Ⅲ・7月2日
「晃平さん、殺されないで下さいね」
いつものように寝そべる晃平を座らせ、その隣に腰を下ろす。
突然言い放った言葉に、眠そうな顔のまま、晃平が固まっている。その意味を捉えようとしているのか、ただ単にまだ頭が起きていなのか、数秒待ってみたが、晃平の反応はない。ただ単にまだ起ききっていないだけのようだ。
「まあ、こんなだらしない人、殺されないでしょうね」
晃平の目が見開く。
だらしない。その一言に反応したのか、意味もなく背筋を伸ばしている。きっと体が勝手に反応したのだろう。
「朝からなんだよ。殺されるとか、殺されないとか。それに誰がだらしないんだよ」
背筋を伸ばした事で、ようやく目が覚めたのか、晃平が口を開く。
「蚕糸の森公園の二つの事件ですよ。二人の田村姓の男が殺されたんですよ。田村って名前の男を狙った連続殺人ですよ」
「まあ、連続殺人で間違いないだろうけど、二人が田村なのは偶然かもしれないだろ?」
「あっ、そうだ。それがですね、二人じゃなかったんですよ。三人だったんです。昨日、捜査本部も立ったって、捜査一課の同期から聞いたんです」
「三人だって?」
昨日受けた驚きが、晃平にも伝わったようで、その目は大きく見開いている。まだ自分の中でも整理しきれていない話を、どこから切り出すべきか。
「三人ってなんなんだ? もう一人は誰だって言うんだ?」
「蚕糸の森公園で見つかった二人目の被害者、田村俊明には弟がいたんです。その弟、田村浩之は去年の十一月に殺されているんですよ。練馬の廃屋で見つかった全裸の男の変死体、覚えていませんか? その田村浩之と蚕糸の森公園で見つかった田村晃と田村俊明。田村姓の男が三人殺されているんですよ。しかも全員、全裸で縛られた姿で発見されています」
「去年の事件か? まだ解決していなかったんだな。ああ、だからか? 無作為に田村姓の男が殺されている。だから俺に殺されるなって言ったんだな」
「それにこの三人は十二使徒の殉教に擬えて、殺されているんです」
「十二使徒? 殉教? 今度は一体何だって言うんだ?」
「この間、ペトロの話しましたよね? 逆さ十字の。ペトロはイエス・キリストの十二人の弟子のうちの一人です。その十二人の弟子達が十二使徒です。田村俊明はペトロの殉教に見立て、逆さ十字で殺された。そのペトロの弟はアンデレです。アンデレはX字型の十字架に掛けられ殉教しています。俊明の弟、浩之は練馬の廃屋で筋交いに縛られて殺されていた。その姿はアンデレのX字型の十字架を見立てたものです」
「それで? 二人は分かったよ。田村俊明とその弟の浩之は十字架に張り付けられ殺された。二人は分かったけど、あと田村晃は?」
「そうですよ! 田村晃!」
「何だ? 急にでかい声を出して」
「すみません。昨日ずっと十二使徒の事を調べていて、全然寝てないんですよ。でも田村晃も十二使徒に行き着きました」
一晩寝ずにタップし続けた、スマホの画面が、頭の中を駆け巡る。
——ペトロ。
——アンデレ。
——十二使徒。
「田村晃もやっぱりその十二使徒なんだな」
「そうです。十二使徒の一人、フィリポです。田村晃はフィリポの殉教に擬えて、殺されています。フィリポは十字架の上で、石打ちに遭い、殺されていたんですよ」
「石打ち?」
「はい。石打ちの刑ですよ。大勢の人間が石を投げ付けて処刑する。まあ、大勢の人間が共犯になる分けじゃないですから、石を凶器として殺したんだと思います。田村晃を殺害した凶器は、足元に落ちていた大きな石ですから」
晃平の顔が歪んでいく。何か引っ掛かるところでもあるのだろうか?
「石打ちか。……石、凶器。そう言えば、田村俊明を殺害した凶器って何だ?」
「まだ見つかっていないと思いますよ。ナイフか何かでしょうから、石みたいにその場に残しておく必要ないですしね」
「ナイフ? 匕首じゃないのか」
「匕首?」
「いや、何でもない。それよりその話は捜査一課に報告したのか?」
徐にスマホを手にする。受信メールのフォルダーをタップしてみたが、葉佑からの返信はなかった。
あいつ、大事なメールを迷惑メールに埋もれさせたんじゃ? そんな考えがふと浮かぶ。
「一応同期には連絡したんですけどね」
「あんまり首突っ込むなよな」
歪んだ顔を元に戻した、晃平の真意は読めなかった。田村姓の男が殺されている。殺されないで下さいと言ったのは自分だ。それなのに首を突っ込むなと釘を刺され、どこかで腑に落ちない何かが燻っている。
「あと九人殺されるかもしれないんですよ! その九人の中に、晃平さんが。いや、九人殺されるかもしれないのに、首突っ込まずに、見ているだけなんて無理な話ですよ」
「そうだな。お前が言う通り、十二使徒に擬えているなら、あと九人殺される可能性はある。それに俺も田村だしな。その九人に入るかもしれない。でもなあ、それを食い止めるのは、捜査一課の仕事であって、関係のない所轄の俺らではないだろ」
いつになく真面目な表情の晃平に、それ以上噛みついたところで、自分の幼さを露呈させるだけだと悟る。
「分かっていますよ。程々にしますから。それにさっきから、課長がこっち見ていますしね」
晃平が課長へと首を振る。課長に話したところで、一笑され、終わる事は目に見えている。だからこうして晃平に話しているのだ。
「十二人もの殺害を企てている奴って、一体どんな奴だよ。本当ふざけた野郎だな」
「そうですね。本当ふざけています」
素直に晃平に合わせてみる。一人で蚕糸の森公園へ出向いた晃平も、この連続殺人に少しは興味を持っているはずだ。
「日本の連続殺人なんて、せいぜい七人か八人だろ?」
「そうですね。放火して一気に殺したとか、一気に何人か纏めて殺したなんて事件を除けば、計画を立てて一人ずつ順になんて事件の被害者は、そんな多くないですよ。警察の威信がかかっていますから、大量殺人の前に捕まえられます。でも、もしこの連続殺人が完結してしまったら、日本の犯罪史上、今までにない数の犠牲者を出してしまう事になります」
自分で口にしておきながら、鳥肌が立った。
犯人の狙いはやはり大量殺人なのだろうか? 今までにない数の犠牲者を出す事で、犯罪史上に名前を残す。もしそんな事が狙いだったら、本当に狂っている。
「そう言えば」
「そう言えば、何ですか?」
「ほら、映画みたいな連続殺人あっただろ? あれって」
「ああ、セブンですね。七つの罪源連続殺人事件。五年前ですよ。俺、あの事件の頃まだ捜査一課にいたんでよく覚えています」
「お前の班が担当だったのか?」
「そうですよ。八係、望月班の担当でした」
五年前の事件を思い出しそうになったが、耳に飛び込んだ課長の咳払いに、慌ててソファから立ち上がる。余計な事をするなよ。そう言っているような咳払いだったが、晃平は全く気にしていな様子でまだソファに座っている。
「とりあえず、もう少し十二使徒の事、調べてみます。晃平さんを殺させたりしないですから、とりあえず安心して下さい」
「お前なあ」
目を細めた晃平に、何故か逆に安心させられる。幾ら首を突っ込んだとしても、それは刑事としての関りであり、自分達がこの事件に巻き込まれるはずがないと、確信を持つ安心感。
再びスマホを手にしたが、葉佑からの返信はまだなかった。
それでも晃平に話した事で、寝ずに過ごした一晩が救われた気にもなる。その礼と言う訳ではなく、ただ単に日課ではあったが、給湯室へ向かい、晃平と自分のためにコーヒーを淹れる。