02 シンプル
「どこへ向かっているんですか、モノカ」
ノルシェの言葉は、最近良く聞く不満声。
「さっきの村で聞いた話だが、珍しい品を行商している旅商人がこの辺りを徘徊しているらしい。 一度会ってみたいので近くの町に寄ってみようと思うのだが」
「ふーん」 気の無い返事のノルシェ。
わずかな会話以降、馬車の中はとても静かである。
幌の内にはマクラを抱いたアイネさん。
揺れひとつ無い異常に快適な馬車である。
私たちの乗っている馬車は試作型武装魔車という代物である。
天才魔導具技師であるアリシエラさんが丹精込めて拵えたこれは、今いるこの世界どころか元いた私の世界の常識すらはるかに凌駕したオーバーテクノロジー満載の乗り物である。
あまりにもゴツいその見た目は私たちの人目を偲ぶ旅には明らかに不向きとの不満を、アリシエラさんはあっという間に力技で解決してくれた。
現在のこれは、誰がどう見ても普通の幌馬車にしか見えぬように偽装されている。
偽装と言うのは語弊があった、正確には変型だ。
改修後、初めてのお披露目での出来事でアリシエラさんの天才っぷりが遺憾無く発揮される。
「シブマ1号、ノーマルモードッ」
アリシエラさんが叫ぶと、凶悪な見た目の試作型武装魔車がガッチャンガッチャンと音を立てて、ごく一般的な幌馬車の姿へと変型した。
呆気に取られる我ら一同。
「元の姿に戻したい時は、『シブマ1号、バトルモードッ』ですからねっ」
自慢げなアリシエラさんの言葉の最中、ガッチャンガッチャンと音を立てて姿を変えるシブマ1号。
元のゴツい姿に戻ったシブマ1号の前で、アリシエラさんに問うてみた。
「なにゆえ音声入力なのですか?」
「登録した人たち以外の声には反応しないんで、セキュリティー的にはこれがベストなんですっ」
「つまり登録者の誰かが会話の中でうっかり喋っちゃうと、人前だろうとどこだろうと構わずにガッチャンガッチャンと」
「そこは自己責任ですって。 銃が危ないのってその銃の責任じゃなくて、引き金を引いた人の責任じゃないですかねっ」
分かったような、分かりたくないような。
もうひとつ問いたい。
「誰かが乗っている最中に変型しても、中は安全なのかな?」
「そこは心配ご無用ですって。 空間魔法バリバリに使ってますんで、お昼寝中のマクラちゃんもぐっすりですっ」
とても良い例えに安心した私が、何の気なしに口に出した最後の問い。
「まさか寝言に反応したりなんか、しませんよね」
ぽかんと口を開けたアリシエラさん、慌ててシブマ1号に乗り込んでガレージにすっ飛んで行った。
などという紆余曲折を得て、シブマ1号での快適な旅を続ける私たち。
幌馬車状態の時の使い勝手はまさしく幌馬車。
御者は私、となりにはノルシェ。
幌の内にはおねむのマクラを抱っこするアイネさん。
あの忌まわしき日以降、マクラ権の主導権は私には無い。
アイネさんの老若男女問わず大人気の若々しいピッチピチボディが、今のマクラの定位置である。
羨ましくなんかないぞ。
料理上手なマクラならきっと分かってくれるはず。
切れ味の良い包丁やクリティカルヒットが出やすい肉叩きなどの素敵な調理道具もなるほど良いものだが、
シンプルなまな板も大事だってこと、愛しい我が娘なら必ずや分かってくれる。
そんな日が早く訪れてくれることを切実に想いながら、我が試練の旅は続く。