Ⅱ・9月28日
葉佑の言う通り、何かを見落としてはいないかと、並べられた書類に目を落としてみるが、新たな発見など易々と見つかるはずはない。
「田邑春夫と田村晃が同じ五月三日に殺されたように、十月二十八日。この日に二人の犠牲を出す可能性がある。ここまでは光平も異論はないよな?」
「ああ、ないよ。十月二十八日に二人の犠牲が出る。それに付け加えるなら、ヨハネと大ヤコブ、ペトロとアンデレのように、タダイと小ヤコブは兄弟だったと言う記述もある。田邑先生の、田邑春夫の兄弟が犠牲となる可能性がある」
強い言葉を吐き出してみたが、葉佑は肩を竦めている。そんな葉佑に同調するかのように、望月も肩を竦める。それ程おかしな事を言ったつもりはない。
晃平は? 晃平はどうなのだろうか?
様子を見たくて目をやったが、二人に同調する事なく、俯いたまま、ただテーブルに置かれた、葉佑のスマホに目を落としている。
「光平が言うのも分かるが、"TAMTAM"にフォローされていた、田村慎一が殺されたんだ。次の犠牲者も同様じゃないだろうか。一応、サイモン神父には、用心するように伝えておいたよ。熱心党のシモン。サイモン神父と同じ名前だしな。そうなれば後はタダイだ。そこに田村さんを含めるのは、申し訳ないですが」
葉佑が晃平の顔を捕えている。その捕えられた顔を覗き込む。
晃平の目は葉佑のスマホに落ちたままだ。次の標的かもしれないと言われ、そんな計画を企てた"TAMTAM"ではないかと、疑いを持たれ、晃平は今、何を思っているのだろうか。
「晃平さん」
思わず晃平の名前が口を突く。
ただその声は晃平の耳には届いていなかったようで、突然動きを止めた玩具を目の前にした子供のように、黒くなった葉佑のスマホ画面に触れている。
「あの、松田警部。もう一度"TAMTAM"のSNSを開いて貰えませんか? さっきの予告が書き込まれていたところ」
「何かありましたか?」
「いや、ちょっとだけ気になって」
「ちょっと待ってください」
葉佑がスマホを手にする。その指先に、晃平の目は落ちている。
自分が次の犠牲になるかもしれない上、殺人犯かもしれないと疑われている。そんな時にそれ以上、興味を引くものがあるのだろうか。それとも何か新しい事が分かったのだろうか。
「あ、ありがとうございます。これなんですけど。前に何か違和感を覚えて、今、その違和感が分かりました」
「何ですか?」
葉佑が手にするスマホに、望月も首を伸ばしている。
「これです、これ。この書き込み。——マタイよ! 火刑に見舞われ斬首されよ! その前に書き込まれた予告と比べて下さい」
晃平に言われるがまま、葉佑の手の内のスマホ画面を覗き込む。晃平の言う違和感とは何だろうか? 葉佑がゆっくりと画面をスライドさせていく。
——九月十四日
「マタイよ! 火刑に見舞われ斬首されよ!」
——八月十七日
「バルトロマイよ!鞭打たれ皮を剥がれよ!」
——七月十八日
「大ヤコブよ!剣に首を刎ねられよ!」
——六月二十六日
「トマスよ!四本の槍に射抜かれよ!」
——六月二十二日
「ペトロよ!逆さ十字架に磔られよ!」
——四月二十六日
「小ヤコブよ!槌で頭を破られよ!」
——四月二十六日
「フィリポよ!十字架に磔られ石打に見舞われよ!」
——十二月二十日
「ヨハネよ!毒杯に倒れ釜茹でされよ!」
——十一月二十三日
「アンデレよ!X字型の十字架に磔られよ!」
葉佑の親指の下の画面に目を凝らす。
「ほら、そのびっくりマークのあと」
「びっくりマーク? エクスクラメーションマークですか?」
晃平の言葉に一同で頭を突き合わす。葉佑にしろ、望月にしろ、まだ晃平の言う違和感には気付いていないようだ。
「何でこのマタイの書き込みの、びっくりマークの後ろだけ、スペースが空いているんだ? 間違えたのか? たまたまかもしれないけど、何か意味があるのかなって」
葉佑と望月は突き合わせた頭を引いている。
その二人の引きの速さに、晃平の顔が申し訳ないものに変わっていく。晃平が感じた違和感は、二人の興味を引くものではなかったらしい。
——エクスクラメーションマーク。
——スペース。
二人にはどうでもよく捉えられた違和感に新たな推測が生まれた。ただその推測に踏み込めば、全てを覆してしまう可能性がある。
「文章作法ですね」
「文章作法?」
意識もなく上擦ってしまった、声を拾ったのは葉佑だった。
「文章を書く時の作法だよ。このエクスクラメーションマークや、クエスチョンマークの後は、スペースを一つ空ける。それが文章作法なんだ。普通はそんな作法を知らなかったり、気にしなかったりだけど、文章を書く事を生業としている人間にとっては当たり前の事なんだよ」
「そんな作法があるんだな。それじゃあ、"TAMTAM"はこのマタイの書き込みから文章作法を覚えたって事か?」
葉佑の質問にさっき生まれた新たな推測が首を持ち上げる。
「そうとも考えられるけど。書き込んだ人間が変わったって、考える方が素直じゃないか? 例えば葉佑、お前は文章作法を知っていたか?」
「いや、知らない」
「晃平さんは?」
「俺も知らない」
「望月さんは?」
「そんな文章作法なんて、今初めて聞いたよ」
「ここにいる中でも文章作法なんて知っていたのは、俺だけなんだし、文章作法を知っている人間ってある程度、絞り込めるだろ」
「それじゃあ、"TAMTAM"は、文章作法を知っている人間で絞り込めるって言う事だな」
「いや、違う」
「何が違うんだよ!」
「バルトロマイまでの八つの殺人予告は、文章作法を知らない人間が書き込んだ。そしてマタイの殺人予告は、文章作法を知っている人間が書き込んだ。"TAMTAM"は二人いる。そう考えるのが妥当じゃないか?」
推測だったはずが、口にした途端、現実味を持ち始める。もし"TAMTAM"が二人いるなら?
もし"TAMTAM"が別の人間に入れ替わっていたなら? 全ての辻褄が合うじゃないか。田村周平が殺された事にも説明が付く。
「たまたま間違えて、スペースを空けたって事は考えられないか?」
「もしそうなら、次の予告で判断できるだろ? 次の予告で文章作法が守られていたなら、殺人予告を書き込んだ"TAMTAM"は二人いる」
「まあ、そうだな。次の予告はタダイと熱心党のシモンと二つ書き込まれるはずだしな」
「それで、葉佑。あれあるか? 田邑先生のメールの履歴」
「あるけど、何を急に慌てているんだよ」
テーブルに広げた書類を葉佑が探っている。
首を持ち上げた推測の裏付けにならなくても、その可能性を確認する事は出来るはずだ。
「やっぱりな」
葉佑の手から掬い取った書類に、目を泳がせる。
「何だよ! 何が分かったんだよ!」
「このS・TAMURAからのメールを見ろよ。このS・TAMURAは文章作法を知らない。バルトロマイまでの予告を書き込んだ人物と同じだ。だがマタイの書き込みをした人物は文章作法を知っている」
「だから何だって言うんだよ」
「推測でしかないけどな。全ての辻褄が合うんだよ。もしこのS・TAMURAが、バルトロマイまでの書き込みをした人物で、田村周平だったら?」
「いや、だから田村周平は殺されただろ?」
「ああ、だから"TAMTAM"は二人いるんだよ。田村周平は殺された。だからマタイの書き込みは出来ない。だから田村周平を殺し、マタイの書き込みをしたもう一人の"TAMTAM"がいるんだよ」
「随分、飛躍した考えだな」
黙って聞いていたはずの望月が顔を上げる。確かに飛躍しすぎかもしれない。だからと言って、晃平を犯人扱いする望月よりはマシだ。
「もし光平が言うように、"TAMTAM"が二人いるなら、辻褄は合うけどな」
何を頭に浮かべたのか、葉佑はそれ以上の事を言わずに黙ってしまった。
飛躍した考え方だと言いながらも、打ち出した推測に、望月も納得するしかないのか、黙り込んでしまった。ただその顔の険しさに変わりはない。
「もし次の書き込みで、その文章作法が守られていたら。その書き込みをした奴が、田村周平を殺し、"TAMTAM"を引き継いだって事か?」
晃平の意見に激しく同意だ。
誰かが田村周平を殺し、田村周平から"TAMTAMを引き継いだ。
誰だ? 誰が田村周平から"TAMTAM"を引き継いだのか? もし本当に田村周平を殺し"TAMTAM"を引き継いだのであれば、田村周平に恨みを持っている人間だと考えられる。




