Ⅱ・7月1日
「お前、さっき田村俊明を二人目の被害者だって言ったよな?」
「ああ。えっ? まさか?」
「本当、頭の回転の速い奴だな。そうだよ。その、まさかだ。田村俊明は二人目の被害者じゃない、田村俊明は三人目の被害者だ。捜査一課では被害者、三人の連続殺人だと判断しているのさ」
「えっ? 他に誰がいるんだ? 田村晃と田村俊明と。蚕糸の森公園で、他に変死体なんて見つかっていないだろ?」
「ああ、蚕糸の森公園では見つかっていない」
「それじゃあ、別の場所で見つかっているのか? 誰なんだよ」
「ああ、それがびっくりなんだが。田村俊明の弟、田村浩之だよ。変死体で見つかったのは、去年の十一月だ。お前、覚えていないか? 去年の十一月、練馬の廃屋で見つかった変死体の事」
毎日毎日、塗り替えられていくニュースの中、埋もれてしまった記憶を呼び戻す。小さかろうが、大きかろうが、殺人事件のニュースなら頭のどこかに残っているはずだ。
練馬。廃屋。去年。十一月。変死体。
葉佑に与えられたワードをノートに書き並べていく。
「ああ! そう言えば。何でこんな共通点の多い事件を忘れていたんだ」
「思い出したようだな」
にやりと口角を上げた葉佑は、手にしたフォークでソーセージを刺している。
「ああ、思い出したよ。あの事件は去年の十一月だったんだな。練馬の廃屋で、全裸の男の変死体が見つかった。その男は確か、そうだ、抜かれた壁の筋交いに縛られた姿で発見された。そうだ、確かそうだ」
再びボールペンを握る。
全裸。筋交い。
自分が口にしたワードをノートに書き足していく。
「その筋交いって何だ?」
ライスを頬張ったままの、葉佑の声は聞き辛いが、書き殴ったノートに、目を向けている事は分かった。
「ああ、壁の中の角材だよ。柱と柱の間に斜めに入れられた、補強か何かの役目だろ? 俺も詳しくは知らないけど、壁の中にはXの字の角材があるんだよ。確か練馬の廃屋で見つかった男は、筋交いに縛られていたって。わざわざ壁を抜いて、筋交いに縛ったって何か意味があるのかな?」
「ほら、そうだろ?」
ミックスグリルを全部食べ終わったからなのか、それとも何か別の意味があるのか、満足そうな笑みを浮かべて葉佑が続ける。
「ほらな。十字架じゃないだろ? 田村浩之は十字架に縛られていた分けじゃない。あとの二人は十字架と言えるかもしれないけど」
全裸で縛られていたと言う以外、やはり共通点はないのだろうか。
捜査一課が連続殺人と決めたという事は、三人の男は間違いなく、同じ人物に殺されている。全裸で縛られていたと言う以外の共通点。何かのプレイ? 晃平の言葉を思い出す。縛り付けた姿が十字架を模したものでないなら、一体、何のためなんだろうか。
「まあ、何か分かったら、俺に連絡してくれよ。光平には俺のブレーンとして活躍して貰わないと困るからな」
そう言いながらも、テーブルに置かれた伝票を、しっかりと押し付けてくる。
「ご馳走様でした!」
「お前なあ」
押し付けられた伝票を手にしながら、筋交いに縛られた田村浩之の姿を浮かべる。
被害者は二人ではなく三人だった。今日、捜査本部が立ったのなら、三人に共通する何かが見つかったのか? もし葉佑がまだ何かを持っているなら、同じアプローチを取ったところで意味がないだろう。
共にファミレスは後にしていたが、もう少し飲んで帰ると言う、葉佑には付き合いきれず、地下鉄に乗り込んでいた。時間が時間なだけに、混雑は避ける事が出来ない。人波に押され、やっとの事で見つけた吊革にぶら下がる。
ポケットからスマホを取り出し、卒業旅行で聞いた話を検索してみる。
〈ペトロ〉と、入力すれば、幾らでもその手の話は出てくる。
【十二使徒の最年長でリーダーだったペトロは、イエスが逮捕された際、官憲に捕まり、イエスについて三度尋ねられたが、「私は知らない」と、三度言い通した。初代教会の指導者となり、ローマで布教していたが、皇帝ネロの迫害により、逆さ十字架に掛かり殉教した。またペトロは同じ十二使徒の一人、アンデレの兄でもある】
——ん? アンデレ?
——ペトロはアンデレの兄?
そう言えば、田村俊明の弟が田村浩之だと、葉佑は言っていた。狭い車内で新しいページをタップし、〈アンデレ〉と、入力する。
【ペトロの弟、アンデレはギリシアで、X字型の十字架に掛かり殉教した】
——ん? X字型の十字架?
車内の冷房が効きすぎている分けではなかった。
——X字型の十字架。
画面に見えたその文字に、全身が鳥肌で覆われる。それなのに額には、急に噴き出した汗が玉を作っていた。
葉佑は十字架ではないと言ったが、田村浩之も十字架に掛けられていた。壁を崩し、露出させた筋交いに縛り付けたのは、X字型の十字架を見立てたもの。ペトロの弟がアンデレであったように、田村俊明の弟が田村浩之だ。
——間違いない。
田村俊明はペトロの、田村浩之はアンデレの殉教を模して殺されている。
地下鉄を下り、慌てて電話をしてみたが、葉佑は出なかった。どこかで飲んで大騒ぎしている頃か? そんな姿を想像しながら、メールを送ってみる。
くだらない迷惑メールに埋もれさせずに、ちゃんと見ろよ。
改札を抜け、ポケットにスマホを滑らせながら、念を送る。
二人は聖人の殉教に擬えて殺された。と、言う事は田村晃も? いとも簡単に導かれた答えに、新たな疑問が生まれる。
——ペトロ。
——アンデレ。
——十二使徒なのか?
田村姓の男が、聖人に擬えて殺された。聖人、十二使徒。
もし田村晃が十二使徒の誰かを擬え、殺されたのであれば、あと九人。
あと九人も田村姓の男が殺されると言うのか? 恐ろしい考えに被さり、晃平の顔が浮かぶ。
——田村晃平。まさか。
いや、田村姓の男なんて幾らでもいる。それよりも十二使徒だ。十二使徒について調べなければ。きっとそれが捜査一課とは別のアプローチになるはずだ。