ep5・帰宅イベント。
ブクマ評価感謝です。
屋上へと続く鉄扉を開く。
屋上のカギは詩織が持っており、開いていると言う事は既に居ると言う事。
外に出ると強い風が吹き抜けた。
狭い校舎内からの解放感は何度経験しても心が高揚する。
今日も良く晴れた日だ。
太陽が憎たらしい程に燦々と輝いている。
「ちょっと遅いんですけどー」
頭上から詩織の声がかかる。
俺たちが話をするときは屋上のその一つ上。
貯水タンクの近くと決まっている。
「悪い」
「どうせ浅間さんでしょ」
「うぇ!? 何でわかったの」
詩織の下まで行くのに梯子を上っていると、理由を当てられて動揺する。
「いや、あれどう考えてもあんたにフラグ立ってたじゃん……」
胡坐をかいて菓子パンを頬張っている詩織の隣に腰を下ろす。
「やっぱり、そうなのかぁ?」
「あり? 思ってた反応と違う……なになに、どういう状況なわけ?」
「俺にもわかんねぇよ」
「私的には『ストーカーされてるって相談して心配させてたくせに、自分はやる事やってたのか!』って、おこだったんだけど?」
「話すと長くなる……何てことが言えないくらい、何もないんだよ。昨日掃除手伝ってもらって、それだけ」
マヤちゃんとは本当に何もない。
一年生の頃に会話してたとか、こっちは覚えていないだけで~みたいな展開も無いと思う。
あれほどの美人ならそうそう忘れないだろうし。
言葉を交わしたのは昨日が本当に初めてのことだ。
「なにそれこっわ。あんた洗脳でもしたんじゃないの?」
「んなわけあるか! ……て言うか、ふざけてないで何で呼び出したか教えてくれないか? 何か思いついたのか?」
尋ねると、僅かに肩を揺らした後、菓子パンをくわえてスゥゥと視線を逸らす。
「おい、何だその反応は」
「いやだなぁ。大体友達と飯を食べるのに理由がいるか? 答えはいらない! あー、親友のコウと飯が食えて幸せだなぁ!」
「なに、もしかしてマヤちゃんと絡む俺を見て嫉妬でもしたのか?」
「ブフォ! ……そ、そそ、そんなわけないじゃーん!」
「痛ッ! 思いっきり肩パンすんなよ!」
顔を真っ赤にして軽い暴力を振るってくる。
初撃こそ痛かったが、以降はくすぐったい程度。
てか、そのような反応は止めて欲しい。
図星なのがバレバレだ。
「あははー、コウが変なこと言うからだぞー」
「図星の癖しやがって。まぁ、親友が取られそうになって焦っちゃったのは仕方ないかぁ~」
「うぐぅ……だから、違うってばぁ!」
思いっきり俺の腰にタックルをかましてくる。
そのまま押し倒され、彼女は俺の上に馬乗りになる。
「コウ、私はコウの弱点を知っています」
「……っ! まさかっ! ――いひゃひゃっ、やめっ、腰は、弱いっ、あひゃひゃひゃっ!」
「ほーれほーれ、ここがええんかぁ? それともここかぁ?」
「こ、こんのクソアぁぁあああひゃひゃひゃっ!」
それから昼休みが終わるまで、俺達は子供の様に転げまわった。
☆
結局のところ本当に詩織は嫉妬していただけらしい。
顔を真っ赤にして「うがー」と唸る姿は思わず可愛いなと思ってしまった。
そんなこんなで放課後タイム。
詩織曰くフラグが立ってるマヤちゃんとの帰宅イベントである。
気分は最高――に憂欝であった。
周りからの視線が痛い。
『浅間さんが下校に誘ったのってどれ? あれ?』みたいな声が聞こえてくる。
悪かったな顔面偏差値低くて。
自称が中の下、詩織曰く中の中、本日のクラスメイトからの評価、下の上。
詩織の評価が一番高いことに言いえぬ嬉しさのようなものがあった。
最高の親友だぜ。
「じゃあカラオケに行こっかぁ!」
「うちめっちゃ歌美味いから!」
「……音痴」
「にゃにおー!」
だが、そんな最高の親友はギャルズとカラオケへと赴くようです。
おい、今度は俺が嫉妬しちゃうぞ?
出来ないと分かっていても助けてほしいと思っちゃう。
そんな思いが通じたのか、一瞬詩織と目が合う。
彼女は人差し指で目の下を引っ張り、舌をちらりと覗かせた。
所謂あっかんべーである。
やはり最悪の親友である。
教科書類をカバンに詰め込み帰宅準備を完了させると、タイミングを見計らったようにマヤちゃんがやってきた。
「マジで行った!」
「えー、嘘!」
「いったいどんな弱みを握れば……っ!」
「滅法呪殺陣」
クラスメイトの視線が痛い。
それと滅法呪殺陣好きだね。
「コウくん、一緒に帰りましょ?」
「は、はい」
天使のような笑みを浮かべるマヤちゃん。
その笑顔を見ると、これだけ注目を浴びていても尚、役得だなと思ってしまうのだから困ったものだ。
☆
二人で駅まで歩く道すがら、互いの最寄駅の話になる。
すると、マヤちゃんは俺の降りる駅の数駅手前で降りることが判明した。
学校を出てなお向けられる羨望の眼差しが、最寄駅まで続かないと知って少しばかり安堵してしまった。
が、そんなことは関係なく、どうやら詩織の推論は当たっていたらしい。
どう考えてもマヤちゃんにフラグが立っている。
「コウくん、良かったらちょっとお茶して行かない?」
「う、うん、大丈夫だよ」
語りかけてくるマヤちゃん。
その距離ゼロメートル。
より正確には俺の右手に絡みつくようにくっついている。
昨日は少し手を握ってくるくらいだったのに、何だこのレベルアップの仕方は。
しかも現在進行形でめっちゃ笑顔。
まったく思い当たる節がないため、めちゃ怖い。
俺たちが向かったのはマヤちゃんの降りる駅にあるカフェである。
この駅がこの周辺では一番大きな駅で、近くにはショッピングモールも存在した。
マヤちゃんに連れられて入店したるはナウなヤングがインスタ映えを求める系のカフェだ。
最高におシャンティー。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
「二人です」
「こちらへどうぞ」
イケメン店員に連れられて案内されたのは向かい合う形の二人席。
席に着くと、マヤちゃんを真正面から見て――改めて可愛いなと思った。
「えへへっ、コウくんとカフェ。デートみたいだね」
珈琲を注文するなり、マヤちゃんは俺の顔をジッと見つめながら言った。
「へっ!? あ、うん。デートなんてしたことないからあんまりわかんないけど」
「そうなの? でも昨日は女の子と約束があったんじゃないの?」
「えっ!?」
そう言えばマヤちゃんには女の子の友達がいることバレていたっけ。
「その子とはデートしないの?」
尋ねられて、しかし絶対にありえないことに思わず乾いた笑いが漏れた。
「あははっ、しないしない。あいつはなんて言うか……最高の親友だから。デートなんてそんな関係じゃないよ」
苦笑を浮かべながら詩織への想いを話す。
「そっかぁ。じゃあ私が初めてのデート相手だね!」
「あ、あはははっ」
もうこの子は隠す気が無いんじゃないか?
いや、まだこれも童貞の見せる勘違いと言う線がある。
恥をかかないためにも気を引き締めようじゃないか。
俺はちょうどよく運ばれてきた珈琲を手に取る。
香ばしい匂いが鼻腔をくすぐった。
「そう言えばコウくんてさ」
そうマヤちゃんが切り出したので、俺は珈琲を口に含みつつ視線で先を促す。
程よい苦みが口の中に広がった。
「詩織さんと仲良いね」
「……っ!」
含んだばかりのコーヒーが驚きのあまり器官に入り、俺は咽た。