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ep17・キャットファイト。

ブクマ評価感謝です。


 マヤちゃんの顔が、鼻先数センチの位置にある。

 頬は紅潮し、潤んだ瞳がジッと俺を見つめていた。


「……コウくん」


 今度はマヤちゃんの方から唇を重ねてきた。

 俺の首に手を回し、背中を抱きしめるように絡みついてくる。


 理性の限界だった。


 彼女の匂いが鼻腔を蹂躙し、脳を溶解させる。

 理性が崩壊してイドが剥き出しになる。

 身体は本能に従い、眼前の少女を求め始める。


 両の手で抱きしめ返すと、僅かに彼女の身体が震えた。

 緊張しえ居るのだろうか、などと考える暇はない。


 先ほどまで恐怖に震えていた心を温めてくれた少女に対し、俺は強い情愛を抱いていた。


 下腹部に血流が向かって行く。

 もう、周りのことなど目に入らなかった。


 体育に励む生徒の声も、

 窓の外で鳴く鳥の声も、

 ここが学校の保健室であると言う現実さえも、どうでもいいと思えた。


「……いいよ」


 何が? などと聞く必要はない。

 彼女はスカートのポケットから箱状の物を取り出――そうとした、まさにその瞬間。


 室内に大きな音が鳴り響く。強制的に意識を現実に引き戻すそれは、授業終了のチャイムであった。


「……」


「……」


 二人見詰め合う。


 先に口を開いたのは、俺だった。


「今日、詩織との話し合いが終わったらさ……家、来ない?」


 自分でもどれだけ大胆なことを言っているのかわかる。

 が、感情を抑えることはできなかった。

 彼女に傍に居てもらいたい。

 助けてもらいたい。


 安心させてもらいたい。


 そんな思いが、どうしようもなくマヤちゃんを求めていた。


「うん、もちろん大丈夫だよ。コウくん」


 もう一度だけキスをして、俺達は保健室を後にした。



  †


 

 教室に着いたのは六限が始まる直前だった。

 そのため、誰とも会話することなく六限が開始し、今は帰りのホームルームまでの時間である。


「あんた大丈夫なん?」


「え?」


 いきなり話しかけられたので驚きつつも声の方に目を向けると、そこに居たのは金髪ギャル。

 確か名前は……更科、だったか。


「だから、保健室行ってたじゃん。大丈夫なん?」


「は、はい、寝たら大分すっきりしました」


「そっか。てっきり誰かに嫌がらせでもされてんじゃねぇかなぁって思ってたから良かった」


「えっと、それはどういう?」


 聞き返すと、彼女は俺の机の前にやって来て、腕を枕にするようにして頭を乗せた。


「いや、なに? あんたってマヤちゃんと付き合ってるんでしょ? それでなんか嫌がらせの類でもされて、それでストレス感じてーみたいな感じかなと思ったの」


 どうやら彼女は俺を心配していてくれたらしい。


「まぁ、視線感じたりとか、快く思われてないみたいなのは伝わりますけど……特にないですよ。心配してくれてありがとうございます」


 詩織のことは言わない。

 広めることではないし、そもそも詩織の秘密を広めては本末転倒だ。


「そっか。まっ、なんかあったら相談してくれていいからねー。私いじめとか許せない系女子だから! んじゃ」


 そう言って手をひらひらと振っていつものギャルズに戻って行く更科さん。


 っと、そうだ。詩織をファミレスに呼び出しとかないと。

 メールを送信しつつ、更科さんの背を追っていると、不意に詩織と目が合う。

 が、すぐに逸らされた。


 何なんだ、いったい。



  †



「……帰る」


 ファミレスに一足早く着いた俺とマヤちゃんは詩織の到着を待っていたのだが、ようやく来たかと思えば開口一番これである。


「そこを何とか……!」


「いやっ、てか何で浅間さんまで……」


「お前が相談はマヤちゃんにしろって言ったんだろうが」


「そこに私を巻き込まないでって言う意味!」


「お前が関わってる問題なんだから巻き込むのは当たり前だろ!」


 席を立って詩織と言い争っていると、ウェイトレスのお姉さんがやって来て。


「すいませんお客様。他のお客様のご迷惑になりますので……」


 言われて周囲を見ると「痴話喧嘩か?」「二股男の修羅場って感じ」「うわぁ、ド畜生じゃねえか」などとあらぬ誤解が電波していた。

 これはいけない。


「た、頼むよ詩織。お前の力になりたいんだ。マヤちゃんも、手伝うって言ってくれてるしさ」


「……」


 詩織は俺を睨み付けた後、マヤちゃんに視線を移して……無言で俺たちの対面に座った。


「コウの奢りだから」


「もちろんだ」


 こうして話し合いは始まった。

 初めに切り出すのはマヤちゃんだ。


 彼女は今朝届いた二つの封筒を机に並べて語り始める。


「まずは着地点を見付けましょう」


「着地点?」


「はい、最終的にどのような状況にするのか、です。そうすることでおのずと方法も見えて来るでしょう」


「へー、ちゃんと考えてくれるんだ。浅間さんからしたら私って目の上のたんこぶみたいな存在なのに」


「正直快くは思ってないです。……でも、コウくんが望むので、考えました」


 二人とも纏う雰囲気がなんだか刺々しい。

 マヤちゃんはかなり他人行儀だし、詩織も不良の面が出ている。


「ま、まぁまぁ、そんなに険悪な雰囲気にならないで……」


「無理」


「だ、だってコウくん……」


 俺の袖を掴んで、上目遣いに見つめてくるマヤちゃん。


「はー、出たよ。でましたかわいこぶりっこ。そんな媚っ媚の声出さなきゃダメ何てご苦労様です」


「……別に媚びてないです」


「えー、でもー、他の人と明らかに違うじゃーん」


「なに言ってるんですか。逆ですよ逆。コウくん以外どうでもいいから適当に言ってるだけです」


「ちょっと二人とも」


 なんでこんなに険悪なんだよ。

 俺が仲裁に入ると、まだ何か言おうとしていたであろう詩織は口を紡ぎ、静観の姿勢に戻った。


「じゃあ続けます。それで着地点の話に戻りますが、詩織さんはどうしたいですか?」


「どうでもいい。だから、コウが決めていい」


 その投げやりな態度は、自分のことなどどうでもいいと言う意思の表れなのだろう。

 俺に幸せになってもらいたいと思っている詩織らしい言葉ではあったが、俺は思わず腹が立った。


「お前、こんな時まで……なぁ、これは詩織の人生に関わることなんだぞ?」


「じゃあこれであいこだね」


「……ふざけたこと言うなよ、詩織」


 俺が真剣に切り返していると、横合いからマヤちゃんが口を挟んだ。


「全くです、ただでさえ大変なのに、あなたのエゴに巻き込まないで(・・・・・・・)ください」


 その言葉に、詩織がマヤちゃんを驚きの表情で見た。


「……はぁ? なに言ってるの? 巻き込まれてるのはこっちなんだけど。てか私のことはほっといてって言ってるし」


 二人は数秒の間睨み合う。

 言葉には表せない感情の衝突が伺える。


 先に折れたのはマヤちゃんだった。


「……今話し合っても埒が明かないので、良いです。それではストーカーをどうするかという話をしましょう」


 え? あれ?

 今までストーカーの話をしてたんじゃなかったっけ?


 ど、どうしよう。

 マヤちゃんと詩織の会話がまったくわからない。

 もしや俺の知らない何かで彼女たちは繋がっているのか?


 とりあえず俺は静観の姿勢を取る。


「ストーカーのことはストーカーが一番わかるんじゃないの?」


「私がしていたのは愛の観察です。一緒にしないでください」


「はっ、どうだか。ってか、封筒の差出人だったら大体絞り込めそうだけど」


「え? それって一番重要じゃん!」


 犯人がわかれば詩織の秘密をばらさないように交渉できる。

 今はマヤちゃんもいるし、どうにか上手い着地点(・・・)を見付けられるだろう。


 俺の言葉を受けて、詩織が本日初めて、以前のような笑みを浮かべた。


「もう、コウってばそんなのも気付かなかったのー?」


「う、うるさいなぁ。推理は苦手なんだ」


「にへへ、知ってる」


「大体、お前はその見た目で頭がいいとかチートだろ」


「何々、褒めてんの?」


「……知らんっ!」


 ニヤニヤしている詩織。

 一週間、彼女と関わる数が少なかっただけなのに、なぜこんなにも懐かしく思えるのだろう。


 やはり詩織は落ち着くなぁ。


「コウくん……」


 っと、そうだった。

 この場にはもう一人、俺の彼女がいるんだった。


 チラリと声の方を向くと、マヤちゃんが頬を膨らましながら寂しげな視線を向けてくる。


「ご、ごめんねマヤちゃん」


 言って、机の下で彼女の手を握る。


「……うん、ありがとう」


 先ほどまでのバリバリモードと異なり、しおらしい態度である。

 そんなマヤちゃんに対して、イラついたのか詩織は鼻を鳴らす。


「ふん」


「なに?」


「は? 何も言ってないじゃん」


 だから、もう少し仲良くしてくれよ。

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