3.どんな組織でも苦労するのは大体副官
ヴァルゼルドとスピカが呑気に野営をしているその頃。
場所は魔族の国の首都オルゴス。嘗てヴァルゼルドが倒した魔王ブケイロスが統べていた地、そこに立つ城の中。
一人の獣人が血相を変えて走っていた。
「ユースハイト様、大変です!」
獣人が駆け込んだのは、城の中にある執務室。
本来ならノックもせず入るのは大変な無礼にあたるが、今この時においては執務室の扉は事前に開け放たれている。
それはこの緊急時において作法などに則ることよりも、ほんの僅かでも素早い報告を求めてのことだ。
「……いい報告、ではないようだな」
獣人の声に返答したのは執務室の中央の机で腰かける一人の青年。
銀髪に、側頭部からは透明感のある青い角を生やした悪魔種の青年だ。
外見こそ二十台に見えるが、魔族の年齢は見た目通りではない。少なくともユースハイトと呼ばれたその青年が醸し出す貫禄は、大分老成して見えた。
「……はい。魔王様を追っている道中、スピカ様の行方が分からなくなりました」
「スピカ嬢が? ……その時の詳しい状況を教えろ」
「ハッ、まず魔王様を追っていた時のことです。我々は魔王様を見失うことが内容、常に上空に監視を置いていたのですが……」
口を濁す獣人に対し、ユースハイトはその先の言葉を想像する。
「森や洞窟にでも入られたか?」
上空から監視さえしていれば、たとえ数㎞距離を離されたとしても対象を見失うことはそうそうない。
しかしその際に警戒しなければいけないのは、遮蔽物の多い場所へ逃げられること。
事前に場所を限定し、部隊を先回りさせていなかったのなら、それは確かに失態として報告もしにくいだろうと、ユースハイトは予想した。
しかし、獣人の言葉はユースハイトの予想の斜め上を行くものだった。
「いえ、川です」
「は?」
「川に潜って逃げられました」
「……よし、少し待て。確かに川に潜れば上空から見えなくはなるだろうが、振り切られるほどの長時間、魔王様は川に潜り続けていたのか?」
「はい、一応、等間隔で上空に監視を配置し見張っていたのですが、一向に浮き上がる気配はありませんでした」
「……魔法で肺活量でも強化したのか? つくづく常識外れな」
魔法は不可能を可能とする技術であるが、万能ではない。本人の資質によって適性のある魔法は異なるし、高度な魔法は習得により時間がかかる。
身体強化においてもそうだ。単に体に魔力を通しただけでは、単純な肉体の強度しか上がらない。例えるなら魔力でできた鎧を着こむようなイメージが近い。
運動能力を強化しようと思えば、それだけでは足りない。筋繊維の一本一本に魔力を浸透させ、強度ではなく質そのものを高める必要がある。
肺のような内臓器官となると更に難しい。誰だって、自分が普段どうやって呼吸しているのか、食事をした時、どうやって消化しているのか、体の内側を理解できる者はいないだろう。
魔族の中には種族間の遺伝から、先天的にそういう魔法機能が備わっている者もいるが、後天的に技術として習得しようと思えば数十年の月日はかかる。
仮に魔法を用いてなかったとしても、それはそれで素の身体能力で数㎞あるいは数十㎞を無呼吸を泳いだことになるのだから、十分化け物だろう。
「あの方、確か十九歳と言っていたが、本当に人間か?」
先代の魔王を討伐した時点で、そんな疑問を抱かなかったわけではないがユースハイトは改めて、ヴァルゼルドが人間か怪しくなった。
まぁ、ユースハイト的には仮にヴァルゼルドが魔族であっても問題ない。むしろ人間が魔王ということを考えるなら、好都合ですらあるのだが。
「いや、まぁいい。魔王様に逃げられた経緯はわかった。それでスピカ嬢はどうした?」
「ハッ、魔王様の姿を見失った際、手分けして探索範囲を広げるべきと考えたのですが……」
「戻ってこなかったか」
「申し訳ありません! 一応、数名ごとの小隊で動いてはいたのですが、同行していた者達も気づいたら居なくなっていたと……」
叱責を恐れてというより、単に自らの失態を悔やむように獣人の青年は頭を下げた。
「……やられたな。彼女は魔王様の就任に賛同していると思っていたが」
「では、やはり……スピカ様は自らの意志で失踪したと?」
「でなければ、彼女が何の痕跡もなく居なくなるものか。出立の時点でグリフォンではなくヒポグリフを選んだ時点で多少違和感はあった」
グリフォンは獅子の体を魔獣であり、ヒポグリフは馬の体を持つ魔獣だ。
両方とも魔力を用いて飛翔するため、飛行速度という点に大した差はないが、持久力という点では体重の重いヒポグリフの方が多くの魔力を消費するため飛行時間は短くなる。
「ヒポグリフはグリフォンよりも騎乗がしやすい。二人で乗ることを考えていたんだろう」
「……迂闊でした」
「あの騒ぎの中では仕方ない。それよりもこれからどうするかだ」
「ハッ、即刻、念写の使える者にお二人の絵姿を描かせ、各地に手配いたします」
「待て、手配するのはスピカ嬢だけでいい。そうだな貴族の娘が家出した。護衛として男を伴っているとでもしておけ」
「は、いやしかし……よろしいのですか?」
「仕方あるまい。ヴァルゼルド様は人間……うん人間だぞ、一応」
「は、はぁ……」
人間と断言できないユースハイトの様子に、本人が聞いていたら怒りそうだなと、冷や汗を流しながら獣人の青年は曖昧に頷く。
「先代の魔王がしでかしたこともあって、現状城下の者達はヴァルゼルド様の魔王就任に肯定的だが、他はそうはいかん」
その言葉に、獣人の青年はハッと緊張感を滲ませる。
「……否定派が知れば亡き者にしようとすると?」
「そこは問題ではない」
しかし、その緊張感をぶった切る回答に、青年は一瞬呆けた顔を見せる。
「え、はい?」
「どうせあの方には傷一つつけられん。むしろそういう連中が騒ぎを起こしてくれた方が、見つけやすくなっていいくらいだ」
何とも身も蓋もない考えだ。仮にも魔王になろうという相手に、扱いがぞんざいすぎではなかろうかと、青年は立場も忘れて呆れてしまう。
「では、なぜ?」
「問題は肯定派でも否定派でもない中立派が、否定派に傾きかねないという点だ。現状、民は新たな魔王が人間ということに不安を抱いている。そんな時に魔王が嫌で逃げ出したなんて方を出してみろ、不信は一気に膨れあがる」
ことの重大さが理解できたのか、呆れていた青年の顔に、一気に緊張感が舞い戻る。
「民の心証操作に関してはこちらでやっておく。幸い、あの方は人族の国で色々とやらかしていたらしいからな。魔族の味方ということを前面に押し出し、各地に情報を発信する。その間に、お前たちは一刻も早く魔王様を見つけ出せ」
「ハッ! 了解いたしました」
青年は力強い返礼を返し、即座に部屋を飛び出した。
自分以外の誰も居なくなった執務室で、ユースハイトは壁に掛けられた世界地図を見ながら独り呟いた。
「……とはいえ、まともに追いかけたところで見つからないだろう。何か、策を考えなくてはな」
ある意味、ピスカがヒポグリフを連れて離脱したのは好都合だったかもしれないと、ユースハイトは考える。
ヴァルゼルドの移動速度を考えると、捜索範囲は遠方まで広がるが、ヒポグリフを伴っているのであれば、移動速度はヴァルゼルド一人よりも大分落ちる。
「もっとも、それでもまだ範囲は広いか……」
悩ましげに目元を揉むユースハイト。その様子からは隠し切れない疲れがにじみ出ていた。
もう夜も深い時間。このまま机に突っ伏してしまいたい衝動に駆られるが、彼は深く息を吐いて気を引き締める。
「まったく……あなたは自分が必要ないと思っているのかもしれませんが。我々には必要なのですよ。すでに、魔王の力は受け継がれているのだから」
窓の外、この空の下のどこかにいるヴァルゼルドへ向けてユースハイトは呟いた。
思わせずりなこと言ってるだろ。これ、作者何も考えてないんだぜ。( ̄д ̄)
次の投稿はちょい未定。現時点でまだ半分しか書きあがってないし、2、3日はあんまり時間とれなさそう。
できれば14日までには上げたいけどあんまり期待はしないでください。
……現状期待されるほど読者さんがいないけど。