表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
TAMTAM 〜十二使徒連続殺人事件〜  作者: かの翔吾
PROLOGUE +++ イエス +++ Jesus
1/58

Ⅰ・12月26日


—Jesus



 マリアの処女懐胎(しょじょかいたい)により、イエスはベツレヘムに生まれた。


 一般的にイエスの誕生日は、十二月二十五日だと思われているが、イエスの誕生について、詳しい日付を記録したものは残されていない。


 十二月二十五日は、誕生日ではなく、イエスの誕生を記念する日であり、クリスマスがイエスの誕生日であると言うのは誤解である。




           ◇ ◇ ◇




 何がクリスマスだ。何が年末だ。浮かれやがって。クリスマスは昨日で終わったんだ。それなのにまだイルミネーションには、白い明かりが灯っていやがる。


 田村晃平(たむらこうへい)は東口へ向かうため、新宿通りを歩いていた。


 ボトルの半分は(あお)っただろうアルコールが、(からだ)を温めてくれていたのは、ほんの数分の事で、ダウンのフードで隠したとしても、冷たい北風が耳を切りつけていた。


 子供の頃からクリスマスは嫌いだった。


 何が悲しくて、イエス・キリストと同じ、十二月二十五日に生まれたのか。誕生日、それにクリスマスと普通の子供なら、年に二回プレゼントを貰うチャンスがある。


 それなのに、誕生日とクリスマスは一緒に祝われ、プレゼントなんて物は、年に一度しか貰えなかった。クリスマスに焼きもちを焼いたところで仕方ないが、自分だけのためにある誕生日が、世界中の全ての人の祝いの日にすり替えられ、子供ながらにクリスマスに恨みを抱いていた。


 ただそんな誕生日も、二十歳を超えたあたりから、何の()(がた)みもなくなり、三十を超えた今となっては、昨日と明日が変わらないように、誕生日も他の何でもない一日と変わらなくなっていた。


 昨日で三十四か。誕生日を一日過去にして、ようやく一つ歳を重ねた事を思い知る。


 毎年、この時季になると、同じような飾り付けをしやがる。新宿通りの両脇。歩道の上を見上げれば、嫌でも白いイルミネーションが目に飛び込んでくる。目を歩道の上に向けなかったとしても、数メートル先、数十メートル先の明かりが、目に飛び込んでくる。


 東口までずっと続いているだろうイルミネーションに、酔いを忘れる程の不快感が生まれる。目を(つむ)って歩く事なんて出来ない。このまま東口へと向かえば、目に飛び込む明かりから、逃げる事は出来ず、不快感が別の感情に姿を変えるかもしれない。


——仕方ないな。

 

 立ち止まり進路を変える。


 東南口へ向かうため、首を左へ回し、明治通りを視界に収める。飾り付けは違うように見えるが、やはりそこにイルミネーションがある事に変わりはなかった。


——逃げ道はないのか。


 無駄な行為に嫌にもなるが、あの明かりに見下されなくて済むなら、よっぽどマシだ。(かかと)をターンさせ、歩いてきた道を折り返す。


 このまま新宿駅へ向かえば、終電には充分間に合う時間だ。もしここで折り返し、無駄な時間を費やせば、終電なんてものは無くなってしまうだろう。タクシーと言う手もあるが、もうそんな事はどうでもいい。今はイルミネーションから逃れ、欲を言えば、この寒さから逃れてしまいたい。


 足を止めた三丁目の交差点から、振り返った先を見る。数十メートル先には、もうイルミネーションを見る事は出来ない。あと数十メートル、いや数メートル。意味もなく息を止め、足早に新宿通りを引き返す。


——逃げ切れた。


 三丁目の交差点から、二つ目の信号で、イルミネーションが終わる。ほっと吐き出した息は白く、改めてその寒さに身が震えた。


 信号を渡る。何分位前だろうか。会計を済ませたバーを避けるように、一つ目の路地へは踏入(ふみい)らず、新宿通りを直進する。まだ終電前ではあるが、平日とあってか仲通(なかどお)りの人影はまばらだ。そんな仲通りを通り過ぎ、次の路地を左へ踏み入る。角のコンビニの明かりが、やけに温かくて、寒さを忘れさせてくれそうだったが、そんなコンビニも通り過ぎ、二歩三歩と進む。


 同じ新宿とは思えない静かな一角。その静けさに安堵(あんど)の息が漏れる。


 路地を進み二ブロック。右手の塀の向こうが墓地である事は知っているが、丑三(うしみ)つ時にはまだ早い。それにこんな寒い日に幽霊なんてものは似合わない。塀の向こうの墓地に気を留める事なく、左手に見えてきた階段を上がる。


 周りをぐるりと見回してみたが、近くに人影はなかった。人の目を気にするような場所だと、無意識ながら認識していたのだろう。


 一階分の外階段を上がり、自動ドアを抜ける。外気との差はいったい何度くらいだろうか。効き過ぎた暖房が一瞬にして体を()かしていく。


 六十一番。下足用のロッカーに十円玉を落し入れ、フロントで精算を済ませる。タオルとガウンの入った、ビニール製のバッグを受け取り、廊下を進む。


 普通のサウナではない。確かに浴場があり、サウナもあるが、ここを訪れる者の目的は、サウナで疲れを癒すためではない。勿論それを目的とする者も中にはいるだろうが、それならもっと安く、衛生的なサウナは幾らでもある。


 ずらりと並んだロッカーから六十一番を探す。その間にもちらちらと値踏みをする、男達の視線が刺さってきたが、その視線に振り返る事なく、(まと)っている物を順に()いでいく。


 脱いだダウンを投げ入れただけでも、ロッカーの半分は埋まってしまう。それでも何とか纏っていたものを全て投げ入れ、バッグに入っていたガウンを羽織(はお)り、肩にバスタオルと、小さなタオルを掛ける。


 少し廊下を歩いただけで、飢えた男達の視線が何度も刺さる。


 はだけたガウンの隙間から見せている、厚めの胸に視線が集まっている事は承知していた。意図してはだけさせている訳ではなかったが、しっかりと腰紐を結び、窮屈さを感じる事は避けたかった。


 熱心に鍛錬(たんれん)していたのは一時ではあったが、その時に造られた体を、今でも維持できてはいる。そんな胸に感じた視線を、振り払うつもりではなかったが、短い廊下を足早に抜け、階段を上がる。二階にも喫煙所はあったが、四階の喫煙所の方が何故か落ち着けるからだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ