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ep6・ヤンデレ少女に迫られる。

ブクマ評価感謝です。

 店内に陽気な音楽が流れている。

 最近流行りのJ-POPだ。

 テレビで何度か聞いたことがある。


 他にも店内は人の話し声で賑やかなはずなのに、俺の頭の中は真っ白になっていた。


「し、詩織さんって、だ、だ、誰、それ?」


 声を上ずらせながらも誤魔化してみる。

 と言うか何故、浮気がバレたみたいな状況なんだ。

 俺とマヤちゃんはまだ付き合っていないぞ。


 ……いや、まだって何だよ。何思い上がってんだよ童貞。


 いけない、やはり先ほどの言葉で動揺してしまったか。

 一度大きく息を深呼吸。


「長宮詩織さんだよ。仲良いよね?」


 語る形こそ質問形式ではあるが、発言の裏に確信が見えていた。

 きっと、決定的な『何か』を知ったのだろう。


 ならばこれ以上知られないために、バレるに至った経路を見つけ出さなければならない。


「……何でそう思ったのか聞かせてもらってもいい?」


「あっ、否定しないんだぁ」


 茶化すように笑うマヤちゃん。

 だけど、こればっかりは聞かないといけない。


 詩織は俺の親友で、だからこそ困らせたくない。

 迷惑を掛けたくない。


 真剣な表情でマヤちゃんを見つめると、彼女は一つため息をついてから不貞腐れたように顔を逸らす。

 木製の背もたれに身体を預け、手を足の上に乗っけて、ジトッとした目を向けてきた。


「ずるい」


「え……?」


 しかし帰ってきたのは何とも要領を得ない言葉であった。


「私、詩織さんとコウくんの関係、知ってる」


「うん、だからどこでそれを知ったのか……」


「そうじゃなくて、全部知ってる(・・・・・・)


 マヤちゃんの言葉に、身体が冷や水をかけられたように強張った。


「ぜ、全部って?」


中学の時のこと(・・・・・・・)も含めて、全部」


 言われた瞬間、俺は思った。

 黙らせないと(・・・・・・)


 詩織と俺の関係――親友になる、それ以前の関係は、何があってもうちの学校の生徒には絶対知られてはいけない。


 もし知られれば、詩織が破滅する(・・・・・・・)


 それだけは、何とか阻止しないと。


「……マヤちゃん、誰かに喋ったりしてないよね?」


 自分でもびっくりするほど底冷えした声が出た。

 でも、マヤちゃんは怯えるどころか、まったく気にした様子を見せず――先ほどと何ら変わらない不貞腐れた態度を続けていた。


「詩織さん、ずるいよ……」


「えっ?」


「そうやって、コウくんに守られてるのがずるい。一番近くに居られるのがずるい。一緒に居られるの、ずるいよ」


「マヤちゃん?」


 気が付くとマヤちゃんは俯いたままぼそぼそと何事かを呟き続けていた。

 独り言よりもさらに小さい、思考を垂れ流しているような状況。


 さすがに気味が悪くなり、彼女の肩を叩くと「はっ」と口に出して気が付いた。

 いや、詩織もだけど何で口に出すの?


「コウくん、お話があります」


「で、でも、詩織の話を先に聞きたい」


 これは譲れない。

 そう思い、勇気を出して切り替えしたら、マヤちゃんはどこか涙目になりながらポツリ。


「また、詩織さん……うぅ……」


「うぐっ、な、泣くのは卑怯だよ……」


 と言うか、マヤちゃんめっちゃ情緒不安定だよね。

 学校じゃ、そんなイメージ全然ないのに、俺の前だと表情どころか感情の浮き沈みも激しすぎる。


 周りからの視線が突き刺さる。

 居心地が悪い。


「と、とにかく場所を移そ? そこでゆっくり話そうよ」


「……うん」


 俺は涙を拭う彼女を連れだって店を出る。

 そのころには涙は止んでおり、鼻を啜っていた。

 右手に通学かばんを持ち、左手は俺の右手をキュッと握っている。


 絶対に離したくないとばかりに掴まれては、大人しく受け入れるしかなかった。



  ☆



 訪れたるは公園だった。

 時刻は六時を過ぎた頃。

 今の季節は春、辺りはすっかり暗くなっていた。


 公園のベンチに並んで座る。

 因みにマヤちゃんとの距離はゼロセンチ。

 肩どころか腰や足まで当たってる。


「あ、えーっと、近くない?」


「……私ね、最近ずっとコウくんのこと見てたの」


 俺の質問は無視ですか……って、えぇ!?

 ちょっと待って! なんかめっちゃ爆弾発言された気がするんだけど!


「え、えと、じゃあここ最近俺が感じてた視線は……」


「……私、かも」


「じゃあ詩織との関係を知っている理由って言うのも……」


「うん……ずっとコウくんを見てたし聞いてたから」


「でもそれだけじゃあ中学の時まではわからないんじゃないか?」


 因みにうちの高校に同じ中学出身の人間は詩織しかいない。

 二人で決めた。

 誰も俺達を知らない学校に進学しようって。


 おかげで俺も詩織も親元を離れ一人暮らしをしているが、今は割愛する。


 ともかく、中学の事なんてどうやって……。

 疑問に思っていると、マヤちゃんはすんなりと教えてくれた。


「コウくんの出身中学の名前くらい、すぐに特定できたから。その……調べたの」


「わざわざ別の高校に行って元同級生に聞いたってこと?」


「うん……」


 さすがにこればっかりは対策の仕様がない。

 まさかこんな面倒くさい正攻法で調べるような人がいるとは思わなかった。


 と言うか、さすがに怖い。

 この様子だときっと住所とかもばれているんだろうなぁ。


 頭を抱えていると、マヤちゃんが泣きそうな表情で抱きついてくる。


「ご、ごめんね、ごめんね? でも、でもコウくんの事知りたくて、好きな子いるのかなとか、彼女いるのかなとか、どういう風に生きて来たのかなとか……。ごめんね、本当にごめんね? お願い、許して、嫌いにならないで。私も詩織さんみたいに……ううん、もっと近くに居たいの。コウくんのすぐ傍で、コウくんを幸せにしたい(・・・・・・)の!」


 その言葉は、詩織がいつも口にする物と同じだった。


 ”俺を幸せにしたい”。


 裏を返せば――”自分はどうでもいい、あなたが幸せならそれでいいから”と言う意味。


 マヤちゃんの口にした言葉が本当にこの意味なのかは分からないが、少なくとも詩織はこの意味合いで使っている。


 ……思考が逸れた。


 今は目の前で泣きながら縋り付いてくるマヤちゃんをどうにかしないと。


「マヤちゃん。落ち着いて」


 彼女の腕を取り、顔が見える位置まで引き離す。

 泣きべそをかいて、とてもクラスメイトには見せられない酷い有様だった。


「えぐっ……ごめんなさい。ごめんなさい。でも、でも……」


「大丈夫、怒ってないから。とにかく落ち着いて」


「……ぐすっ……ほん、とう……?」


「うん」


 俺は笑顔を見せて、彼女の涙を拭ってあげる。

 先日ドラマで見た泣いている女の子への対処法である。

 違いがあるとすればイケメン俳優とフツメン(自称)高校生と言う部分だけ。

 致命的である。


 だがマヤちゃんは顔を真っ赤にして、ポーっとした目で見つめてきた。


 すごい、さすがドラマだ。


「……き」


「え?」


 か細くて、まったく聞こえなかった。

 詩織曰く、コウは耳がよすぎる! らしいのだが、まったく聞こえなかった。

 思わず聞き返すと……マヤちゃんは俺の耳元に口を近づけて、囁く。


「好き」


「……っ!」


 息遣いすら感じる距離で、告白される。

 マヤちゃんはそのまま俺の背に手をまわして、ギュッと抱きしめてくる。


 制服の上から平均より大きな双丘が押し付けられ、鼻先を彼女の黒髪が舞う。


「好き。大好き」


「ま、まま、マヤちゃん!?」


 いや、予想はしてたよ!?


 ストーカーされてるくらいなんだもん!


 わかってたけど、頭では理解してたんだけど、それでも直接言葉に出されて、気持ちをぶつけられると言うのは気恥ずかしさのようなものがあった。


 なにこれ、俺どうしたらいいの?

 抱き返したらいいの?

 いや、そんな度胸あったら童貞なんてやってない。


 てかこれ付き合ってくださいてきなあれ?

 全然わかんない。

 経験が無さ過ぎて頭が付いて行かない。


「コウくん、本当に好き。私の全部あげる」


「ぜ、全部って?」


 もう頭は回っていなかった。

 緊張と恥ずかしさと困惑と、それとこんな美人に告白されたって言う嬉しさ。


 正直、ほとんど話したことの相手だし、好意なんてものは抱いていない。

 でも思春期男子なんてものは単純で、美少女に抱きつかれて好きだと囁かれたら狂喜乱舞してしまうのだ。


 ともかく、そう言ったあらゆる感情がぐるぐると頭の中を巡り、ほぼ無意識に彼女に聞き返していた。


 するとマヤちゃんは、俺の耳元にあった顔を離して、至近距離で見つめ合う様に正面に持ってくる。


「全部って言ったら全部。私の心も、身体も、お金も、地位も、人生も、全部あげる」


「な、何言って……」


 彼女の言葉で僅かに思考が戻る。


 いやいや、それってどういうこと!?

 いくつか目を瞑ったとして、心と身体はわかる。わかっちゃダメだろうけど、まだあり得る。

 でも、お金とか、地位とか、人生とかって、おかしくないか?


「信じられない? じゃあ、証拠」


「いや、信じる信じないじゃ――」


 俺の言葉は最後まで続かなかった。

 柔らかいマヤちゃんの唇が、俺のを塞いでいたから。


 経験したことのない感触に、脳がスパークを起こす。

 先ほどよりもいっそう呆然としていると、マヤちゃんが唇を離し――言った。


「コウくん、好きです。私と……付き合ってください」


 刹那、一つの想いが脳裏を(よぎ)る。


 ――駄目だ。


 マヤちゃんは正直なところ外見は完璧だ。

 それに思春期男子にとってこれ以上の無い《欲》の発散も良いと言っている。


 でも、俺は彼女の好意の根源がわからない。

 ゆえに、駄目だった。


 未知なものを目の前に、純粋な恐怖を抱いく。

 こんな状況で告白を受けるなんてマヤちゃんに失礼だ。


 けれど彼女の圧力に、思わず返事を言い淀んでいると、マヤちゃんが顔を伏せた。


「……私、コウくんが好きで、だから、もし付き合えなかったら……」


 そう言ってカバンを開くマヤちゃん。


 チラリとのぞいたその中には薄ピンクの可愛らしいハンカチと、

 黒く、馴染みの無い、武骨なスタンガンであった。


 背筋に悪寒が走る。

 絶体絶命のピンチ。

 まさに感電五秒前。


 恐怖と歓喜の狭間で、人生最大の選択肢。

 俺の出した答えは――。





「俺でよければ、お願いします」





 どうしよう、もう戻れない……。

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