦ってる?


 怒ってないってば。


 というと、安心したのか、ぴょこんとまた寄ってきてオレの手に戻った。


 そっか、食べたんだな。だから魔法が?魔石ってそんな使い方あるのかなぁ……?


 魔石を食べる魔物か……。少なくともじいちゃんの話にはなかったはずだ。ちゃんと調べないとな……。大きな町なら図書館とかあるのかな?


 翌日、早めの朝食を終えたオレとワサビは食料品を補給して、シーレイドに向けて出発した。


 何の目的もなく、広い世界をただ見て回ろうかと村を出てきたが、とりあえず仲間にしたスライム、ワサビが不思議な力を持っていることがわかった。


 店で知り合った冒険者にさりげなく聞いてみたが、やはりスライムといえばゲームでも見慣れた水色しかいないらしい。


 しつこく聞いて怪しまれても困るし、やはり自分で調べるしかないか。


 昔やったゲームでは同じスライムでも種類がいくつかあって色もさまざまだったが、この世界ではスライムと言えば一種類。


 意思疎通はもちろんできず、魔法を使うこともないという。ま、じいちゃんの話の通りってことだな。今も昔も変わらず。


 ただ、王都にはかなり大きな図書館があるらしいので、当面の目的としてまず王都に行って調べてみようかと考えている。


 王都へは村の北にあるシーレイドからの船が一般的、というかそれ以外にないらしい。


 陸路で行こうとすると森を抜ける必要があるし、竜の住む山の近くを通らないと行けなくなるので圧倒的に危険なのだという。


 なんだか行き当たりばったりな旅だけど、それっぽい目的ができてきたな。ワクワクが止まらないオレだった。

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