ep19・嵐の前の静けさ。
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マヤちゃんと同時に登校するのがまずいことだと言うのはさすがに理解できた。
ただでさえマヤちゃんのスキンシップは過激な物で、学校でもそれは変わらない。
そんな中、二人そろって遅刻して来た日にはみんなどう思うだろうか。
――こいつら朝までヤってたな。
まったくその通りで言い訳の余地も無いのだが、現状が現状なだけにストーカー犯人を刺激するようなことはこれ以上したくない。
こういう意味でも昨日は止めておこうと思っていたのだが……あそこまで迫られて断るなんてこと出来るわけないよ。
と言うわけでマヤちゃんには先に行ってもらい、学校の最寄駅にあるコンビニのイートインコーナーで朝飯を食らう。
のんびりしていると補導の警察がやってきてしまうので、適度に腹を膨らませたら一時間ほどぶらつくとしよう。
紙パックのカフェオレを啜りつつ、コンビニを後にしつつ、どうやって時間を潰そうかなと思っていると、駅の階段を見知った金髪が駆け下りてきた。
髪の毛が乱れないように抑えながらの走る彼女は、校外学習にて同じ班となった更科ギャルである。
彼女は駆け下りている途中でこちらに気付き「あっ!」と声を上げて近付いてきた。
「やっほやっほー、アンタも遅刻組?」
その気さくさに思わず勘違いしてしまうのが童貞……って、もう違うんだった。
非童貞なのに勘違いしてしまうぜ。
心が童貞なのかな。
チェリーマインド。
そう言えば童貞はチェリーだけど非童貞はなんて言うんだろう。
そもそも何でチェリーなんだ。わからん。
「てことは更科さんも遅刻?」
「うん、寝坊……あのクソババァ、起こしてくれっていっつも言ってんのに。そっちは?」
口悪っ……。
そう言えばこの人は結構男勝りな感じの人だったな。
確かいじめ許せない系女子を自称していたはずだ。
「えっと……まぁ、似たような感じですかね」
まさか朝までマヤちゃんとヤって、起きてからも一回戦やってましたとは口が裂けても言えない。
「てか何で敬語? タメで良いじゃん」
「そ、そう? わかったよ更科さん」
ぐんぐん距離詰めて来るな。
これがリア充か。
……いや、俺も十分リア充なのか?
マヤちゃんみたいな可愛い彼女がいて、詩織と言う美人の親友がいる。
が、その他の交友関係が壊滅的なんだよなぁ。
男友達とか欲しいとか思っちゃう今日この頃。
「呼び捨てで良いって! あんたは確か……コウだっけ?」
「うん、まぁ……そう呼ばれることが多いかな」
「マヤちゃんとか特に! あの子めっちゃ可愛いよねぇ! 絶対金持ちのイケメンとかと付き合うと思ってたから同じクラスの男子とは思わなったし!」
「あ、あははーほんとにね」
マジでマヤちゃんが何で好きになってくれたのか、未だにわからない。
と言っても、もうそれほど気にしているわけではないが。
「どうやってハートを射止めたん? 教えてみそ?」
「特に変わったことはしてないと思うんだけどねー」
「マジで?」
「うん、二年になるまで話したことも無かったし」
「うひゃー、そりゃあすげぇ」
にしても更科は随分リアクションがすごいな。
芸人みたいだ。
「でもあんなかわいい子が彼女なんてさ、毎日が幸せでしょ?」
「……まぁ」
正直、付き合って一週間ほどは楽しくないと思っていた。
当たり前だ。
今まで自由気ままなロンリーウルフを気取っていた冴えない男子が、いきなり学校一の美少女と付き合う。その状況の変化を、すぐには楽しいとは思えない。
詩織と会うこともめっきり減ったし。
でも、今ではちゃんとマヤちゃんのことが好きだと自覚していて、詩織との関係もようやく図り終えようとしている。
これが幸せと言うのだろうか。
両親が死んでから十年。
叔父と従妹との三人暮らし。
あれも間違いなく幸せだったが……それは本来ならば幸せと自覚しない当たり前の物。
普通の、高校生としての幸せとは、こう言う物なのだろう。
自覚すると妙に気恥ずかしくて、思わず頬を掻いていた。
「うはー、めっちゃ照れてんじゃん!」
ぺしっと軽く背中を叩いてくる。
そんな彼女はカバンの中から一枚の絆創膏を取り出して、それを差し出してきた。
「えっと……?」
困惑に首をかしげていると、グイッと顔を近づけてくる更科。
整った顔がすぐ目の前に来てどぎまぎするぜチェリーマインド。
彼女は俺の首の根元付近に指で触れながら一言。
「幸せなのはいいけど、キスマークぐらい隠しとけよ」
「……っ!」
慌てて首を抑えて、スマホを取り出し内カメラで確認。
そこにはマヤちゃんが付けたと思われるキスマークがくっきりと。
「寝坊、ねぇ?」
「うぐぅ……」
ギャルには勝てなかったよ。
†
そして、彼女とは別々に登校したのに他の女子と同時に登校すると言う意味不明な状況のまま学校に到着。
四限目の途中であった。
教室に入ると視線が向けられる。
二人並んで登校した俺たちを見て、一番大きな反応を見せたのはマヤちゃん。
座席が前方の扉付近と言う事もあり、大きく立ちあがり驚きも一入である。
愕然とした表情を浮かべるマヤちゃんに対し、俺よりも早く更科が前に出た。
「大丈夫だって、偶然会っただけだし、ね?」
その言葉を受けてマヤちゃんの視線が更科からこちらへ移る。
もちろん首肯させていただく。
何も間違いではない。
全ては偶然。
浮気何て事実無根である。
「……信じる」
マヤちゃんはしぶしぶと言った様子で着席。
俺と更科はそれぞれ自分の席へと向かう。
その途中、更科の背を追っていて、ふと気づいた。
彼女の席は詩織の近くなのだが……当の褐色ギャルの姿が、そこには無かった。
首を疑問に傾げつつも、着席。
未だに感じるマヤちゃんからの鋭い視線を受け流しつつ、授業の準備を行っていると……後ろから肩を叩かれる。
振り返ると、話したことも無い男子生徒。
陸上部か何かだった気がする。
そんな彼は、一瞬ためらった表情を見せた後、衝撃的な言葉を口にした。
「中学の時、長宮詩織がお前を虐めてたって、マジなん?」
世界が、凍った気がした。
次→2、3日後の夜。
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