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20/22

ep20・『長宮詩織』。

 今でもあの日を夢に見る。

 馬鹿な事をした《あの中学時代》を。

 後悔して、後悔して、後悔して。

 それでも、もうすべてが遅い。


 これは私こと長宮詩織が、コウと出会ってすぐの頃。

 親友になる前――彼を、虐めていた時の記憶である。



  †



 中学一年生の入学してすぐの頃。

 私は可愛かった。

 周りからチヤホヤされて、元来の気の強い性格が幸いして、女子グループのトップに居た。


 友達は多くて男女問わず、学年問わずで顔が広かった。


 でも、学校は大嫌いだった。

 くだらない勉強。

 汗をかく体育。

 嫌いな女子に話しかけられたり、キモい男子の視線を受けたり。


 だから何度もサボって友達と遊びに行ったり、授業をバックれていた。

 そうなればもちろん怒られる。

 特に、私の両親は教師で、手を上げられることは無かったがきつい説教が待っていた。


「うっざ」


 だからだろう。私は荒んで行った。



  †



 そいつの存在は入学当時から知っていた。

 同じクラスの冴えない奴。

 家庭の事情とかで欠席者として朝のHRでよく名前の挙がっていた奴だ。

 正直、友達もいなさそうなのだから、そんなの意味ないだろと思った。


 しかも噂によると小学校の時は全部休み続けたらしい。


 私は無性にイラついた。


 だって、この私が意味の見いだせない学校に来ていると言うのに、アイツは休みまくっているのだ。

 格下の奴が、自分の望むことを行っている。

 そのことに無性に腹が立った。


「あっ、ごめーん」


 気が付いたら、そいつをいじり始めていた。

 筆箱を落す。

 近付いてきたら会話を辞める。

 クラスのライングループからそいつだけハブる。


 その小さなことを上げて言ったら、それこそきりがないだろう。


 でも、虐めと言う判断を教師から貰いたくなかった私は「ごめーん」と適当に言い続けた。すると、そいつは馬鹿正直に「だ、大丈夫です」と言っておどおどする。


 イラつく。


 そいつはバスケ部に入っているらしい。

 対して上手くも無いのに一生懸命やってるから教師受けだけは良い、とクラスの男子が話しているのを聞いた。


 ――この時点で私は気付くべきだった。

 私の行動が、どれだけクラスに影響を与えていたのか、と言う事に。


 でも私は気付かない。


 そいつをひたすらに虐める。


 行動はどんどんエスカレートしていった。

 そいつが触れたものをまるで汚物のように扱う。

 近付いてくると、逃げる。


 教科書を隠す。

 靴に土を詰める。

 机に落書きをする。

 机上に花瓶を置く。


 そして――暴力を振るった。


「なんで、こんなことするんですか」


 何より私を苛立たせていたのが、こいつがコミュニケーションを苦手にしていたことだった。

 話しが通じない。

 今思えば小学校に行っていなかったのだから、協調性の『き』の字も知らなくて当たり前なのだが、私には関係なかった。


 ただそいつが気持ち悪くて、ただただ排除しようとしていた。


 これらは最初すべて一人でやっていた。

 しかし、次第に私が虐めると、周囲が笑う様になってきた。


 私は思った。


(みんな、楽しんでる……!)


 嬉しかった。

 前々からトップの自身はあったけど、誰かを笑顔にするのは初めてのことだ。


 皆が喜んでる。

 こうすれば、皆からの支持を得られる。


 気付いたらそんなことを思うようになっていて……本格的な虐めが始まった。

 私が虐めるだけではなく、関係の無い人までもがそいつを虐め始めたのだ。


 でも、特に気にすることなく月日は流れ、虐めが始まってから半年が過ぎた、二学期も終わりを迎えようとした頃。


 両親が家で一つ、言って来た。


「最近お前の学校で虐めが起きているらしいが……お前は関係ないんだよな?」


 虐め。虐め。虐め。


 その言葉は私の脳内に反響して、何度も木霊した。

 そして私は思う。


 『何のことだろう?』って。


 虐めを行っている自覚が無かった。

 あいつのことは嫌い。みんなも嫌い。だから無視するのは当たり前。嫌がらせするのは当然。

 そうした思考がこびりついて、虐めと認識することが出来なかった。


 でも、学校で虐めが起きていると言う事実が、脳内に記憶された。


 その翌日、そいつは学校を休んでいた。

 来ていないから誰の話題に上がることも無い。


 なのに、バスケ部の男子が話しているのが聞こえてきた。


 曰く、昨日の放課後に特訓(・・)を行ったそうだ。


「えっと……なにしたの?」


 尋ねて話された内容を耳にして……私は取り返しのつかないことをしたと、ようやく自覚した。



  †



 父さんと母さんが死んで、俺は引き籠った。

 でも、このままじゃいけないとも思っていた。

 だから勇気を出して、中学に上がるタイミングで少しずつ社会復帰を行ったのだ。


 最初の一か月は体調を崩したり、外のトラウマで休む日も多かったが、頑張った。


 なのに……俺を待っていたのは地獄のような日々だった。


 始まりは小さな嫌がらせであった。

 クラスでもトップカーストに君臨する少女が、自身に対して明らかに嫌悪感を示している。

 そのことに気付くのに、そう時間は必要ではなかった。

 彼女の態度は誰が見ても明らかであったからだ。


 人付き合い何てほとんどしたことのない俺だ。

 知らず知らずのうちに、何かをやらかしていたのだろう。


 だから、嫌がらせに屈することは無かった。

 叔父や従妹にも心配を掛けまいと黙って、学校に通い続けた。


 もちろん友達などできるはずもなく、それを心配して部活動を進めてくれたのは従妹だった。


「バスケとかいいんじゃない? プロの人とかかっこいいし」


「で、でもルールとか、わかんないし……」


「一生懸命やれば大丈夫だよ!」


 そんな何気ない会話だったが、俺はバスケを始めた。

 彼女の言葉通り、先輩たちは格好いいと思った。

 なるほど、確かに上達すれば人気者になれるかもしれない。


 浅はかで下心にあふれた考え。

 しかし、唯一の原動力であった。


 加速する虐めも、ストレス解消と言う形でバスケに還元されていった。

 初めはしぶしぶであったが次第に楽しさも覚えてくる。

 上手になっていると実感すると、心が躍った。


 ――だから、アレが起こった。


 二学期も終わりに差し掛かった頃。

 両親の命日が近付いてきて、トラウマをほじくり返される、そんな時期。


 体育館に呼び出された。

 教師はいない。

 先輩もいない。


 同級生が五人ほど。


「特訓してやるよ」


 一人がそう口にすると手に持っていたバスケットボールを全力で投擲してきた。

 サッカーボールなどと違い、バスケットボールは固くて重い。

 それが現役運動部の力によってはなたれればどうなるか。


 幸いにして初激は外れ、耳のすぐ隣を抜けて後方の壁にぶつかり――ガンっと鈍い音が耳に届く。

 一瞬で心が恐怖に塗りつぶされた。


 次のボールが腕に当たる。

 ジンジンとして痛い。思わず腕をかばうように身を丸めると、頭部に向かって投げられた。

 ぶつかった衝撃で顔が上がり、剥き出しになった腹に投げ込まれる。

 鳩尾に入り、感じたことのない鈍痛に蹲ってしまった。


「おいおい、これくらいでへばってたら特訓にならないだろうが、よっ!」


 それから五人によって約三十分にわたり特訓(・・)と称した暴行を受け続けた。


 鼻血を抑えて、涙をこらえて、誰にも見つからないように、何とか帰宅する。

 すると、先に帰っていた従妹が俺の姿を見て驚いたような悲鳴を上げた。


「ど、どうしたのッ!?」


 心配げに駆け寄ってくる従妹。

 彼女は俺に手を伸ばしてきて……反射的に身が後ろに下がった。


「ぁ……ど、どうしたの……?」


 従妹なのに。

 大切な家族なのに。


 彼女の手が、怖かった。


 でも、大切だから。

 彼女を拒絶してしまった自分を嫌悪する。


「ごめん……」


 蹲り、泣いた。



  †



 ……そいつが休んだ日、私はすべてを悟った。

 自身が今まで何をやって来たか。

 そのせいで、一人の人間がどうなったか。


 私は、長宮詩織は一人の人生を大きく歪めてしまったのだ。


 それに気付くと胸中に罪悪感が浮かんだ。

 生まれて来て初めて、泣いて許しを請いたいと思った


 幼少の頃、両親や教師に怒られた時よりもずっと強く。

 一切の偽り無く謝罪したいと、心から思った。


 結局、私はその日、早退した。


 家に帰って、どうすれば良いかを考えた。

 人生で一番考えた。


 ……許して欲しい。

 ……ただ、許して欲しい。


 でも、謝罪だけで済むようなレベルではない。


 どうしたらいい。

 私は、私はどうしたらいいの?


 部屋の中で、頭を抱えて考えた。


 だけど、碌な方法など思いつかず、私が取った行動はただ一つ。


「お父さん、お母さん……あの……」


 その日、私は生まれて初めて母が泣いた姿を見て……父に頬を殴られた。


 二人が返ってきたのは夜の七時を過ぎた頃。

 彼らは私の手を引いて一度学校へ赴き、あいつの家と連絡を取った。


 父が電話を耳に当てながら、何度も何度も頭を下げている。

 母は私の手を痛いくらいに握っている。


 私は、ただ状況についていけなくて、真っ白な頭でひたすら泣いていた。


 結局、翌日の朝に謝罪に赴くと言う事でその日は終わり、胃の痛くなるような空気のまま私は眠った。



  †



 翌日、あいつの家へと向かっている途中。

 私は処刑台に連行される死刑囚の気分だった。


 どうすれば良いのだろう。

 何をすれば許してもらえるのだろう。


 何度も何度も考えて、その度にそんな浅はかな考えの自分を嫌悪する。


 家について父がインターホンを押す。


 十数秒の後に中年の男性が現れた。

 その後ろには同い年ぐらいの女の子が男性の陰に隠れるようにこちらを睨んでいた。

 まるで親の仇のような視線に、思わず目を逸らす。


 でも、そこにあいつの姿はなかった。


 男性に対して父と母が謝罪する。

 私も二人に並んで泣きながら謝罪した。

 男性は決して怒鳴りはしなかったけれど、それはただ、元来の性格なのだろう。

 落ち着いた声音で、しかしひしひしと怒りは伝わっていた。


「せっかく、立ち直ったと思っていたのに」


 男性の落胆した声が私の耳に届いた。

 状況はわからないけど、私はただ下を向くしか無くて……。


「えっと、詩織ちゃんだっけ?」


 私の目線に合わせるように腰をかがめた男性が、尋ねてきた。

 顔を上げるのが怖くて、俯いていると彼は言った。


「もういいから。ただ、二度とコウには近づかないでくれ」


 コウ。

 それは愛称だろう。

 だって、彼の本名はコウではない。


 ただそんな思考もつかの間、近付かないでくれ、と言う優しい拒絶に心が罪悪感に押しつぶされた。


「あとはお父さんたちで話すから、詩織は車に戻ってなさい」


 反論する力は、残っていなかった。

 軽蔑しきった男性の瞳と、射殺さんばかりの少女の視線。

 その二つに晒されながら、私は通りに止めてある車に向かった。


 最後に、何とはなしに家に向かって視線を向けると、父と母が頭を下げ続けていた。

 あの厳格な父が、優しい母が。

 そう思うと、さらに心を締め付けられて……家の二階、カーテンの隙間から一人の少年の姿が見えた。


 彼はカーテンを握りしめて、遠目からでも震えているのが分かった。

 そんな彼と――視線が合う。


 ビクッと震えて、彼は顔をひっこめた。


「……」


 涙が出た。

 嗚咽が漏れて、鼻水も出てくる。

 気が付くと、滂沱の涙を流していた。


 自分の過ちに対する後悔の涙。

 彼の人生を破壊してしまったことに対する、罪の意識が、彼を見たことにより再度形となって溢れたのだ。


 思わずしゃがみこんで、涙を拭う。

 それでも間に合わない。

 袖がびしょびしょになっても、全然、足りない。


 何で、何で私は。

 あんなくだらないことをしたのだろう。

 小さなことで腹を立ててしまったのだろう。

 嫌がらせを実行してしまったのだろう。


 何で、彼を同じ人間として見ていなかったのだろう。


「ごめんなさい……」


 そうやって、人目もはばからず泣いていた私に……。


「……もう、大丈夫です」


 声が、かけられた。


 それは怯えたように震えていて、でもどこか暖かい。


 顔をあげると、ティッシュ箱を震えながら差し出す、アイツがいた。


「……え?」


 目が合うと、アイツは震えて一歩下がる。けど、埋めるように二歩近づく。


「い、今まで、その、されたことを……許すのは、その、できません」


 彼はたどたどしくも必死に言葉を紡ぐ。

 私は鼻を啜りながら必死に言葉を待つ。


「でも、その……えっと……もう、やらないって、言ってくれるのでしたら、その……僕は、責めない、です……」


 そう言って、ジッと見つめてくる。

 今度は視線が合っても、逸らされることは無かった。


「……な、んで?」


 ようやく絞り出した言葉に、彼は一瞬戸惑ったような表情を見せつつも、しっかりと答えてくれた。


「せ、責め続けてても、幸せにはなれないから……」


「しあわせ……?」


 要領を得ない答えに対しておうむ返しのように尋ねると、彼は一つ頷いてから言葉を続けた。


「僕の名前、の話なんだけど……」


 彼の名前。


 それは――。


幸一(こういち)って、その、叔父さん……あ、えっとさっき玄関で話していた人なんだけど。あの人が『幸一は、一番の幸せに者になって欲しいって意味で付けた』って、お父さんとお母さんが言ってたって、教えてくれたんだ」


 彼――幸一くんが語るその表情はどこか儚げで、でもどこか暖かくて……。

 それを歪めていたんだ、って思うとまた涙が止まらなくなった。


 泣きじゃくる私を前に、彼は慌てふためいて、ティッシュ箱を差し出していた。


「こ、これ使って」


「……スンッ、うん。ごめんなさい……ありがとう」


 私は何度も謝って、何度もお礼を言って。

 私が落ち着くまで幸一くんは傍で心配してくれていた。


 だから『……何で、私は彼の人生を壊してしまったのだろう』って何度も後悔した。

 慰められていると、一つ、私はあることを思いつく。


 私は一瞬口にするのを躊躇いつつも、震える声帯に鞭を打ち、声を絞り出す。


「……わ、私に、幸一、くんが……幸せになる、お手伝いをさせてください」


「え?」


 きょとんとした表情を見せる幸一くん。


「嫌、かも知れない。もう、二度と顔を見たくないって、思ってると思う。……でも、お願い、します」


 そして、私は初めて自分から頭を下げた。


「幸一くんが幸せになる、お手伝いをさせてください」


 私の言葉に幸一くんは、最初困った表情を見せていたけれど、最終的には色の良い返事をもらった。

 私が、幸一くんを幸せにする。

 彼の人生を不幸にした償いを、する。


 ただの自己満足。

 重たい罪悪感を薄れさせるための贖罪。


 でも、私に出来るのは、それしかなかった。


 そうやって幸一くんと仲直りしていると、両親と幸一くんの叔父さん、従妹さんがやってきた。


 どうやら途中から見ていたそうなのだが、声を掛けられなかったそうだ。

 少し恥ずかしかったけれど、おかげで、叔父さんからも言葉の撤回をしてもらえた。



 これが始まりだ。

 私と、コウの物語の……。



  †



 懐かしい思い出から、現実に戻ってくる。


 暗い部屋の中。

 私は体育座りで、スマホを見ていた。

 学校で虐めの噂が流布されて直ぐ、私は帰り、着替えるのも億劫でただただスマホを――正確には中の写真を見つめていた。


 コウと私が二人で映った写真。


 二人とも笑ってる。

 確か中学三年生の時の修学旅行の写真だ。


 中学校全体にまで広まったコウの虐めから彼を守るため、常に傍に居た私は、女子グループからもハブられるようになった。

 そうして私とコウは唯一二人班となって自由時間を楽しんだのだ。


 ……懐かしい。


 この頃にはもう……。


 頬を熱いものが伝う。

 それは顎へと流れてポツポツとスカートに染みを作った。


「ごめんね、コウ」


 スマホを胸に抱き、私は横になった。






 今更ですが詩織はサブヒロインではなくメインヒロインの一人という位置づけです。

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