8.ギルドの受付が可愛いのは鉄板
「いらっしゃい。本日はどのようなご用件ですかニャ?」
冒険者ギルドの入り口をくぐると、そこにはスーツ姿の猫がいた。
身長は九○㎝程。全身は白い体毛に覆われている。背筋を伸ばして椅子に腰かけているあたり、基本的な骨格は人間に近いようだが、それ以外は手の形、顔の形、姿はほとんど猫そのものだ。
椅子に腰かけながらも、足は地面についておらず、ぴょこんと机から顔を出している様子は中々に愛嬌を感じさせる。
「かわいい……」
スピカも無意識のうちか、ポツリとそんな呟きを漏らしてしまう。
「ありがとうございますニャ。お嬢さんもとても美人さんですニャ」
さすが獣人というべきか、そこそこ距離があるのにスピカの呟きが聞こえたらしい。
スピカは慌てて頭を下げる。
「す、すみません」
スピカをお嬢さんと呼ぶあたり、彼、もしくは彼女はそれなりの年齢なのだろう。
であれば、かわいいと言うのは確かに失礼だったかもしれないとスピカは謝罪した。
「いえいえ、そう言われると、毎日毛繕いをしてる甲斐がありますニャ」
本当に気にしていないというように、受付猫はにこやかに笑顔を浮かべる。
「それでご用件は? 何か仕事の依頼ですかニャ?」
問いに対し、スピカはコホンと軽く咳をつき気を落ち着かせる。
「いえ、私たちは旅をしているのですが、路銀を稼ぐのにいいお仕事はないかと思いまして」
「そうでしたかニャ。ちなみにお嬢さんたちは別のギルドで登録してたりはしますかニャ?」
「いえ」
「それなら、一般の方がこなせる依頼があっちの緑色の枠の掲示板に貼られてますニャ。隣の赤枠の掲示板は冒険者登録してないと受けられませんニャ。受けたい依頼が見つかったら、持ってきてニャ」
「ありがとうございます」
二人は軽くお辞儀をして、教えられた掲示板のところまで行ってみた。
掲示板には幾つもの張り紙がされており、それぞれに依頼人の名前、仕事の内容、報酬の額が詳しく書かれている。
仕事の内容は様々だ。家の掃除、害獣駆除、店の売り子の募集。
やはり一般人向けというだけあって、簡単な内容ばかりだ。
「やっぱり、割のいい仕事はないか」
一応は素材収集の依頼も何件かあったが、生憎と手持ちのある素材ではなかった。
雑事の手伝いなんかは、時間はかからない代わり報酬額もあまり高くなく、大した資金の足しにならない。
「手分けして簡単な仕事でもこなしますか?」
報酬は少なくとも、二人で手分けをして数をこなせばそれなりの金額になるだろうと、スピカが提案する。
「そうだな、何もしないよりはましか……ん?」
掲示板を眺めていると、端の方に依頼の紙とは違う、ポスターのような物が貼られているのに気付いた。
「なんだこれ。新たな魔王を祝して、障害物競争?」
言われてスピカも気づいたのかポスターをしげしげと観察し始める。
「……どうやら今朝の新聞の話題に乗じて、催し物をするみたいですね。開催は明日だそうです」
「おいおい、この際魔王云々は突っ込まないけど、今朝の話題から明日開催って、随分急だな」
今日目出度いことがあった。それじゃあ明日祭りでも開くか。とは普通ならない。
ちゃんとした催しをするのならあらかじめちゃんとした計画を立てなくてはならないし、それなりの準備に時間を要するのが普通だ。
「いえ、町を挙げてのちゃんとした催しではないようです。おそらくは今の雰囲気に乗じて騒ぎたい者達が考えたのかと」
「ふーん」
なんにしても、明日出発する予定の自分たちには関係の無い話だと、ヴァルは関心を失うが、続けられたスピカの説明はそんなヴァルの考えを覆すものだった。
「どうやら、大会というより賭けレースのようですね。参加者がそれぞれ参加費用を支払い、勝者がそれを総取りするようです」
「なに!?」
無関心から一転、ヴァルはポスターを掴みとる。
「参加費用、五○○○ルピス。少し高いが、仮に十人参加すれば賞金は五万か」
「参加しますか?」
どうやらスピカもこれがチャンスであると思っているらしい。無表情ながら、わずかに声が弾んでいるのが、ヴァルにはわかった。
しかし、勢いよくポスターを掴んだ割に、ヴァルはその問いかけにすぐには頷かない。
何せ勝負の内容は障害物競争だ。これが単純に身体能力を競うだけならば十分に勝ちの目はあるが、障害物の内容いかんによっては、負ける可能性も出てくる。
ヴァルは集中してポスターの内容を吟味した。
「……参加は資格は特になしか。障害物の内容は載ってはいないか」
障害物の内容が現状で明かされていない以上、少なくとも予め準備をしないとクリアできない類の仕掛けではないだろう。
もっとも、それだけでは頭を使う様な仕掛けが出ないとは限らない。
しかしヴァルは、ルール項目に書かれた一文から、その可能性が低いものであると直感した。
「他の参加者の妨害有り、ね。こんな脳筋なルール書いてる主催者が、頭を使った仕掛けは作らないだろ。となると、残る問題は――優勝して目立つ危険性か」
現在の二人はエルフの姿を模しているわけだが、エルフという種族は獣人種よりも身体能力に劣る。
その分魔法の技術に秀でてこそいるが、その魔法も身体強化の魔法に関しては獣人種の方が優れている傾向にある。
もしもエルフが獣人を差し置いて優勝した場合、間違いなく目立つだろう。
「朝開始で、終わるのは昼頃か……よしっ、参加して勝ったらさっさと町を出るぞ」
目立つといっても、出場するのがヴァルだけであるならば、手配されているスピカと結びつけて考える者はいないだろう。
競争の後で、急いで町を出れば問題はないはずだと、ヴァルは考えた。
「わかりました」
スピカも同意し、二人はポスターを手に持ち受付の猫人のところまで歩いていく。
「すみません。こちらの競争に参加したいのですが、どこに申請したらいいでしょうか?」
「ニャニャッ!? お嬢さん達この大会に出る気ですかニャ?」
「出るのは俺一人だが」
「うニャ~、あまりお勧めは出来ませんニャ~。主催者からの依頼で参加者を集めるために依頼のボードに貼ってたけど、そのせいで腕自慢の冒険者ばかり集まったんですニャ。怪我をしても責任がもてニャいのニャ」
猫人の様子は責任を追及される可能性よりも、純粋に身を案じて心配しているように見える。
「大丈夫。これでも身体強化の魔法には自信がある。万一の場合も責任を問うつもりはないよ。心配してくれてありがとな」
そんな猫人の気遣いが何やら嬉しくて、ヴァルは軽く笑みを浮かべて礼を述べた。
「……仕方ありませんニャ。こちらで参加登録をするので参加費用と、あとお名前を教えてくれるニャ?」
「名前は……ゼルディだ」
一瞬、今の偽名って何だっけと思ったのは秘密だ。
ヴァルが名乗る横で、スピカが財布から金を取り出す。
「ゼルディさんニャね」
名前を復唱しながら猫人は机の下から一枚の紙とインク壺を取り出す。
その様子を見て、二人は心の中で同時に思った。あれ、この肉球の手でどうやってペンを持つの? と。
すると猫人は指から一本の鉤爪をニュッと伸ばし、その爪をインク壺につけて器用に文字を書きだした。
「なにその爪、どうなってんの?」
その様子を見て、ヴァルは素直に驚いた。
「これですかニャ? こんニャ手じゃペンを持つのも一苦労ニャので、爪先を加工してインクが溜るように加工したんですニャ」
簡単に言っているが、爪にそんな細かい細工を施せば爪は脆くなる。まして日常的にそんな使い方してたら、間違いなく爪は割れる。おそらくは魔力で爪先を強化しているのだろうが、爪を割らず、紙も破かず絶妙な加減でそれを行うのは中々に難しい。
しかも何気にすごい達筆。
ほんの何気ない動作から、受付の技術の高さが垣間見えた。
「はい書けましたニャ。こちら、参加資格の番号札ですニャ。これを明日広場の受付で渡してくださいニャ」
「ああ、ありがとう」
ヴァルが受け取った番号札を見てみると、そこには十八と書かれていた。どうやら少なくともすでに十七人は参加しているらしい。
少なくとも、自分の参加費用を含めて九万ルピスの賞金は確定。
とはいえ、参加費用の支払いで同時に財布の中身ももうカツカツだ。最低限の食料を買えば、もう中身は残らないだろう。
負けるわけにはいかないと、ヴァルは静かに闘志を燃やした。
猫耳生やした美少女より、猫そのものの方が可愛いと思うケモナーな作者です。
しかしながら、勢い任せの駄文で当然のことではあるんだが、やはりPVが伸びないと軽く凹む。
5~6万字超えたあたりで書き直すつもりです。