アルゼリオス
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初めての作品なので、読みづらいところやわかりにくいところなど多々あるかと思いますが、頑張って続けたいです。
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オレは生ぬるいエールをぐいっと喉に流し込んだ。
前世では14歳で命を失ったので、これが前世含めて人生初のエールだ。苦いと聞いていたが……このエールは少しだけしょっぱい味がした。
周りはまだまだにぎやかに飲み食いをしている。これが宴もたけなわ、というやつか。湿っぽいよりよっぽどいいと思う。
でもさすがにじいちゃんが死んでしまった日だ。オレ一人くらいは落ち込んでいたっていいだろう。
オレは村の真ん中にある大樹の根元に腰をおろし、ぼんやりと空を見上げていた。
満天の星空だった。
人工的な照明などないこの村では、雲さえなければいつでも見られる、ごく当たり前の見慣れた夜空だ。
死んだ人間が星になるなんて信じてるわけじゃないけど、悲しいことがあると夜空を見上げたくなるのは前世から変わっていないようだ。
「アル、飲んでるか」
幼馴染のジョダがエール片手にやってきて、オレの隣に腰をおろした。
村のものはアルと縮めて呼ぶことが多い。多分アルゼリオスという名前が長すぎるからだろう。ほとんどのものが3文字から4文字だ。この村ではオレだけなぜか名前が長い。
「……ああ。
やっと飲めるんだからな」
オレは残り半分ほどになったジョッキを突き出す。それにジョダが自分のジョッキをガツンとぶつけた。ジョダもつい最近15になったばかりなので今日が初めてのエールだろう。
うっすらとだが頬が赤いのが一目でわかる。多分オレもそうなんだろうな。なんとなく身体がぽかぽかしている気がする。
ちなみにこの村にはガラスなどないので木製のジョッキだ。こちらの世界では乾杯をするときは強めにぶつけるくらいが当たり前らしい。
見たことはないが、大きな町に行けばガラスのジョッキがあるのだろうか。
「……で、これからどうするんだ」
ジョダは漁師の息子で、子供の頃から漁も狩りも勉強もいたずらも一緒にやってきた、村で一番の親友だ。
すでに父親について毎日のように漁に出ているので、村でこのまま漁師になるのだろう。
じいちゃんは村で唯一の道具屋を営んでおり、それなりに重要な位置づけだ。自給自足が基本の村だが、外から入ってくる道具や薬はうちにしか扱いがない。
とはいえ普段からさほど混み合うような類の店でもなく、必要な時に必要な者がふらりと買いに来る、そんな店だ。
店の仕事は一通り覚えていたので、入荷や棚卸など特段の仕事がなければじいちゃんが店番、オレはジョダと共に漁に出ることが多かった。
ジョダの問いかけは、道具屋を継ぐのか、漁を生業とするのか、はたまた別の道か、ということになる。
だが正直言って、あまりに突然のことでまだ実感が湧いていない。15歳になったオレは、この世界のルールでは大人ということになるが、じいちゃんとは昨日まで一緒に店をやっていたのだ。
夕べもいつも通り一緒に食事して、話をして、床に就いた。
ごくありふれた日常だったのだ。昨日までは。
腰もしゃんとしていて、少しも老いを感じさせないじいちゃんは、この分じゃきっと100まで生きるんだろうな、と思っていた。
きっと村のだれもがそうだったろう。
「……まあお前はなにをやらせても人並み以上にはできるからな。
好きにするがいいさ」
オレを気遣うようにジョダが言う。
普段はぶっきらぼうでいい加減な男のくせに、こんな時だけやたらと男前なんだ、こいつは。
たしかに……すごい力があるわけでも、とんでもない魔法が使えるわけでもないが、オレは走れば村の誰よりも早く、同年代のものと比べて力もある。読み書きも計算も少し教えてもらうだけでなんなくこなした。
ただそれはオレに前世の記憶が残っているからとも言える。
特に計算などはこちらの言葉や数字に置き換える必要はあるが基本的なルールは変わらない。読み書きさえ覚えてしまえばあとはなんとかなるものだし、他のものよりずっと早く習得できて当然だ。
がが、それを差し引いても、前世の自分とはやはり少し違うと感じている。全体的な能力値が上なのかもしれない。異世界に転生するということはこういうことなんだろうか。
間違いなくここは元いた世界とは明らかに別物だ。
何しろ月が2つもあるのだから。それも色違いの。
村の近くに出る獣も見たことのない姿かたちをしているし、少し森を進めば魔物の跋扈するファンタジーな異世界だ。
村には使い手はいないが、この世界には魔法というのもあるらしい。また魔力を動力源にしたとても便利な魔道具というものが町にはあふれているらしい。
だからこそ医学や科学が未発達……いや、必要とされていないのだろう。
異世界から渡ってきたオレにも、もしかしたらなにか不思議な力があるのだろうかと思ったこともあるが、いくら試しても魔法が使える様子はなかった。
ただ少しだけ人より能力値が高いことと、丈夫な身体というだけだ。この世界で無双することはできないが、別にこれで十分だ。
これといってやりたいこともないし、じいちゃんの道具屋継ぐのが一番楽そうだしな、ははは。
オレは残りのエールを飲み干してそう言うと、ジョダがぷっと吹き出した。
「たしかにそりゃそうだ!
それならオレも雇ってもらおうかな、漁に出るよりも楽そうだし!」
うちの店にそんな余裕あるわけないだろ。オレ一人食ってくのがせいぜいだ。分かってるとは思うけどな。
「アル、おかわり持ってきたよ!」
宿屋のミーナがジョッキを抱えるようにして走ってくる。
お、気が利くじゃないの。
「でも初めて飲むんだからほどほどにしときなよ?あはは」
あーはいはい。気を付けますって。
ミーナはオレ達より少し上だ。すっかり女っぽくなったがちょっと前までは悪ガキ仲間って感じだった。
なんだか久しぶりにしゃべった気がするな。
「うーん、そうだっけ?忘れちゃった、あはは。
にしても、今日は皆やたら騒いでるわね」
確かにそうだな。宴は明け方近くまで続きそうな勢いだ。村人たちはジョゼリオの残した数々の武勇伝を肴に盛り上がっているようだった。
「ジョゼリオさんの話になると皆長いからね。
こりゃ当分終わりそうもないな……」
さっきまでしゃべっていたはずのジョダはいつの間にか酔いつぶれて地面に寝転がっている。……まあ夏だし、風邪を引くこともないか。
ミーナの目、腫れぼったいな。じいちゃんの訃報を聞いて、ボロボロと大泣きしていたっけ。小さいころから仲良かったというか、すごい慕ってたもんな。
あんまり泣くからオレの方が泣きそびれちゃったくらいだよ。
「もう!それ言わないでよ!」
ミーナがぷりぷりと頬を膨らませる。
はは、相変わらずすぐ拗ねるやつだな。まあどうせしばらくしたらコロッと忘れちゃうんだけどな。
そんなミーナも最近ではすっかり宿屋の看板娘ってポジションらしい。酒場の方も手伝ってるし、ホント成長したもんだ。
「それアンタが言う?年下のくせに」
オレは15歳の誕生日前日に死んで、この世界に生まれた。前世の記憶そのままで15歳なのだから……言ってしまえば中身は30歳のおっさんだ。
だからオレの方が年上だ!……なんて言えないけどね。
「何ぶつぶつ言ってんの?」
何でもないっての。さてと、ぼちぼち帰るかな。
「あ、村の皆に声かけて帰りなよ。
一応……アルの成人祝いでもあるんだよ?」
え?そうなの?
「内緒って言われてたんだけどさ……あはは」
そっか、それでこんなに盛大にやってくれてたわけか……。
「……あんた泣いてんの?」
な、泣いてねえ!つか、頭撫でるなっての!
「あはは、分かったわよ!内緒にしておいてやるからさ」
ぐぬぬ……調子に乗りおって。もう寝る!
「はいはい、お休み。風邪ひかないようにね」
ひかねーし。オレ丈夫だから。
「あーーそうだった」
ケラケラと笑うミーナを残して、オレは皆に一声かけてから家に戻った。
持ってきたカンテラの明かりをたよりにオレは家の中に入った。家の中は当然真っ暗、そして寂しいほどに静まり返っている。
そりゃそうだよな。
今日は朝からバタバタで部屋も散らかったままだ。あまりにいきなりすぎて、何をどうしていいのかわからなかった。ほとんど村のみんなに頼りきりだったな。
色々と後片付けもしなければならないだろうから、店の再開は早くて明後日からかな……。
ふぅ……。初めて飲んだエールのせいか、こめかみのあたりがジンジンする。これがほろ酔いという感覚だろうか、悪くはないな。
さて……。
オレは静かにじいちゃんの部屋の扉を開けた。いつもそこにいたじいちゃんの姿がないのはやっぱり寂しいな。涙が出そうになるのをこらえる。
荷物が多いわけでも散らかっているわけでもないから、そのままでもいいか。
……というか、やけに整然としているな。いつになく部屋が片付いている気がする。
……なんだ?
今朝じいちゃんを起こしに来た時には気づかなかったが……ベッドの横にある小さなテーブルに丸めた羊皮紙が置いてあった。こんなのあったか?
慌ててたから気づかなかったんだろうな……。
広げてみると、びっしりと書かれた見慣れた文字が目に入る。
……それはじいちゃんからの手紙だった。
オレはベッドに腰かけ、手紙を読み始めた。
宴の喧騒はもうオレの耳には届いていない。それほどまでに手紙の中身はオレに衝撃をあたえていたのだ。
「アルゼリオスへ
これを読んでいるということは、ワシはもうこの世にいない、ということだろう。
だが、悲しむことはない。人はいずれだれもが必ず死ぬのだから。
唯一の心残りは、この先のお前の成長をこの目で見ることができないことだが、それは約束なので仕方がない。
話しておくべきか迷ったが、やはり黙って逝くのは忍びないので伝えておくことにする。
お前はワシの実の孫ではない。
今まで話したことはなかったし、聞かれることもなかったが、お前は利口だし優しい子だから、きっと知っていて聞かなかったんだろう。
今日、お前が起きて呼びに来る頃にはワシの命は尽きているだろう。
本当は、15年前の今日がその日のはずだったのだ。
15年前の今日、死の床に臥せていたワシの元に創造神、アルス様の神託が下ったのだ。
一人の赤子を預けるので、15歳の誕生日まで守り育てよ、と。
それまで、ワシの命の期限を延ばしてやる、と。
神託の通り、その日死ぬはずだったワシは生き延び、珍しい黒髪の赤子を授かったのだ。
それが、お前だ。
黙っていてすまない。言うべきかずっと悩んでいたのだ。
言えば、今の関係が壊れてしまうかもしれない、そう考えると結局言えないまま今日になってしまった。
子のいないワシに、赤子が育てられるのか、正直不安だった。
だが、ワシの心配をよそに、お前はすくすくと成長し、とても立派になった。
この世に生まれ成人し、冒険者として世界を旅した。村に戻ってからも多くの仲間に恵まれ、本当に素晴らしい人生だった。
それだけで十分なのに、最後に15年ものおまけの人生を神にいただいた。
お前の成長がなにより楽しみで、ワシの人生の最後に花を添えてくれたことを心から感謝している。
今日、無事お前に15歳の誕生日を迎えさせることができて、ワシの役目は終わった。
それなのに、できればもう少しだけでいいからそばで見ていたい、そう考えてしまうワシは……きっと欲張りなんだろうな。
今日、成人するお前はもう十分大人だ。
自分で考え、行動することができる。
だが、自分の考え、行動にはきちんと責任をもちなさい。
そして、これからは自由に生きなさい。
それがワシの望みだ。いや、最後の頼みだな。
店のことは心配いらない。
村の者の生活に必要な道具や薬は宿屋の店主に引き継いである。
お前の旅立ちに必要なものも準備してある。納屋にある鞄にまとめておいたのでいつでも旅立てるはずだ。
最後に……。
神がなぜワシにお前を育てるように言ったのか、その理由はわからない。
だが、お前はお前だ。
そして、ワシの自慢の孫だ。その目で広い世界を見てくるのだ。
ジョゼリオ」
正直、前の人生は最悪だった。両親はオレが物心つく前に事故で他界し、一人残されたオレは親戚の家をたらい回しにされた。
誰だって自分の子供が可愛いに決まっている。
あからさまに厄介者を見るような目つき、大人たちは誰もが見て見ぬふり、オレのSOSを真面目に取り合ってくれるものはいなかった。
中学校を卒業したら家を出てやると心に誓っていたが、その決意もむなしく15歳の誕生日の前日にオレは交通事故に遭って命を落とす羽目になった。
本当に最悪だった。
だからこそ、今の人生が最高すぎた。
じいちゃんに愛された。
村のみんなに愛された。
オレが、生きていてもいいんだと心から思わせてくれた。
最高に幸せな15年間だった。
だからオレも一度も確認することはなかった。血のつながりなんてどうでもいい。オレの家族はじいちゃんと村のみんなだ。関係を壊したくなかったのはむしろオレの方だ。
90歳を過ぎているとは思えないほど健康的で若々しく見えたのは寿命を延ばされた神の加護によるものだったんだろうか。
オレが15歳を迎える今日。……その日が自分の最後の日だとわかっていたってことだ。
だからこそ満足そうな……それこそ眠るような安らかな顔だったんだ。
一番気がかりだった道具屋についても、すでに話をつけてくれてあるらしい。
頬を伝ってこぼれおちる涙が羊皮紙の文字をにじませていく。
……よし、決めた!
旅に出よう!
ここまで育ててくれた恩をじいちゃんに返すことはできなかった。だから、この村に恩返しを.....そう思っていたが、それは少し先延ばしさせてもらう。
いつか必ず戻ってくればいい。
オレになにができるのかはわからない。もしかしたら何もできないかもしれない。
だが、今旅に出なければ可能性はゼロだ。
なぜこの世界に生まれたのか。その理由があるのならば知りたしな。
それに、じいちゃんもその昔は冒険者として世界中を旅していた。
冒険者にはランクというものがあるらしいが、じいちゃんはかなり上の方までまでいったらしく、仲間たちに惜しまれての引退だったと聞く。
そして村に戻り、曾祖父から続く店を継いだのだ。
正直言って前世のオレは義務教育の途中で死んでしまったから基礎的な学力だけでなんの技術も経験もないままこっちへきてしまった。これじゃとても人の役立つとは思えない。
だが、こっちの世界に生まれ変わってからの15年間、じいちゃんから受け継いだ知識と技術はまぎれもなくこの世界を生きていくためのものだ。
それと丈夫な身体があれば、特別な力が備わっていなくたってきっとやっていけるはずだ。
前世で14年と364日、こっちで15年と1日。合わせたら今日がちょうど30歳の誕生日みたいなもんだな。門出にはちょうどいいか。
全部じいちゃんがお膳立てしてくれたので、本当に鞄一つで旅立つことができる。ホント感謝しかないな。
翌日。日の昇る前にオレは1人、村を出ることにした。
この時間ならば門番以外には起きているものはいないだろう。
……と薄暗い中を歩いてきたが、門の前には、なぜか人影がみえた。それも5人や10人ではない。幼い子供を除いた、ほぼ村の住民全員の姿がそこにはあった。
「どうせお前のことだ。暗いうちにこっそり行くだろうと思ってたよ」
村人を代表するかのようにジョダがニヤリと笑ってそう言うと、他の者たちもお見通しだよ、やっぱりな、などと笑っている。
さすがに長い付き合いだ。良くわかっているな。
「店のことは心配するな。たまに風を通して、きちんと維持しておく。
いつでも帰ってこられるようにな」
……悪いな。必ず戻ってくるから。
オレの言葉に、皆が口々に激励の言葉をかけてくれる。
「気を付けてね」
「いつでも戻ってこい」
「すぐに逃げ出してくるなよ!」
どうせ森を突っ切るんだから食料などは都度調達すればいいかと、最小限の準備にしていたが、いいから持って行けと無理やりに渡された。
見た感じ、皆それぞれ日持ちするものを選んでくれているようだ。ありがたい。
「みんな、ありがとう……。
じゃ……行ってくる!」
まさかの村総出の見送りに目頭が熱くなるのを感じ、涙が零れ落ちる前に皆に背を向けると、オレは駆けだした。
夜明け前でよかった。泣き顔を見られずに済んだ……と思う。
門を潜り抜けて、森へまっすぐに走り続ける。
眼前に広がる巨大な森。村からごく近い所までは子供のころから何度か入っている。きのこや果物など森の恵みを少しだけ分けてもらうために。
だが、今日は違う。一番近い西の村までも何日かかかるのだ。その間、ずっと森の中にいることになる。
村の者たちも魔物に襲われてケガをしたり、時には命を落としたものもいる。だけどこの森を抜けなければ、どこへも行けない。じいちゃんも何度か通った道のはずだ。
今日からオレがじいちゃんに代わって駆け抜ける番だ。