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ep10・ヤンデレ彼女と学校。

ブクマ評価感謝です。

「コウくん、コウくん。なにしてるの」


 無邪気さを帯びる彼女の声音が妙に怖かった。


「あれ、浅間さんじゃん! 聞いたよ、コウと付き合ってるんだって?」


 そんな俺の恋人に向かって平素と同じ口調で話しはじめる褐色ギャル。

 マヤちゃんはそんな詩織の態度が癇に障ったのかずんずんと近付いてきて俺を引っ張った。


「知っているなら離れてっ!」


「いいじゃねぇかぁー、私とコウの関係知ってんだろ? 親友なんだからこれくらい普通だよ普通」


「良くない良くない! コウくんは私の彼氏なの! 触っちゃダメ!」


「減るもんじゃないしいいだろぉ~」


 「なぁ?」と視線をこちらに向けてくる詩織。

 息すら掛かる至近距離、押し付けられる胸、俺は童貞=ピンチ。証明終了(QED)


 親友とは言え、この距離はさすがに照れるものがある。


 俺は慌ててそっぽを向いた。


「ほら、コウくんが嫌がってる!」


「いや、違うね。これは照れてるんだよ。なぁ?」


「ち、ちげぇよバーロー」


 俺の心の読みあい合戦ならば、やはり詩織に軍配が上がった。

 図星のあまりどこぞの名探偵口調になってしまったが、特に問題はないだろう。


 こちらの動揺に気が付いたのか詩織がニヤニヤしているが、無視だ無視。

 

 とにかく今はどうにかして詩織とバイバイしなければいけない。

 何故ならば俺の彼女が非常に不機嫌モードに入っているからである。


「詩織、離れ――」


「えぇー、コウまでそう言うのかよー」


 子供の様にごねる詩織を何とか説得しようとして――しかし、遅かった。


「……コウくんから離れて」


「えっ?」


 次の瞬間、マヤちゃんがかなりの力で詩織を突き飛ばす。


 不意を突かれた詩織はその場に尻餅をついた。


 俺もマヤちゃんの豹変に驚いて動けずにいると、マヤちゃんは尻餅をつく詩織に近付いて、何事かを囁いた。


 さすがに聞こえない距離で何を言ったかはわからないけれど、マヤちゃんが姿勢を起こすと詩織は慌てたように立ち上がり、俺に向かって一言「調子のって、ごめん」と言って駅へと入って行った。


 流れの速さについて行けず呆然としていると、マヤちゃんが俺の右腕に抱きつく。


「えへっ、コウくん、褒めて褒めて!」


 人懐っこい笑みを浮かべて、頭をすりすりと擦り付けるマヤちゃん。


「……え? ま、マヤちゃん?」


「どうしたの? コウくん困ってたでしょ? 褒めて、褒めて! 偉い? コウくんの役に立ててる?」


 つぶらな瞳で見上げてくるマヤちゃんに一切の邪念は見つからない。

 だからこそ怖くなって、しかし聞かずにはいられなかった。


「し、詩織に、何したの?」


 すると彼女は少し困った笑みを浮かべて――。


「うーん、教えたくないなぁ。コウくんが知っても何もないし。だから聞かないで欲しいかな」


「……うん、わかった」


 彼女の拒絶を無視することは、俺にはできなかった。

 浅間マヤと言う人間の《病み》に触れる気がして、怖かった。


「だから褒めて、褒めて、コウく~ん」


「……うん、ありがとう」


 ――でも、詩織も悪気が無かったと思うから、今度からはもっと穏便にしてね。

 と言う続きの言葉は出てこなかった。


 今この場で詩織の名前を出そうものなら、マヤちゃんはまた機嫌を損ねる。

 落ち込んで、対処が難しいめんどくさい状況になる。


 だから、俺は空気を読んだ。


「さすがマヤちゃんだね」


 ポンポンと頭を撫でると、嬉しそうにはにかんだ後、抱きついてきた。

 まるで子猫だ。


「コウくんに褒められたっ! これからも、何かあったら言ってね! 全部私が解決してあげるから!」


 そう言って、マヤちゃんは俺の頬にキスをした。


「それじゃあ行こっか、コウくん」


 照れているのか頬を赤らめつつも、足を踏み出す彼女に逆らう事は出来ず――。


「……うん、そうだね」


 ただ頷くのみだった。



  †



 学校の最寄駅に着くと、通学時間と言う事もあり同じ制服を着た生徒が増えた。

 いつも通りの光景。

 何ら変わらない、人混みだ。


 ただ、一つだけ違う点がるとするならば、周囲の目が俺とその腕に引っ付いているマヤちゃんに集中していると言う事。


 聞こえてくるのは俺達に対する話ばかりだ。


「え、あれって浅間マヤ?」


「あの隣にいる奴誰だよ!」


「やっば、男の趣味悪っ」


「すべては無に帰し聖戦の始まりを告げる鐘となる――滅法呪殺陣」


 もうツッコまない。

 そんなことを思いながら俺はどうしてこうなったのかを思い出す。


 遡ること約十二時間。

 昨日、マヤちゃんから告白を受けて、二人で話し合った時のことである。


 それに際し、俺は最初に一つのことを決めようと提案した。


 ずばり『俺たちの関係を公の物とするか否か』である。


 俺としては隠しておきたいと言うのが本音であった。


 理由は先ほど俺達を見ていた一人が言った言葉――『やっば、男の趣味悪っ』と言う物である。

 別に俺が貶されたことは良い。まったくもって気にしてない。ほんとほんと。

 精々孫の代まで呪ってやると胸中に滅法呪殺陣を思い浮かべただけだ。


 問題なのは俺と付き合うことで起こりえる『マヤちゃんに対する悪評』である。

 彼女の築きあげて来たものがそうそう壊れるとは思えないが、人とは貶せる部分があれば貶してしまうもの。それが完璧な存在であるならば尚のことだ。


 そして俺と言う存在は、完璧な浅間マヤの『貶せる部分』なのだ。


 ゆえに俺は隠そうとした。


 が、これに対してマヤちゃんは一言。


『コウくん以外何て、どうでもいい』


 もちろん俺はそれでも説得を試みたが、マヤちゃんは『学校でコウくんとお話しできないのは絶対に嫌!』と言って聞かなかった。

 と言うわけで、今の状況に至った次第である。


 正直居心地が悪い。

 けれど、マヤちゃんは本当に周囲のことなどどうでもいいのか、俺の腕にくっついて楽しませようとたくさん話しかけてくれる。


「あっ、そうだ。今日は朝ごはん私がご馳走になっちゃったから、今度は私が作るね」


「う、うん。楽しみにしてるよ」


「腕によりをかけて作るね! あ、あと……愛情もたっぷり入れるから、ね?」


「恥ずかしいんだったら言わなくていいのに」


「えぇーやだぁ! コウくんに私の気持ちをもっと知ってほしいのぉ!」


 顔を真っ赤にしつつも離れようとしないマヤちゃん。


 あのね、マヤちゃんは俺に対して恥ずかしがってるだけかもしれないけど、俺は俺で今の会話が周囲に聞こえていることを知っているから死ぬほど恥ずかしいんだよ。


「……愛情たっぷりだって」


「てか朝ごはんって、もうそんな関係?」


「あの男、浅間さんを洗脳したに違いない! 許せん!」


「め、めめ、めっ、ぽう……リア充爆発しろッ!」


 遂に諦めたか滅法呪殺陣。


 そんな感じで、学校に着いた。


 靴を履き替え教室に向かうと、俺達よりも情報の方が早かったのか入ると同時に、一瞬の静寂。

 次に「やっぱり」と言った具合の声音がいろいろ聞こえてきた。


 俺の席は窓際最前列で、マヤちゃんは廊下側の最前列の為、一度別れる。

 今日からこの好奇の視線に耐えながら学園生活を送るのか。


 中々疲れるかもな。


 自分の席へと向かってカバンを置くと、クラスメイト数人がマヤちゃんの所へ向かってるのが見えた。


 彼女がいつも仲良くしている女子グループと、クラス内カースト上位の男子集団だ。

 カースト最下位どころかカースト外と言っても過言ではないレベルでクラスになじんでいないため、俺の所には誰も来ない。


 精々遠巻きに視線を感じるのみだ。


「滅法呪殺陣は不滅、いずれあの男を冥途へと送ることになるだろう」


 そう言えばお前は同じクラスだったのか。

 席についてマヤちゃんの方に耳を傾ける。


「マヤちゃん、その、付き合ってるってホント?」


「何か脅されてたりしない?」


「本当に大丈夫?」


「大丈夫だよ。私、コウくんのことが好きだから」


 女性陣からは心配の声が上がっていた。

 無理もないだろう、それだけマヤちゃんには男の影が一切なかったのだから。


 でも脅すは酷くない? 仮にもクラスメイトに対してさ。


 次に男性陣が語りかける。


「何かあれば相談しろよ、マヤ!」


「そうだぜ、ああいうのは焦ってすぐに手を出そうとするからな」


「いつでも守ってやっからな」


 何とも下心が透けて見える言葉である。

 周囲の女性陣すら少し笑顔が曇っているぞ。


 はてさて、これにマヤちゃんは何と返すのか。


 傍観していると、マヤちゃんは何も口にすることなく立ち上がり、とてとてと俺の方に駆け寄ってきた。


「コウくん、お話しよ」


「……え? いや、あの……え?」


「どうしたの?」


「いや、何かめっちゃ言われてたじゃん。返事しなくていいの?」


「何で? コウくん以外の男の人なんかと話したくないよ~。だって浮気だって思われたくないんだもん。ねぇ、偉い? 偉い?」


 マヤちゃんは俺の座っている席を半分ばかり使って座りつつ、その身を寄せてくる。

 その曇りなき眼は今朝の物と同じ。思わず視線が詩織の方へと向いた。


 彼女は俺達よりも早く教室についていたようで、今はギャルズとこちらをちらちら見ながら会話をしていた。詩織は興味なさ気だが、話題自体が俺たちの事なのだろう。


「あー、コウくんってば他の子見ちゃダメー。……朝の事、怒ってないわけじゃないんだよ? コウくん、浮気とかしないよね?」


 目じりに涙を浮かべて尋ねてくるマヤちゃんに、俺は慌てて首肯する。


「あ、当たり前だよ。それと、朝のことはごめん、アイツとはちゃんと距離感を決めていくからさ……どうにか許してくれないかな?」


 朝の詩織とのことは確かに俺の軽率な行動が故だ。

 次からは気を付けよう。


 反省していると、マヤちゃんがポツリと漏らした。


「……頭撫でてくれたら許す」


「へぁ!? こ、ここで!?」


 クラスメイトの視線が俺達に注がれているその中心で彼女の頭を撫でろと。

 どんな拷問だよそれは。


「撫でてくれないの……?」


 ……上目使いで見つめてくるのは反則だろ。


「ごめんね、マヤちゃん」


 俺はマヤちゃんの頭を撫でる。

 直後にざわつきだす教室。


 俺は溜息を零しつつ、不意に机の中に見知らぬ紙が入っているのに気が付いた。

 プリントの類ではなく、ノートの切れ端のようだ。

 紙を開くとそこには――。



『浅間マヤと別ろ。さもなくばお前の身の安全は保障できない。』



 マヤちゃんは人気者なので、いつかは来ると思っていたが……いくらなんでも早すぎだろ!

 初日だぞおい。


 たちの悪い悪戯だと考え紙を丸めて捨てようとして――恐ろしいまでに冷え切った声が耳朶を叩いた。


「……なにこれ」


 声の主は言うまでもなくマヤちゃんである。


「た、性質の悪い悪戯だよ」


 何とか声を絞り出すが、彼女は聞く耳を持たず、呪詛のように呟き始める。


「私とコウくんの関係を壊そうとするばかりか、コウくんに危害を加える? ……ありえない」


 まずい、マヤちゃんの暴走モードである。

 こうなったマヤちゃんを止める方法を、俺はまだ知らない。


 ゆえに俺は手紙の差出人に対して、心の中で手を合わせた。


 南無三。

次→いつもと時間を変えて明日の夜九時過ぎ。

ブクマ評価、よろしくお願いします。

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