ep9・ヤンデレ彼女と登校。
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明くる朝、眠りについていた耳に届いたのは目覚まし時計の音ではなく、インターホンの音だった。
眠気眼を擦ると目やにがぽろぽろと。
かなり熟睡していたようだ。
「ちょっと待ってくださぁい」
あくびを噛み殺しつつ玄関に向かって声を上げる。
身体を起こしつつ窓の外へと視線をやると、まだ薄暗かった。
時計を見ると五時半。
「こんな早い時間から誰だよ」
悪態を吐きつつ洗面所で顔を洗い、寝癖を直してから玄関を開けた。
するとそこに立っていたのは――。
「おはよっ、コウくん」
「ま、マヤちゃん……」
昨日から彼氏彼女の関係にある、浅間マヤその人であった。
「ご、ごめんね。早いかなって思ったんだけど、その、顔を見たくなっちゃって」
うん、早いね、早い。
思ったのならもう少し我慢していて欲しかった。
などと内心では思うが、これ程愛されていると思うとどこかむず痒い気持ちが先行した。
「とりあえず、上がってく?」
「ううん、そんなっ! 外で待ってるよ!」
こんな朝っぱらから家まで来たくせに、上がるのは遠慮するのか。
謙虚なのかそうでないのかよくわからん。
「そんな訳には行かないよ。ほら、上がって」
「……いいの?」
上目使いで再三にわたり確認してくる。
うぐっ、可愛い。
「当たり前だよ……か、彼女なんだからさ」
マヤちゃんを部屋に招き入れる。
散らかっているが、外に置いておくよりは数倍ましだろう。
春の朝は肌寒いしな。
「おじゃましーます」
靴をそろえて家の中に足を踏み入れるマヤちゃん。
その凛とした立ち姿からは育ちの良さが感じられた。
彼女はカバンを両手で持って、部屋の中を見渡す。
因みに俺の部屋は風呂トイレ付の1Kである。
詩織の部屋の後だと虚しさが先行するぜ。
「……これがコウくんの住んでる部屋……コウくんが寝てた布団……ゴクリ」
何やら隣で変態行為をもくろんでいそうな気配を察知したので、布団はベランダに干しておこう。
「あぁ……」
マヤちゃんの残念そうな声を耳にしつつ、しかし無視。
布団の代わりに折り畳み式の机を出して、向かい合う様に座布団を二つ敷いた。
「そこで座って待ってて」
「う、うん!」
ちょこんと座布団に座ったマヤちゃんを横目に、俺は朝食の準備に取り掛かろうとして――。
「そう言えばご飯は食べて来たの?」
「軽くだけ」
「朝早かったんでしょ? 昼まで持つ?」
「学校行く時にコンビニで何か買おうかなって思ってた」
「……目玉焼きとベーコン位ならすぐ作れるけど食べる?」
逡巡した後そう切り出すと、マヤちゃんは瞳をキラキラさせて「いいの?」と聞いてきた。
「別に大したテマじゃないし」
実際小学生でもやり方さえわかれば簡単だ。
何処にも喜ぶ要素何てない気がするが……。
「やったぁ、コウくんの手料理。はぁ……私の為に……えへへっ」
あっ、そういうことね。
恍惚とした表情を浮かべるマヤちゃんに思わず苦笑を浮かべつつ、俺は料理を始めた。
調理に取り掛かっていると、背中越しに何かごそごそとして言う音が耳に届いた。
「マヤちゃん、言うまでもないけど部屋の物勝手に触らないでね」
一応と言う形でくぎを刺しつつ、チラリと振り返ってみると――マヤちゃんの手にエロ本があった。
それはマヤちゃんが持ってきた物、などと言うことは無く、もちろん俺のモノだ。
「……」
マヤちゃんと視線が交差する。
俺に非はないはずなのに、背筋を悪寒が走った。
だって昨日まで彼女無しの冴えない男子だったのだ。
思春期なのだから、溜まるものは溜まる。
仮に彼女が出来たから捨てるとしても、さすがに一日ではどうしようもない。
つまり、俺が下手に出る必要は無い! ……はずだ。
「えっと、マヤちゃ――」
呼びかけようとして途中でマヤちゃんが口を開いた。
淡々と、恥ずかしげもなく告げる。
「こういうことしたい?」
「へっ!?」
「男の子だもんね、したいよね?」
「ま、マヤちゃん!?」
四つん這いになってにじり寄ってくるマヤちゃん。
そのまま俺の足を掴んで、腰に顔を近づけると、上目づかいで告げた。
「いいよ? コウくんなら私に何しても良いからね」
左手をポケット入れ、右手を俺の局部に近づけてくるマヤちゃんに、しかし寸でのところで俺は腰を引いて離れる。
「い、いや、まだ、そう言うのは早い気がする! もっと、段階を踏んでからがいいな!」
「それって、私を大事に思ってくれてるってこと?」
「うん! もっとゆっくり距離を詰めてもいいと思うんだ! 焦る必要はないんだしね!」
「……そっかぁ。ありがとっ、コウくん!」
宥めると、大人しく引き下がってくれた。
正直なところ、マヤちゃんは魅力的だ。
でも今そういうことをしてしまうと『好き』と言う感情より先に『性の捌け口』と言う感情を抱きかねない。
そんなことはしたくなかった。
ホッと安堵の息を漏らすと、マヤちゃんはポケットから何か四角い箱をカバンに直した。
少ししか見えなかったが、俺は思わず目を剥いた。
だって、それはコンビニで何度か目にしたことのあるもの。
箱の表記は0.01mm。
「……も、もうちょっとでできるからね」
気まずくなって料理を再開させた。
†
誰かと一緒に登校するなんて、中学の時に詩織と登校していた時以来だ。
と言っても、その時はこんな状況を経験することは無かったが。
「あぁ……コウくんと登校……夢みたい」
「お、大げさだよ」
腕にぴったりとくっついて歩くマヤちゃん。
胸が腕に当たり、制服や下着の上からだとわかっているのだけれど、童貞には刺激が強い。
通勤途中のサラリーマンやゴミ出し中の主婦の視線を感じる。
なんたって顔面偏差値的に釣り合いが取れていないにもほどがある。
俺が中の中(詩織曰く)だとするならばマヤちゃんは文句なしの上の上。
腰まで延びる長く艶やかな黒髪に、整った顔立ち。
スタイルも良く、セーラー服なんて古臭いと言われ続けているうちの制服を見事に着こなしている。
駅に着くと「ちょっとお手洗い行ってくるね」と言ってマヤちゃんが居なくなった。
手持無沙汰になったのでスマホをいじっていると、ふと見知った褐色ギャルの姿を見つけた。
「おはよ」
周りに学校の生徒がいないのを確認すると、いつも通り挨拶を交わす。
すると詩織は一瞬嬉しそうな顔をした後、呆れたように溜息をついた。
「はぁ……。何声かけてんの? 昨日あれだけ啖呵切った私が馬鹿みたいじゃん」
「どゆこと?」
「だーかーらー! 私から声を掛けないってことはコウとはもう関わらないってことなの。それなのに仲良くしててどうすんのよ」
「彼女が出来たからって、友達止めることないだろ?」
詩織はある理由から俺を幸せにしたいと思っている。
彼女と親友になったのはそれが原因だ。
そして、浅間マヤと言う完璧超人が俺の恋人になり、俺は幸せになった。
だから、詩織は《自分の役目は終わったから、自分からは声を掛けない》と、つまりはそういう意味合いで昨日俺に告げたのだ。
親友の役目は終わりだと、そう言いたかったのだ。
でも、俺は既に詩織のことを本当に親友だと思っている。
原因とか関係なく、親友だと思っているのだ。
だから彼女の言葉を拒絶する。
詩織から声をかけないなら、人のいない所でこっちから話しかけてやる。
ジッと詩織を見つめる。
「……っ!」
伊達に4年間親友をやっていない。
詩織に俺の思惑が伝わったのだろう。
暫く見つめ合うと、詩織は下唇をキュっと噛みしめてそっぽを向いた。
「友達……友達か……。うん、そう、だね……」
何度か口の中でその言葉を転がした後、嚥下。
詩織は顔を上げて、右手を差し出してきた。
さすがは親友! 分かってくれたか!
などと思い、握手するように右手で掴むと……。
「い、痛ッ! え? なに!? 詩織何か怒ってる!?」
物凄い力で握り締められる。
「怒ってねーよ! 親友!」
ガッと肩を組んでくる詩織。
よくわからないけど、いつもの詩織の戻ってくれてよかった。
安心に胸を撫で下ろした、まさにその瞬間――。
「コウくん? 何してるの?」
スタンガンを携帯している俺の彼女の声が聞こえた。