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TAMTAM 〜十二使徒連続殺人事件〜  作者: かの翔吾
CHAPTER 3 +++ペトロ+++ Petrus
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Ⅱ・7月1日


——ライト?


「そこで何をしている?」


 懐中電灯の光に顔が照らされている。目の前にはカラーコーンに囲まれた、一本の木があるだけだ。ついさっきまで縛られていたはずの一本の木。頭の中で作られた光景は、もう遠いものとなり、今は懐中電灯を持つ者への言い訳だけが占めていた。


 向けられた光へと目を凝らすと、眩しさの向こうに、制服を着た若い警察官の姿があった。ある意味お仲間ではあるが、この公園で言うところのお仲間ではない。性欲を剥き出しに徘徊する男達なら、堂々と人の顔を照らすはずもない。


「あ、お巡りさんですね」


 下手な言い訳をするより、素直に本当の事を話した方がいい。


 何故この公園にいるのか? その本当の理由は自分でも分からないが、身分等を偽れば、後々面倒な事になるのは判断できる。ただ口を突いた、お巡りさんと言う呼称は、やはり咄嗟のもので、考えなしに口走ったものだ。刑事がお巡りさん等と呼ぶだろうか? 疑問が浮かびもするが、その答えをゆっくり探している時間はない。


「すみません。多摩川南署の田村と言います。少し事件のことが気になって」


「えっ?」


 咄嗟ではあったが、口を突いた回答に、若い警察官は次の言葉を失っているようだった。


「ここで二度も変死体が上がったんで、気になって調べているんですよ。こんな夜中に驚かせて申し訳ない。ただ殺害時刻はどちらも夜中ですよね? だからこんな時間になってしまって。驚かせて本当申し訳ない」


 畳み掛けるように放った言葉に、若い警察官が敬礼する。改めて見ると、明らかに新人だと分かる風貌だ。


「ご苦労様」


 口角を上げながら一言。少し汚れてはいたが、財布の中から名刺を一枚取り出す。


「あ、ありがとうございます。遅くまでご苦労様です」


 こちらまで伝わる程の緊張で、二度目の敬礼をする若い警察官。多摩川南署と名乗った事に気付いていないのだろうか。所轄が違う刑事である事にも気付けない程の、その緊張に助けられる。


「いやいや、君の方こそ遅くまでご苦労さん」


 自分でも珍しく思える程、軽妙な口ぶりだった。


 若い警察官は敬礼のまま固まっている。反対の手にした懐中電灯は、自身の足元を照らしている。その委縮した姿に応え、右手を額へと(かざ)す。


 徐に右手を下ろし、懐中電灯の明かりに目をやる。我に還らせてくれた光は、地面に小さな丸を描いている。


 この警察官より先に立ち去る方が得策だろう。


 暗闇にぽっかり開いた光の穴に感謝の念を送り、軽く右手を挙げる。若い警察官に背を向けた目の前にはただ暗闇があるだけだ。踏み入れた時と同じ暗闇のはずなのに、全く別の暗闇に思えるのは何故だろうか。心をざわつかせるものは何もない。あの眼が現れる事もない。



 青梅街道へ戻り、信号が青に変わるのを待つ。乗って来たタクシーとは反対方向へ向かわなければ。何故かそんな意識だけが働く。


 日付が変わり随分と時間は経っていたが、車の通りはそれ程変わっていない。


「新宿までお願いします。とりあえず青梅街道を真っ直ぐ」


 捕まえたタクシーに新宿までと告げたのは、暫く考える時間が必要だったからだろう。真っ直ぐ部屋へ帰ったとしても、すぐ眠りにつけるとは思えない。だからと言って深く飲み歩きでもしたなら、明日に、いや、日付が変わっているから今日だが、支障が出るかもしれない。


「そのまま真っ直ぐ、靖国(やすくに)通りを進めて下さい」


 一瞬顔を覗かせた優等生的な考えは、新宿の夜の灯りに沈んでいった。


 中野坂上を過ぎ、西新宿を過ぎ、タクシーは靖国通りへと入る。深夜にも(かか)わらず眠らない町に、少しくらいなら支障をきたす事も無いだろう。そんな考えが持ち上がる。


 角のコンビニにタバコの文字を見つけ、タクシーを降りる。


 交番を横目に見ながら、抜けた自動ドアの先。新宿のコンビニは深夜であろうが、レジに行列が出来ている。署の近くのコンビニを思い出しながら、レジに千円札を滑らせる。


 平日の深夜とあってか、人影はまばらだが、まだ幾つもの看板に明かりが点いている。仲通りをゆっくりと歩き看板を見上げる。まだ営業中の店も多いが、足を運べる店など限られている。年末以来か。忘れていた去年の暮を思い出す。


「いらっしゃいませ」


 ドアを開けたと同時、威勢のいい馴染(なじ)みの声に迎えられた。


「ちょっと、晃平ちゃんじゃないの。久しぶり。って、言うか、たまには顔出してちょうだいよ」


「ああ、久しぶりです。今日は近くまで来たから」


 挨拶がてらの会話の間にも、ユウさんはおしぼりとコースターを並べ、グラスに氷を落とし、ボトルを探している。GO EAST。看板に明かりが点いていた事に感謝だ。


割物(わりもの)どうしましょう?」


「ああ、ジャスミンで」


「はい、ジャスね」


 何気なしに飲みに来ただけだ。一杯引っ掛けて、またタクシーに乗って、蒲田のマンションへ帰ればいい。


「ユウさんも一緒に飲んで下さいね」


 そう言って差し出されたグラスに手を伸ばすと、スマホをいじるユウさんの姿があった。


「本当、ちょうどよかった。晃平ちゃんに見て欲しいニュースがあるの」


 さっきまで手際よく動いていたユウさんが、急に落ち着きを無くす。


「何ですか?」


 カウンター越しにユウさんのスマホを覗き込む。古い機種のようで、画面が小さく、そこに並ぶ文字までは見えない。


「あのね、蚕糸の森でね」


 話し始めたユウさんに、口に含んだ酒を噴き出しそうになった。


 あまりにも話がリアルタイム過ぎて、心臓がどくんと大きく脈を打つ。


「蚕糸の森って、まさか殺人事件ですか?」


「そうなの。晃平ちゃんもニュース見ていたのね」


 ユウさんが一拍置いてくれたおかげで、心臓は正常に動き出す。ついさっきまでいた蚕糸の森公園。今、思い出せるのは、あの眼ではなく、並んだカラーコーンと若い警察官の顔だけだ。


「このね、蚕糸の森で殺された田村俊明さんって、うちの店の常連さんなのよ」


「えっ? ユウさん知り合いなんですか?」


「そりゃお客さんだもん。よく知った人よ」


 想像はできた話だが、それを肯定するユウさんに、事件について妙な納得感が生まれる。やはり被害者となった男はお仲間で、行き過ぎたプレイによって殺された。


——蚕糸の森公園。

——全裸。

——精液。


 並べたワードが確信を持たせる。


「知り合いが殺されるって、ちょっと辛いですね」


 労いのつもりだった。ユウさんにとっては、客の一人であり、身内ではない。身内でない人間の死に対して、必要以上に重く答えるのは違う気もする。


「でもね、俊明さんだけじゃないの。二か月位前かな、田村晃って人も殺されたでしょ? あの人も、うちの店の常連さんじゃないんだけど、別のお店の常連さんでね、それで殺されたから、この界隈で話題になっていたのよ。俊明さんで二人目。またこれで当分、話題はこの話よ」


「えっ? 田村晃も? この話は警察も知っているんですかね?」


「さあ? この町の誰かが警察に話していればだけど、警察にとっては、どうでもいい話なんじゃないの?」


「まあ、そうですね。でも二人目なら何か関連性があるかもしれないですね」


「まあ、そうなだけど」


 誰かに話した事ですっきりしたのか、ユウさんの顔はすっかり落ち着いたものだった。


「晃平ちゃんも気を付けてね。晃平ちゃんも確か田村だったわよね? この町によく飲みに来ていた田村って人が二人も殺されたんだもの」


「そうですね、気を付けます」


「あ、でも晃平ちゃん、刑事なんだから、そんな心配いらないか。そんな()い体しているんだから、逆にやられそうで誰も襲わないわね」


 体を()められる事に悪い気はしない。ユウさんのそんな言葉に頬を崩し、グラスに口を付ける。田村晃に田村俊明。二人はお仲間だ。そんな共通点を聞かされただけで、気持ちが軽くなる。あの眼は自分が創り出したもの。溜まった性欲がきっとあんな眼を創り出したのだろう。


「あー、いらっしゃい。#マサトさん__・__#じゃない。それと#タッくん__・__#も」


 新たな来客にユウさんが威勢のいい声を出す。


 軽く会釈をし、椅子に掛けた二人連れの顔に、ちらりと目をやり、グラスを空ける。歳は離れて見えるが、きっとカップルだろう。仲の良さそうな二人連れに、何故か目が細くなる。


「ユウさん、今日はこれで帰ります」


 まだ一杯しか飲んでいなかったが、今すぐにでも気分よく眠れそうだった。事件を解決した訳でもないのに、何故かそれに似た達成感が生まれていた。

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