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TAMTAM 〜十二使徒連続殺人事件〜  作者: かの翔吾
CHAPTER 6 +++大ヤコブ+++ Jacobus zebedaei
20/58

Ⅰ・7月12日


——Jacobus Zebedaei



 大ヤコブはゼベダイの子であり、ヨハネの兄であった。ガリラヤ湖畔で漁をして生計を立てていたが、イエス・キリストに声を掛けられ、弟子となった。


 兄弟そろって声も大きく、血気盛んだったため、イエスは大ヤコブとヨハネの二人を、雷の子らと呼んだ。


 イエスの昇天後、熱心に伝道を続けた大ヤコブは、初期エルサレム教会の中心人物となり、スペインへも渡った。


 そんな彼は当時のユダヤ王、ヘロデ・アグリッパにより処刑されてしまう。大きな剣で首を()ねられた大ヤコブは、十二使徒の中で最初の殉教者となった。


 そんな彼の遺体を弟子達は舟に乗せ、大海へ漕ぎだしたという。そしてその舟が荒波に揉まれ辿り着いた地は、イベリア半島、スペインであった。スペインの守護聖人、サンティアゴとは大ヤコブの事である。




           ◇ ◇ ◇




 一週間前の捜査では、結局何も出てこなかった。河川敷で見つかった変死体ではある。ただ同じ河川敷と言っても、多摩川を隔てた大田区側で、何かの痕跡を見つけるのは難しく、ないに等しい事なのかもしれない。


 それにしてもどうしてあの一角だけが、きれいに草が刈られていたのだろうか? 人の手が入った痕跡。事件に関係がないにしろ、光平にとっては、気掛かりの一つとして、B5のノートに書き並べられるに値した。念のため区役所にも連絡を取ってみたが、区の管理の下では、草を刈ったと言う話はなかった。


 新橋の駅を降りてSLを目指す。


 目指すと言う程の距離ではないが、駅前の広場はそれなりの広さがある。喫煙所を避けた反対側で周囲を見回す。クールビズのサラリーマンで溢れ返っているが、まだ赤ら顔ではない。仕事が終わりこれから飲みに行くのだろう。その顔はみんな意気揚々(いきようよう)としているように見える。


「お、光平。こっち、こっち」


 さっき避けた喫煙所の近くから、声が掛かる。


 葉佑だった。


 新橋の駅に着いたら電話をしろと言われ、その電話で言われた通りにSLを目指した。電話を切ってまだ三分と経っていないのに、葉佑の登場は早い。


「おお、こっち、こっち。近くだから」


 喫煙所の横で息を止め、足早に歩き始めた葉佑に続く。


 何度か送ったメールは、やはり迷惑メールに埋もれさせられていた。その事に葉佑が気付いたのは一週間ちょっと前。あの河川敷の捜査の日だ。本人はあまり気にしていな様子だったが、班長の望月にこっ(ぴど)く叱られたようだ。


 叱られたと言う報告を、あっけらかんとできる辺り、やはり葉佑は大物である。小さな事には(こだわ)らない性格は、刑事に向いているのかどうかは分からないが、拘りを持たない分フットワークの軽さがある。


「望月さんが十二使徒の事、詳しく聞きたいって。すぐそこの居酒屋で待っているから、急ごう」


「えっ? 居酒屋なのか? ファミレスかカフェがいいって言っただろ」


 何かを答える訳でもなく、葉佑がにまりと笑う。すっかりクリームソーダの口になっているのに、先を歩くその背中を叩きたくなる。


「俺が酒飲めないの、知っているだろ? それに俺はクリームソーダが飲みたいんだよ。今日みたいに暑い日はシュワッと弾けるメロンソーダの上に、バニラアイスをのせて。居酒屋なんかに行ったら、クリームソーダ飲めないじゃないか!」


「クリームソーダくらい居酒屋で作って貰うから、つべこべ言わずについて来い」


 近くだからと言った通り、二分と歩かないうちに、葉佑が地下へと下りる階段へ、吸い込まれていく。仕方なくその背中を追い階段を下りる。


「おっ、光平! こっちだ」


 店に入るなり、手を挙げる望月の姿があった。


 葉佑に促されるまま座敷へ上がる。望月はすでに飲み始めているようで、機嫌の良さがその顔から伝わった。


「すみません。生ビールとクリームソーダ」


「えっ?」


 おしぼりとお通しを運んできた、外国人従業員が不思議そうな顔をしている。


「ああ、メロンソーダはある? それとバニラアイス」


「あ、はい。あります」


「それじゃあ、メロンソーダとバニラアイスと、生ビール一つね」


 勝手に注文を進める葉佑に、望月が笑いを(こら)えている。今にも噴き出しそうなその顔は、居酒屋でクリームソーダを、注文しようとした事に対するものだ。きっと望月には、ここへ来るまでの葉佑とのやり取りも、想像できているのだろう。


「ちゃんとメロンソーダの上にアイス載せてから俺の前に出してくれよ。それともしアイスにチェリーが付いていたら、それは一番上にトッピングで」


「はいはい、(おお)せのままにしますよ」


 堪え切れなくなった望月が豪快に笑いだす。


「すみません。ファミレスかカフェって、葉佑に言っていたのに、居酒屋だったんで」


 望月には昔から頭が上がらない。それは葉佑も同じだ。だからこちらを見てニヤニヤと笑っている葉佑の気持ちは、手に取るように分かる。すいません。と、この口が謝ったのが余程嬉しいのだ。


「……それで十二使徒の事ですよね?」


「そうだ、そう、それだ。この馬鹿が折角の情報見逃がしやがって」


 今度は逆にニヤニヤと葉佑を見返してやる。同期からの大事なメールを埋もれさせやがって。もっと早くメールに気付いて、報告をしてくれていれば、何か変わったかもしれないのに。


「お前がこの馬鹿に送ってくれたメールは、一通り見させてもらったよ。今まで殺されてきたガイシャはみんな、十二使徒に擬えて殺されてきた。それと十二使徒には聖名祝日って言う日があって、その日を狙って殺されている。それとお前の高校の恩師もこの連続殺人のガイシャの一人だって」


「そうです。田邑先生もこの連続殺人の被害者の一人です。田邑先生は小ヤコブの殉教に擬えて殺された。タムラと言う名前の男性ばかりを狙った連続殺人です。田邑先生を含めてすでに五人の犠牲者が出ています。そして今月、もう一人」


「今月、もう一人だと?」


 確か葉佑には、メールを送ったはずだ。まさか埋もれさせただけじゃなく、メールを消去までしたのでは?


「一通りメールには、目を通してくれたんですよね?」


「ああ、お前からこいつ宛のメールは、一通り目を通したんだが」


 望月が葉佑をきつく睨みつける。


「七月二十五日は大ヤコブの聖名祝日です。大ヤコブは首を切り落とされて、殉教しています。もしこの殺人鬼が計画通りに事を進めれば……」


 口が勝手に突いた殺人鬼という言葉に、心臓が一瞬縮んだような感覚がした。すでに五人。今も着々と六人目を殺す準備をしているはずだ。


「お前が言う通りなら、あと七人も殺されるって言う計算か。十二使徒って事は、狙いは十二人。ふざけた殺人鬼だ!」


 言葉尻を強くした望月が、ジョッキをテーブルに叩きつける。空になったジョッキは、鈍い音を出す事はなかったが、その姿に葉佑がすかさず手を挙げる。新しいビールを頼もうとしているようだ。


「それと、一つ気になる事があって」


「何だ?」


「五人は聖名祝日に、各々その聖人に擬えて殺されています。一人目は田村浩之。去年の十一月三十日です」


「そうなるな。他のガイシャはみんな今年に入ってからだし」


「そうですよね。そうなると一人飛んでいるんですよ」


「飛んでいる?」


「そうです。十二月二十七日。十二月にヨハネの聖名祝日があったんです。一応、十二月二十七日に起きた殺人事件を調べてみたんですが、該当するような事件がなくて」


「はい、生お待ち!」


 勢いよく出された生ビールの泡が目の前で揺れる。望月が難しい顔のままで、そのジョッキに手を伸ばす。


「ヨハネか。そのヨハネも十二使徒の一人なんだな」


「そうです」


「おい、葉佑! だらだらとビール飲んでんじゃねえよ。十二月二十七日だぞ! メモしたか? その日の事件を洗うんだ。東京だけじゃない、関東一円。いや、全国だ!」


 言葉通り、だらだらとビールを飲んでいた葉佑が、背筋を伸ばしている。


「それとだな、また何か分かったら、直接俺のところに連絡をくれ。こいつじゃ全くあてにならん。今回もこんな重要な情報、放っておいたんだしな。なあ、葉佑」


 謝罪するかのように、テーブルの上で指を揃え、葉佑が頭を垂らしている。同期のそんな姿を見るのは小気味よく、その頭の天辺をニヤニヤ見ながら、即席のクリームソーダに口を付ける。


 バニラアイスは、すっかり溶けていたが、ソーダに混ざったアイスがクリーミーで、何とも言えず美味しい。


「それより、光平。お前戻るつもりないのか?」


 グラスの中に、チェリーはないのかと探っていた時、望月が口を開いた。


 捜査一課に戻るつもりはないのか? 言わんとする事は分かるが、そんな気はこれっぽっちもない。ただきっぱりノーを突き付ければ、恩を(あだ)で返すような気もする。


「そうですね。今のところはないですね」


「そうか、戻る気になったらいつでも俺が口聞いてやるからな」


「あ、はい。ありがとうございます」


 一言の礼で終わらせようとしたが、酔いが回り始めたのか、赤ら顔が饒舌(じょうぜつ)になっていく。


「お前はまだあの事件のことを気にしているのか? あれは班で動いていたんだ。勿論、お前も班長である俺の指示で動いていた。何もお前が気にする事なんてないんだ。確かに捜査は打ち切りになったが、それは俺の、いや、俺なんかよりもっと上の連中の判断であって、俺やお前が気にする事なんて何一つない。確かに被疑者が自殺なんて、後味のいい終わり方ではなかったけどな。でもなあ、そこに至ったのだって、お前のせいなんかじゃないんだし」


 持ち出されたのは五年前の事件だ。七つの罪源連続殺人事件。


 七つの罪源に擬えて、七人もの殺害を完遂した被疑者は、拘置所で自殺を図った。被疑者の名前は、そうだ。多村将暉(たむらまさき)。確かそんな名前だった。


 忘れかけていた事件が、じわりと滲むように思い出される。


——多村。あの事件の被疑者もタムラだったのか。


「ダメですよ! 光平が戻ったら、俺の居場所がなくなってしまう」


 だらだらと飲んでいたはずが、いつの間にピッチが上がったのか、不貞腐れた葉佑が(くだ)を巻き始める。自分が抜けた穴を埋めるように、望月に拾われたのが葉佑だ。酔っ払い始めてはいるが、それが葉佑の本音だろう。


「まあ、そうだな。お前は厄介(やっかい)払いだな」


「厄介払いだなんて、酷いっすよ」


 二人のやり取りを前に、戻りたいなんて気持ちは、微塵も沸いてこない。そこにはもう居場所がない事を、改めて教えられもするが、ただそんな寂しさより、今の所轄の居心地の良さが勝っていた。望月と葉佑。二人の姿を目にし、ふと浮かぶのは晃平の姿だ。今は相棒と呼べる、晃平との時間が心地いい。

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