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TAMTAM 〜十二使徒連続殺人事件〜  作者: かの翔吾
CHAPTER 3 +++ペトロ+++ Petrus
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Ⅰ・7月1日


——Petrus



 漁師として暮らしていたペトロは、本名をシモンと言った。弟のアンデレにより、イエス・キリストに引き合わされ、一番弟子となり、生涯の忠誠を誓った。


(にわとり)が鳴くまでに、三度私の事を知らないと言うだろう」


 最後の晩餐(ばんさん)の席で、そうイエスに(いまし)められたペトロだったが、イエスの言葉通り鶏が鳴くまでに、三度『イエスなど知らない』と、言った。


 イエスの復活以降は心からの信仰を持ち、伝道に全身全霊を捧げた。だが時のローマ皇帝・ネロの兵に捕えられ、ペトロは処刑される。()であるイエスと同じ十字架に掛かるのは(おそ)れ多いと、十字架を逆さにするよう申し出、ペトロは逆さ十字に掛けられ殉教した。




           ◇ ◇ ◇




——殺されるために来たのか?

——いや、そんなはずはない。


 自問自答とはこう言う事なのだろう。


 殺されるために来た訳ではない。自分に言い聞かせる答えに、何のためだろうか? と、晃平はさらに自問自答を始めた。


 缶ビールを二本空けただけでは眠れるはずもなく、何気なく見ていたテレビが伝えたニュース。二か月くらい前だろうか、自分の名前に似た男が殺された。


——田村晃。


 今でも新聞から浮き上がった名前を思い出す事が出来る。そして新たなニュースだ。新たなニュースは、あの瞼の裏に描いた光景を思い出させ、自然と足を蒲田駅へと向かわせていた。


 ふと我に還った時には、もう新宿駅へと降りていた。品川で乗り換えたはずだが、その辺りの細かい事は覚えていない。たった二本の缶ビールがそうさせたのか、京浜東北線から山手線へ、足が勝手に先へと進んだようだ。


 新宿に降りた時には、すでに日付が変わっていた。西口のタクシースタンドは酷い行列だったが、顔を赤く染めた輩に紛れて、その列へと並んだ。蒲田のマンションに戻るにしても、終電はとっくに過ぎている。二丁目へ飲みに行くにしても、西口から歩ける程の気力はない。目的地がどこであれ、タクシーを捕まえなければ何も始まらない。


 そんな事を考えていたが、長い行列の割に、タクシーに乗り込むまでに、時間は掛からなかった。もっと長い時間、待たされていれば、落ち着いて考える時間もあったはずだと、思い知った時にはもうタクシーへと乗り込んでいた。


「東高円寺の駅まで」


 咄嗟に告げた目的地に、タクシー運転手は軽く返事をし、アクセルを踏み込む。運転手から見れば、ただ単に終電を逃した客に見えただろう。もう丸の内線も終わっている。


 西口から青梅街道へ出たタクシーは、殆ど信号に引っ掛かる事なく、目的地へと着いた。


——何をするために来たんだ?


 疑問を浮かべながらも、財布から千円札を三枚取り出す。鬱蒼とした暗闇が青梅街道のすぐ(そば)にある。それは自分の名前に似た男が殺された事を知り、思い描いた光景であり、十年程前に足を踏み入れた事がある暗闇だった。


 確か田村俊明(としあき)。四十一歳。ニュースはそう伝えていたはずだ。テレビでぼんやりと見ていただけの情報が、一つ、また一つと何かのパーツのように浮かび上がる。


 蚕糸の森公園、田村俊明、四十一歳、木に縛られた変死体、全裸、精液の跡、角材。


 全く同じじゃないか。頭の中に浮かんだパーツを、同じ頭が肯定する。それにまた田村だ。


 更に鬱蒼とした暗闇の奥へと足を進める。


 一体どの木だろうか? 田村俊明が、それに田村晃が縛られていた木は。現場を探すべく、暗闇へ踏み入りはしたが、探す必要などなかった。


 暗闇の中、鮮やかさを失った、朱色のカラーコーンが目に飛び込む。一本の木を囲むように置かれた六本のコーン。そのコーンはそれぞれがバリケードテープで繋がれている。すぐ側まで行って確かめなくとも、そのテープに立入禁止と書かれている事が分かる。


 幹幅は一メートルちょっと。大木と言う程ではないが、人一人を縛り付けるには充分な幅がある。更に上方へと目を移してみる。移しはしたが、茂った枝と暗闇が混じり合い、その輪郭の全てを目にする事は出来ない。


 人の姿などない暗闇の中、その木の一点を見つめた。根元から五十センチ程、木の肌が荒れている。皮が(いた)んでいる。角材を打ち付けた釘の跡だろう。細部まで見えなくとも、それが釘の跡だと言う事は直感が教える。


 田村俊明のニュースを目にしたのは、たかだか二時間程前のはずだ。


 その現場のはずなのに、全ての鑑識が終わったのだろうか? 深夜だから仕方ないのかもしれないが、誰一人の姿もない事が、急な不安に変わる。事件の直後で警戒しているのか、性欲を剥き出しに徘徊する男達の姿も見えない。そんな男達がいれば、例えそれがどんな奴であろうが、急に襲われた不安を掻き消すために、相手になっていたかもしれない。


 釘の跡に向けていた目を閉じてみる。目を開いていようが、閉じていようが、そこにあるのは暗闇だけだ。そうただの暗闇だけのはずだった。それなのに目を閉じて数秒。あの気配が忍び寄る。あの眼だ。まさか待っていたのだろうか? 誰一人いない暗闇の中、固く目を閉じれば、あの眼が訪れる事を知っていたのだろうか? 今、ここで目を開けば、現実の暗闇に身を置く事ができる。それなのに目を開く意志がないのは、やはりあの眼に(むさぼ)られたいと、どこかで願っているのだろうか?



 眼が去る事はなかった。しっかりと閉じた瞼の裏をあの眼が支配し始める。どうにでもなれと言う投げやりな気持ちが半分。残り半分はやはり待っていたのだろう。


 挨拶でもするかのように、眼が全身を舐めている。上から下へ、下から上へ。あの時と同じだ。いつの間にか、眼に衣服の全てを剥ぎ取られている。


 暗闇に晒された体。抵抗はできない。いや、しない。胸から首筋に舌が()う。上から下へ。


——上から下へ?


 天地が逆転している。地面に触れる髪の先。拡げた腕にビニールの紐が巻き付けられていく。腕に続き、足首にも巻かれていくビニールの紐。高い位置で縛られた足。頭に血が下りる。腕は? 腕はやはり角材に縛られている。


 下から上へ。胸から腹、太腿へと這い上がっていく舌。濡れた舌の感触。記憶の中にある感触。こうしてまた果てるのだろう。何度も何度も腰を引き、果てるのだろう。


 いや、そんな事を考えている余裕はない。眼の下のその口は、もう含んでいる。唾液が絡み付く。眼が分泌した唾液なのか? その音まで聞こえるようだ。やはり時間の感覚は奪われている。刻一刻とその時は迫っている。腰を引き、果てた時、眼は新たな快楽を連れてくるだろう。


——快楽なのか?

——ああ、確かにそうだ。快楽の先に待つもの。


 容赦ない舌にその時が来る。同じだ。何度も何度も腰を引き、何度も何度も果てる。そして精液が腹へと滴る。そして快楽の先だ。


——その光る物は?

——匕首(あいくち)か?


 闇に光る匕首が胸に赤い線を引く。(したた)った精液を避けて、腹に引かれる赤い線。首筋に、腕に、もう一度腹に、太腿に、足に。幾筋もの赤い線が全身に引かれていく。


——眼は?

——やはり(わら)っているのか?

——何本の赤い線を引いたのだろうか?


 その時だ。線を引くことに飽きたのか、匕首は首筋に突き刺さっていた。いや、抜かれた匕首は胸に突き刺さっている。いや、さらに抜かれ太腿を刺している。


 首筋から、胸から、太腿から、滴る赤い血が、赤い面を作り拡がっていく。一瞬にして真っ赤に染められた体が暗闇に浮かび上がる。

 ライトの先、晒された赤い体。

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