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TAMTAM 〜十二使徒連続殺人事件〜  作者: かの翔吾
CHAPTER 4 +++アンドレ+++ Andreas
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Ⅰ・7月1日


——Andreas



 漁師を生業(なりわい)としていたアンデレは、洗礼者ヨハネの弟子であった。ある日、イエス・キリストに出会ったアンデレは、救世主に出会った事を兄であるシモンに告げる。


 その後、二人で漁をしているところにイエスが現れ、アンデレとシモンに声を掛けた。


「私について来なさい。魚を()る漁師ではなく、人を獲る漁師になりなさい」


 イエスのその言葉にアンデレは、兄のシモンと共にイエスの一番弟子になった。


 イエスの昇天後、アンデレは黒海(こっかい)沿岸で、熱心に伝道を続けていたが、当時のローマ皇帝・アイゲアテスに対し、強く改宗を迫ったため、投獄されてしまう。そしてアイゲアテスの怒りを買ったアンデレは処刑される事となる。その処刑場で最後、アンデレは申し出た。


「師、イエスと同じ十字架に掛かるのは畏れ多い。どうか十字架を斜めに立てて下さい」


 彼の申し出は受け入れられ、斜めに建てたX字型の十字架の上、アンデレは殉教した。




           ◇ ◇ ◇




 気になるワードをノートに書き並べるのは昔からの癖だった。光平はB5のノートをテーブルの上に広げ、幾つかのワードを書き並べていた。並んだそのボールペンの文字は読み(づら)いものもあるが、誰に見せる分けでもない。


 昔から推理小説を読む時は、同じようにノートを広げ、気になるワードを並べていた。そうする事で謎が明かされる前に、事件が解決出来た。そんな癖も刑事と言う今の仕事には充分活かす事ができている。


 田村、田村晃、変死体、全裸、精液、杉並、さんしの森公園、木、角材、十字か、深夜、田村俊明、逆さ十字、ペトロ。


 #さんし__・__#の森の#さんし__・__#と、十字#か__・__#の#か__・__#の字が浮かばないが、そこは平仮名でいい。


「おい、光平。待たせたな」


 もう彼是(かれこれ)ドリンクバーで三杯はおかわりしているはずだった。


 待たせたなと、声が掛かる程だから、もう随分と時間が経っているはずだ。目の前には、今にも溶けて無くなりそうな、氷が沈んだグラスがある。いつの間にか四杯目のコーラも飲み切っていたようだ。


「ああ、葉佑(ようすけ)。呼び出してすまないな」


 二人だと伝えていたので、通された席は四人掛けのソファ席だった。そのソファ席の向かい側。額に汗を(にじ)ませながら、葉佑がどっしりと座る。


「あっちーな」


 ワイシャツの襟元に大きく風を送り、葉佑がすかさずメニューを広げる。ファミレスのメニューは大きすぎて、広げていたノートを隠してしまった。


 松田葉佑は警察大学校時代の同期だ。こうして頻繁に顔を合わせる理由は、捜査一課の捜査状況を聞き出すためで、情報料として、腹を満たして貰える事に、葉佑自身、満更(まんざら)でもない様子だった。


「すみません! ミックスグリル、ライス大盛と生一つ」


 呼び出しボタンも押さず、近くにいた店員に、葉佑が大声で叫ぶ。その声の大きさに店員だけではなく、周りの客も振り返っていたが、本人は何一つ気にする様子はない。


「それでだ。お前が呼び出したって事は、何か気になる事件があるんだな」


 今さっき、ミックスグリルを注文した声とは、まるで別人のトーンで葉佑が迫る。さすが一番気の置けない同期だけあって話が早い。


「ミックスグリル、ライス大盛と生ビールお一つですね」


 店員が水の入ったグラスとおしぼりを運んできた。


「はい、そうです。お願いします」


 葉佑のトーンが戻る。


 あまり他人に関心はないが、葉佑といると、その言動の一つ一つに見入ってしまう。数多くいる同期の中でも、信頼できる男なのは間違いないが、その言動の全てとは言わないが、ある程度読めてしまう所が楽であり、これからもこの関係性を続けられる自信になる。簡単に言えば単純なだけだが。


「ああ、そうなんだ。蚕糸の森公園で起きた二件の事件なんだけど」


 葉佑の眉がぴくりと跳ね上がる。一瞬にして言わんとする事が分かった素振りだ。


「一体お前の鼻はどうなってんだ?」


 グラスを手にした葉佑の一言に、最初はピンと来なかったが、少しの間を持って理解する事が出来た。何を嗅ぎつけたんだ? そう言う事だろう。嗅ぎつけたと言う事はやっぱり何かある。二つの殺人事件は連続殺人として扱われる事になったのだろう。


「どこで嗅ぎつけたんだよ? 今日、本部が立ったばかりなのに」


「やっぱりな。連続殺人って事か。それじゃ、お前の?」


「ああ、勿論な。捜査一課八係、望月(もちづき)班の担当に決まったよ」


 捜査一課八係は望月(たもつ)を班長としていた。班長の望月は連続殺人に対する執念が半端なく、その手の事件の検挙率で右に出る者はいない。


 そんな望月には多摩川南署へ、配属になる前に世話になった。まだ刑事として半人前だった頃、一から十までを教えてくれたのが望月だ。そんな望月の右腕として、今、多くの事件に関わっているのが葉佑である。やはり持つべきものは同期に限る。


「望月班が担当って事は?」


「そうだ。まだ本部が立ち上がったばかりで、何の捜査も進んではいないけどな。一連の事件は同一犯だと見られているよ。手口が似すぎているからな。それと望月さんから伝言だ」


「何だ?」


「お前の推理力は望月さんも買うところだからな。何か気になる事があったら、すぐに連絡を寄越してくれって。おっ、俺のミックスグリル!」


 届いたミックスグリルを置くため、メニューを閉じる。葉佑は待てないとばかりに、鉄板を受取り、照り焼きチキンに鼻を付けている。


「おい、鼻の先に照り焼きのタレ付いているぞ」


「えっ? 嘘、マジか」


「嘘だよ」


「お前なあ」


 葉佑がハンバーグにフォークを刺した姿を目に収め、B5のノートを引き寄せる。転がしていたボールペンを手にして、望月班と書き殴る。


「おい、そのペトロってなんだ?」


 ハンバーグを口に入れたまま、葉佑もノートへと目を落としている。


「ああ、逆さ十字だよ。二人目の被害者、田村俊明は逆さに張り付けられていただろ? 逆さ十字。ペトロって言う聖人は逆さ十字で殉教したんだ。田村晃の殺され方もそうだけど、何か宗教的な意味でもあるんじゃないかって」


「確かに全員十字架に張り付けられていたのかも。いや、違う」


 肯定した言葉を、すぐに否定した葉佑に目を合わせる。


「何が違うんだ?」


「いや、ああ」


 何かを躊躇(ためら)うように葉佑が目を逸らす。間違いなく何かを隠している。


「何だよ。何か知っている事があるなら教えろよ」


「まあ、そうだな。どうせお前ならすぐに嗅ぎ付けるだろうし」


 勿体ぶっている訳ではなさそうだ。今日、招集された本部で聞き得た情報。それを言おうか、言わずにおこうか、一瞬躊躇っただけだろう。どうせ食い下がられ、白状する事になるんだから、早く白状してしまえばいいものを。

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