ep1・最近視線を感じる。
「最近視線を感じるんだ」
「……病院行く?」
「どういう意味だコラ」
高校に入学して早一年が経過。
二年生になった俺は中学からの数少ない友人であり、クラスメイトでもある、長宮詩織に、真剣な声音で切り出した。
場所は学校の屋上。
立ち入り禁止であるが、詩織と会話するのは訳あってここでだけなのだ。
昼休憩になったのでラインで呼び出して相談したのだが……。
帰ってきたのは俺の身体ではなく、頭を心配する声であった。
「コウって鏡見たことある?」
「それはあれか。その顔で視線を感じるとか自意識過剰とか言いたいわけか」
「よくわかってんじゃーん!」
ベシベシと肩を叩いてくる。
ケラケラと笑う詩織の見た目は非常に派手だ。
まず絶対どっかで焼いてるだろとしか言えない褐色の肌に、艶やかな黒髪。
着崩した制服は、胸元が開いており、豊かな胸から視線を逸らすのに一苦労だ。
スカートも短くて、下に穿いたニーソがフェチズムを刺激する。
彼女は所謂ギャルである。
それでいて、綺麗な他のイケイケ女子(通称ギャルズ)と仲が良いため、学内でも非常に目を引く存在なのだ。
そんな彼女が冴えないメガネ男と変に仲がいいと知られれば、面倒くさいことになるかもしれない。
ゆえに、彼女と学校で話す時は立ち入り禁止の屋上だけだ。
因みに、教えてくれたのは詩織である。
授業をふけるときに使うのだとか。
この不良娘は……将来が心配だよ。
「でも、確かに感じるんだよ。学校でも、帰り道でも」
「だから自意識……そんなに?」
真剣に語る様子に、さすがに怪しい物を感じたのか詩織は俺の顔を覗きこむように下から見つめてくる。
はだけたシャツの合間から黒の下着が覗いて、ばれない程度に視線を逸らす。
「たぶん、自意識過剰ではないと思うんだけど……でも最近本当に不気味だから一応相談したくってさ」
「んー、そうだねー」
詩織は頭の後ろで腕を組み、そのままゴロンと横になる。
彼女に倣って俺も横になると、澄んだ空が見えた。
しばらく会話も無いまま、もうお昼休みが終わりになる……そんな時間にさしかかって、突然詩織が飛び起きた。
「もう時間だね」
「あぁ」
「うーん、正直私は何も思いつかなかったから、一応友達にも相談してみるね。ストーカーされたってヤツも知ってるし」
「お願いできるか?」
今の俺にとって詩織は唯一の味方だ。
縋るような視線を向けると、詩織は一瞬固まった後、ガバッと肩を組んできた。
「おうっ! まかしちょれ~! ぼっちのコウの唯一の友達であるこの詩織さんが見事解決してやろぅ! その変わり、解決したら今度なんかに付き合えよ!」
「クッソ腹立つけど……まぁ、ありがと」
感謝を述べると詩織は俺から離れて、こちらには顔を向けずに去って行った。
背を向け手を振りながら去っていく姿は、何とも勇ましい物だった。
「って、俺も戻らないと」
こうして俺は屋上を後にした。
あと一人、この屋上に隠れているとは知らずに……。
†
教室に戻ると、そそくさと窓際最前列の自席へと座る。
教室の当たり席は窓際最後尾と相場が決まっているが、俺はこの席が好きだった。
授業中に寝ることが少なくなるため成績が上がり、教師が休憩する際目の前に来るので、雑談で仲良くなり、印象を良くすることが出来る。
退屈になったら気晴らしに窓の外を見る事も出来るし、最高のポジショニングだ。
昼休みが終わるギリギリに戻ってくると教室内はまだ喧騒に包まれていた。
もちろん俺が関わる生徒は居ない。
カバンから取り出した文庫本に視線を移して、物語に没入していく――まさにその時だった。
「あっ、マヤちゃんどこ行ってたの?」
「ちょっと喉かわいちゃって」
そんな会話が聞こえてきて視線を向けると、この学校に通う生徒ならだれでも知っている有名人、浅間マヤが右手にミルクティーを持って教室に入って来ていた。
長く美しい黒髪に、整った顔立ち。
嫌でも男子の目を引く存在だ。
(ミルクティーか、俺あんまり好きじゃないんだよなぁ)
浅間マヤの学内カーストは詩織&ギャルズを持抜いてまさに最上層。
文字通り雲の上の存在だ。
可愛いとか、話しかけたいとか、そんな男子らしい想いなど抱くことすらない。
ふと、彼女と視線があった気がした。
慌てて文庫本に視線を戻す。
「ぁ――」
「よっしゃぁ、授業始めるぞー! 席に着けー!」
何か声が聞こえた気がしたが、先生の声に掻き消えた。
俺は特に気にすることなく、授業の準備を始めた。
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