ep7・ヤンデレの彼女が出来ました。
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――やってしまった。
そう思ったがもう遅い。
口から出た言葉を取り消す方法など存在しないのだから。
今すぐにでも否定しよう。
言葉は取り消せなくても、塗り替えることはできるのだ。
「……ほ、んと……? うそ、じゃない……?」
が、俺が口を開く前にマヤちゃんの瞳から涙がぽろぽろと零れ落ちた。
「……コウくん、コウくんの彼女。コウくんの、恋人。……やったぁ、コウくん、コウくんコウくんコウくん……」
嬉しさを噛みしめるように、何度も俺の名前を口にするマヤちゃん。
彼女は弱弱しい手つきで俺の袖を掴むと、涙を見られまいと下を向いたまま、頭を預けてきた。
「嬉しい、嬉しいよ、コウくん。コウくん、好き。大好き」
だ、駄目だ。
情に流されるな。
言え、言うんだ童貞。
ここで言わなきゃ、もう戻れない。
「えへへっ、コウくん。ありがとう。私絶対にコウくんを幸せにするからね。一緒に楽しい思い出いっぱい作ろうね」
マヤちゃんは涙を拭うとはにかんで、軽く口付けをしてきた。
「……」
……言えるわけねえよ。
こんな嬉しそうな表情されたら、もう何も言えねえよ。
今から「ごめん、やっぱり嘘」なんて言える奴がいるなら出てこい。
少なくとも、俺には無理だわ。
†
マヤちゃんが泣きやむのを待ってから、俺達はコンビニへと赴いた。
彼女が「もう少し一緒にお話したい」と言うので、ならば飲み物でも買おうと言う話になったのだ。
近くに自販機もあったが、コンビニとそこまで距離も変わらないので後者に白羽の矢が立ったしだいである。
「コウくん何にするの?」
「ん? 俺は……これだな」
コンビニの冷蔵庫から取り出したのはペットボトルの緑茶。
本当はカフェオレの方が好きだが、先ほど珈琲を飲んだばかりだ。
マヤちゃんは何を選ぶのだろう。
そう言えば昨日、紅茶を買っていた気がする。
今日もそうなのかなと思って見ていると、彼女は一切迷うことなく俺と同じ商品を手にした。
「えへへっ、私も同じやつにしよーっと!」
「別に合わせなくても……紅茶好きじゃなかたっけ?」
尋ねると、マヤちゃんはまるで『どうしてそんなことを聞くんだろう?』と言いたげに、きょとんとした表情を浮かべつつも、断言した。
「嫌いだよ?」
「え? 前に紅茶買ってなかった?」
「そうだっけ? 気のせいだよ。……それより、早くレジ済ましちゃおうよ」
「う、うん。そうだね」
俺の思い違いか。
納得してレジに並ぶ。
お茶代ぐらい、彼氏の俺が出すとするか。
「マヤちゃん。一緒に払っちゃうからそれ貸して」
「うん! コウくんありがと! 大好き」
「ちょ、こんなところで」
前後に数名客が並んでいる状況で、躊躇いなしに抱きついてくるマヤちゃん。
嬉しいやら恥ずかしいやら。
でもやっぱり、何故俺に好意を抱いたのか。それがわからないから、素直に受け取ることが出来ない。
……後で聞くか。
などと考えつつ、レジをすませてコンビニを出る。
その際マヤちゃんがトイレと言って居なくなり、コンビニの外で、一人空を見上げた。
黒い空。
星は見えない。
街の明かりがかき消しているのだ。
見えるのは月だけ。
不意に「月が綺麗ですね」と言うフレーズが脳裏に過った。
夏目漱石が教師をしていた際、生徒がI love youを日本語訳して「我君を愛す」と言った。
これに対し夏目漱石が「日本人はそんなことは言わない。月が綺麗ですねとでもしておきなさい」と言う逸話から来ているらしい。
本当かどうかは知らないが、センスの塊だとは思った。
何故、この言葉が脳裏を過ったか。
それは……。
「お待たせー」
「全然大丈夫だよ」
この少女に対して、いつか『好きだ』と直接言える日が来るのだろうかと、考えたから。
俺はマヤちゃんのことを何も知らない。
正直、外見と恐怖心に煽られてOKしてしまった形だ。
けど、『コウくんを幸せにしたい』と口にするマヤちゃんに対して、どうやって別れるかを考えながら付き合うのはあまりにも酷い仕打ちである。
付き合うとなればちゃんと彼女のことを考え、好きになって行くと言うのが誠意だろう。
どうしても無理なら、その時考えればいい。
だから、今だけは嘘を吐く。
好きかどうかがわからないから、とりあえず。
「マヤちゃん」
「なに?」
「……こ、今夜は、月が綺麗ですね」
直接的な表現を避け、夏目漱石大先生の恩恵に預かろう。
いつか「好きだ」と胸を張って言える、その日までは。
公園までの道すがら、勇気を出してマヤちゃんに伝えると、彼女は一瞬きょとんとした表情を浮かべてから……「ふふっ」と笑った。
え……?
「コウくん、さすがにクサ過ぎるよ」
言われて初めて思い至る。
俺なに言っちゃってんの!?
きっと初めて彼女が出来た喜びと、夜の空を見上げてセンチメンタルになっていたのだろう。
顔がどんどん熱くなり、鏡を見なくても真っ赤になっているのがわかる。
「……っ! わ、忘れて!」
「ふふっ、いーや! クサ過ぎだったけど……凄い嬉しかった。それじゃあ、今度は私の番だね……」
マヤちゃんは俺の耳元に口を近づけると、囁いた。
「死んでもいいわ」
「え?」
「あれっ、もしかして『月が綺麗ですね』の返しは知らなかった?」
返し何てあるのか。
「知らなかった。教えてくれる?」
喋っているうちに、公園に戻ってきた。
先ほどと同じベンチに近付きつつ尋ねると、マヤちゃんは思案気に顎に指を当てた後、「うん」と頷いて――。
「いーやっ! 自分で調べてね」
チロリと舌を見せて悪戯気に笑ってみせた。
めちゃくちゃ可愛いです、ありがとうございます。
「えぇ……」
「だって、今はそれよりも、コウくんのことをもっと詳しく知りたいの」
「俺の事って……じゃあ俺もマヤちゃんのこといろいろ聞いちゃうけど、いいの?」
「うん、私はコウくんの物だからね。何でも聞いて!」
ベンチに腰掛けながら、マヤちゃんはグッと拳を握って笑みを浮かべる。
相変わらず可愛い。
そんなことを思いつつも、何でも聞いてと言う事なので遠慮なく質問させてもらった。
「マヤちゃんは、どうして俺のことが好きなの?」
軽い質問。
まったく喋ったことも無かったのに、その愛情はどこから来るのか。
ずっと気になっていた疑問をぶつけると――マヤちゃんの顔から表情が消える。
「それだけは駄目。言いたくない」
「え?」
「ごめんね、でも……駄目」
端的にそれだけ伝えると、マヤちゃんはすぐに笑顔に戻って俺にもたれかかってきた。
「でも好きなのは信じて? 本当に好き。コウくんが好き。コウくん以外何もいらない。コウくんは、私の全てなの」
俺は触れてはいけない物に触れた気がして……だから話題を変える。
「わ、わかった。それじゃあ――」
それからマヤちゃんとたくさん話した。
俺たちの事、これからの事。
マヤちゃんの愛の理由がわからないから、どこか不気味さを感じていたけれど、こうして話してみて改めて分かった。
マヤちゃんはいい子だ。
俺が話している時は真剣に聞いてくれて、くだらない事でも笑ってくれる。
全力で俺を幸せにしようとしている。
本当に、どうしてこんなにいい子が俺なんかを……?
その疑問だけは解消できなかった。
†
話しも一区切りついて、ふと時計に目をやると十時を回っていた。
三時間もの間、俺達は話し続けたようだ。
言葉を交わすようになってまだ二日だと言うのに、マヤちゃんは凄い。
さすがコミュ強だ。
だけど、これ以上遅くなるとさすがにまずいだろう。
明日も学校だし。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか。送って行くよ」
言いつつベンチから立ち上がると、マヤちゃんが袖を握ってきた。
「いやぁ……もっと、もっとコウくんと一緒に居たい」
「で、でももう遅いし、危ないよ」
不良に絡まれたりしたら勝てる自信などない。
情けない事だが、俺にマヤちゃんを守る力はないのだ。
因みにこの三時間の間にあのスタンガンについて一瞬だけ触れてみた。
するとあれは防犯用らしい。
確かにマヤちゃんの容姿なら変な人に絡まれることも少なくないのかもしれない。
とにかく、これ以上外を彷徨うのは……。
そう思っていると「あっ!」とマヤちゃんの顔が明るくなる。
何かを思いついたらしい。
「私の家に来てよ!」
「え?」
「コウくん一人暮らしだし、大丈夫だよね?」
「そりゃ、大丈夫、だけど……え?」
俺と詩織は以前住んでいた場所から遠い高校に進学したため、一人暮らしだ。
だから、正直なところ家に帰るのが遅くなって怒られるようなことは無いのだが……。
「だめ、かな?」
上目使いで尋ねてくるマヤちゃん。
俺は暫し思考した後、答えを出す。
「だめじゃない。……けど、今日はその、告白とか初めてされたし、家に帰ってこれからのこといろいろ考えたいし、だから今日の所は帰るよ」
「そっか……うん、わかった。そういうことなら仕方ないね。私のこと考えてくれてありがとう! 本当にうれしいなっ!」
「わかってくれてありがとう。じゃあ家まで送るよ」
「うんっ!」
嬉しそうに笑いながら俺の手を握ってくる。
小さくて、柔らかくて、それでいて温かい。
マヤちゃんが指を一本一本絡ませくる。
それだけで彼女が何を求めているのかわかった。
だから応じるように指を動かし、所謂恋人つなぎをする。
チラリとマヤちゃんの様子を伺うと、顔を真っ赤にして俺の腕にしな垂れかかっていた。
以降、ポツポツと会話をしながらマヤちゃんを自宅であるマンションまで送り、手を離す。
「これからよろしくね、コウくん」
「うん、こちらこそ」
最後に手を振って、俺はその場を後にした。
†
マンションの中を一人の少女が鼻歌交じりに進んでいた。
ストーカーこと浅間マヤである。
(コウくんと恋人になれたっ! コウくんと手を繋いじゃった、それに……コウくんと、き、キスもしちゃったぁ……)
その表情は弛緩しきっており、平素の彼女からは想像もつかない。
場所もわきまえずニヤニヤとする姿ははっきりいって異様。
しかしコウくんキチのマヤは他者の視線などどうでもいい。
ただ一人、コウくんだけがそこに居てくれたらあとはどうでもよかった。
自身の部屋に着くと、マヤは扉を開けて帰宅。
母親はまだ仕事で帰って来ていなかった。
と言うより、本日は帰れないと聞いていた。
マヤは自分の部屋に到着すると、カバンを置いてスカートのポケットから四角い箱を取り出す。
「そうだよね、まだ付き合って初日だもんね。慌てなくても……大丈夫かな!」
呟いて、箱を小物入れの中に入れる。
箱は、トイレと言ってコウと離れた際にコンビニで購入した物である。
表面には0.01mmと記されていた。
十八禁にはしません。
次→明日の夜八時過ぎ。
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