ep21・対策会議3。
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「中学の時、長宮詩織がお前を虐めてたって、マジなん?」
彼の言葉を受けて、一瞬ばかり思考が凍った。
しかしすぐに頭の回転を再開させると、何よりも早く口を開く。
「えっと……何のこと?」
「そう言う噂って言うか、なんていうか……とにかく今クラスでそんな話が上がっててさ、長宮はそれを聞いた途端に帰っちまうし……それでマジなんかなーって」
「さぁ……俺には何のことか……」
ここは変に否定するよりも、とぼけるのが一番だ。
たとえ焼け石に水だとしても、偏ったアクションを取るよりは何倍もましだろう。
「そっか、なら……いいんだ」
その言葉を最後に、俺は前を向く。
カバンの中のスマートフォンを出して、詩織とマヤちゃんにそれぞれ連絡する。
『詩織、学校でのことについて話したいから、連絡をくれ』
『マヤちゃん、お昼休みに少し時間貰える?』
内容はこう。
送信すると、モヤモヤと霧がかかる胸中を押さえつけて、焦りを顔に浮かべないようにしながら授業に集中した。
†
昼休みになり、マヤちゃんを連れだって中庭へ。
彼女と昼食をとるときは決まってこの場所だった。
「まずは状況を教えてくれないかな?」
彼女は俺よりも早く登校している。
こちらの知りうる内容より深く耳に入れているだろう。
「……詩織さんのことだよね?」
「それ以外に何かある?」
思わず語気が強くなってしまった。
マヤちゃんが僅かに寂しそうな表情をして、それに気が付いた。
「……ごめん。ただ……ちょっと焦ってるんだ」
詩織は親友だ。
俺はマヤちゃんのことが好きだけれど、それでも仲の良さや想い出を遡れば詩織に軍配が上がる。
何せ、ここ数年、それこそ高校に入ってからは家族より近い位置で接していたのだ。
詩織が苦しむ姿は見たくない。
「大丈夫だよ、コウくん。……えっとね」
マヤちゃんは酷いことを言った俺に対し、優しい声を掛けてくれる。
その表情は相変わらずすぐれないもので、彼女の心を深く傷付けたという事実が胸を深くえぐった。
でも、俺は彼女を慰める時間すら惜しいと思ってしまう。
ごめん。
何の意味も無いけれど、胸の内で謝罪しつつ、今はマヤちゃんの言葉に耳を傾ける。
「私が学校に着いたのはね、三時間目の途中。その時にはもう詩織さんは返ってたみたい。次の休み時間にお友達の女の子と喋ってたら、今朝、詩織さんがコウくんを虐めてたって言う手紙が彼女と交流が『無い』人たちの机に入ってたんだって」
詩織は良くも悪くも目立つ存在だ。
誰もが目を引く美貌、女子もうらやむスタイル、そして素行不良でありながら成績上位を維持すると言うスペック。
ギャルズをはじめとした所謂チャラい人たちと広く交流がある。
彼女と接している人なら『あんないい子がそんなことするわけない』と言うだろうが、そうでなければ『ありえそう』ととってしまう。
長宮詩織とはそんな立ち位置の生徒なのだ。
「とくに被害者がコウくんだったのが、余計に噂を広めたことに繋がったみたい」
ここ最近、マヤちゃんと言う学校一の美少女と交際し始めた冴えない奴。
なるほど、確かに興味を引くかもしれない。
「それが無くても、多くの生徒の机に手紙が入ってたらしいから、噂になるのは避けられなかっただろうけど……」
マヤちゃんの話を聞き終える。
俺の胸中はどす黒い物で埋め尽くされていた。
確かに詩織の行ったことは許されないことだし、俺自体、彼女の行動を許すつもりはない。
だが詩織とは和解し、親友になって、過去のことも受け入れながら二人で歩いてきた。
そんな俺たちの努力を踏みにじる奴に、怒りを感じずにはいられない。
「マヤちゃん、放課後になったら昨日言ってた人に会いに行こう」
「昨日……あぁ、ストーカーの犯人候補」
「うん、それで噂を止めさせるんだ」
俺の言葉に、しかしマヤちゃんは渋い顔をして見せた。
「……それをしても、現状は変わらないないよ」
「……っ! 何で!」
否定的な態度を取るマヤちゃんに、また怒りをあらわにしてしまう。
「だって、だって……噂の発信源が誰かなんて、みんな知らないから……。その人が『噂は誤解だった』って言っても効果は、あんまりない。それに……なにより、誤解じゃない」
誤解を解くことは難しい。
しかし不可能ではない。
少しばかり燻るだろうが、解くことはできる。
が、今回は事実を誤解だと主張しようとしている。
この学校に俺や詩織と同じ中学の人間は居ないとはいえ、友達の人間は何人かいるだろう。
そいつらに聞かれれば裏を取られて終わりだ。
「じゃあ、それじゃあ、どうしたらいいんだよ……」
八方ふさがりの袋小路。
思わず頭を抱えてしまう。
すると、俺の頭をマヤちゃんはゆっくりと撫でて……耳元でささやいた。
「大丈夫、私はコウくんのためなら何でもするよ。コウくんは私が守るし、助ける。だから、頼って?」
「マヤちゃん……」
顔を上げると、彼女は眉を八の字にしつつも、笑ってくれていた。
「本当は、私だけを見て欲しいんだけどね。……でも、何よりコウくんの幸せが一番だから」
その言葉を受けて俺は、一言。
「ありがとう」
ただ、そう伝えた。
†
マヤちゃん曰く、今はとにかくすっとぼけるべきだそうだ。
何か言われても「どういうこと?」で通して少しでも時間を稼ぐ。
その間にもう一度詩織と連絡を取って話し合うのが良いと、そう言われた。
再度スマホを開くと先ほど詩織に送ったメッセージが既読になっていた。
しかし返信は無い。
今まで既読無視何て一度も無かった。
俺は一分ほど間を開けてからメッセージを送る。
『放課後、奢るからちょっと話さないか? 場所は……』
指定したのはいつものファミレスでは無く、少しばかりおしゃれなカフェである。
もちろん相応に値段も張る。
だが今はなりふり構ってはいられない。
詩織がこんなのにつられるとは思わないが、ちょっとでも可能性を上げたかった。
そんなわけで放課後、俺とマヤちゃんは指定したカフェに赴いた。
現実恋愛ジャンルの上位の方々を見ていたらいちゃいちゃのあまあまで、自身の力量不足を痛感させられます。これが経験値の差なのでしょうか。
次→2、3日後の夜。