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9.父親の心境だよ










 エドラが一緒に行くと聞いて、マリーは喜んだ。何となく、妹に観察されているような気がする姉だった。

 まあそれはいいのだが、マリーとアルノルドのデートである。正直、デートと言うには護衛が多いし、行先は王都郊外の離宮であるが、確かに見る分には華やかで楽しい場所である。


「どう?」


 ひょこっとエドラの隣から薔薇の園を歩くアルノルドたちを見たのはレンナルトだ。今回、彼はアルノルドの護衛隊長として同行している。いや、もともと近衛連隊長だけど。

 どうやら、年が近いのでレンナルトは国王よりもアルノルドについていることの方が多いらしい。たぶん、将来的な狙いもあるのだと思うが、アルノルドがレンナルトを慕っていると言うのも大きいだろう。


「……和やかね」


 エドラは無難に答えた。だって、そうとしか言いようがないし。二人は並んで主君と妹を眺める。

 近衛連隊の白い制服を着たレンナルトと、黒い魔導師のローブを羽織ったエドラは、並んでいるからこそより目立った。


「うーん、微笑ましいね」


 実際にアルノルドとマリーを見て、レンナルトは苦笑を浮かべた。なるほど。確かに微笑ましい。


「……いや、君、和やかでも微笑ましくもないような表情してるけどね」


 レンナルトがエドラの頬をつついて言った。甘んじて頬をつつかれながら、エドラは言う。

「いや……何だろう。こう、ちょっといらっとすると言うか」

 アルノルドに。これは聞かれたら完全に不敬罪である。顔をしかめるエドラを見て、レンナルトは遠慮なく笑った。


「それはあれだよ。娘をとられる父親の心境だよ」

「ねえ。殴っていい?」


 確かに、エドラは現在、ラーゲルフェルト家に置いて男主人のような立場にある。いや、伯爵位を継いだのは弟のフランであるが、エドラの存在で家が持っているのは事実なのである。そして、彼女が弟妹たちを『守らなければ』と思っているのもまた事実。その結果がこの感情なのだろう。

「じゃあ、エドラ的には殿下は合格なんだね」

「殿下なら、マリーをないがしろにしないだろうからね。……むしろ、殿下はあの子でいいのかしら……」

 なかなかにぶっ飛んだ妹なのだが、それでもいいのだろうか。マリーの本性を詳しく知らないレンナルトは小首をかしげる。

「エドラの妹なら、多少変わっていても性格はいいだろうしね。外見はエドラとマリーって似ているから、内面に惹かれたんじゃないかな」

 まじめに答えたレンナルトに、エドラは思わず噴き出した。くつくつと笑う。


「まあ、確かにあの子はいい子だけどね」


 性格はいい。それは確かだ。ちょっと常識がぶっ飛んでいるところはあるが、性悪ではない。行儀作法や勉学、果ては武術や魔法まで叩き込んであるので、どこに出しても恥ずかしくない教育は受けさせている。


 ……あれ。マリーがいいのなら、本当にこのまま王太子妃になってもいいのでは? まあ、マリーの意思が何よりも優先されるのは変わらないけど。

 思わず考え込んだエドラの顎に指がかけられた。そっと上向かされ、にこやかなレンナルトと視線が合う。エドラはレンナルトを見上げた状態で何度か目をしばたたかせる。

「マリーのこともそうだけど、君は自分のことも考えなきゃならないんじゃない?」

「何のこと?」

 エドラが問うと、レンナルトはただでさえ近い顔をさらに近づけてきた。

「君にも縁談があるんじゃないかってこと」

 不意を突かれた質問に、エドラは一瞬戸惑ったが、すぐに笑って答えた。

「ないわよ。考えるにしても、ひとまずフランが一人で役目を果たせるようになってからかしらね」

 まだ、フランが頼りないので、彼が一人前になったら考えるかもしれない。まあ、フランはまだ戸惑っているだけで、あと一、二年もすれば優秀な伯爵になっている可能性は高い。


 そうなったら……エドラは本当にどうしようか。一応、騎士侯位は持っているし、何とかなるけど。

 レンナルトがエドラから離れる。エドラは思い出したようにアルノルドとマリーの方を見た。二人は東屋の方に進んでいた。そこで休憩するのだろうか。

 エドラたち二人も東屋の方に向かう。隠れるようなことはせず、堂々と歩く。アルノルドたちも気づいているだろうが、ツッコんでくることはない。


 東屋で花とお茶を楽しむ二人は、やはり良い雰囲気に見える。一応、会話が聞こえないくらいの距離を保つ節度はある。盗聴魔法はあるが、こんなことに使うほど野暮ではない。

 アルノルドはいろいろと話しかけているが、マリーは『淑女』と言った対応だ。まあ、母がそうしつけているので、そうなるのだろう。かつてのエドラもそうだったし。


「うらやましいなとか、思わない?」


 レンナルトにささやかれた。一瞬何を言われているかわからなかったが、すぐにアルノルドとマリーのことだと気付いた。

「まったくうらやましくないって言ったら嘘になるわね。楽しそうだし」

 マリーが。ネタが供給されている状態なので、表面上は淑女であるが、マリーはアルノルド以上に状況を楽しんでいると思われた。

「へえ。楽しそうなんだ、あれ。じゃあ、殿下も脈あるんだね」

「……たぶん?」

「なんで疑問形なの」

 レンナルトが苦笑してツッコミを入れる。エドラはひょいっと肩をすくめた。さすがにレンナルトも、マリーの趣味は知らないはずだ。あとで今日の成果を聞いてやろうと思った。

 初めからそれほど時間を長く設定していなかったので、すぐにお別れの時間となった。アルノルドが別れを惜しみ、マリーの手を取る。


「矢のように時間が過ぎた。あなたと一緒にいられる時間が夢のようで、この手を放せばあなたと別れなければならないのかと思うと……」


 エドラは途中で聞いていなかった。遠い目をしてあくびをしている御者を眺めていた。何が悲しくて、妹が口説かれているのを聞かなければならないのだ。大事な妹を人様にやらなければならないかと思うと、やはりもやもやした。

「じゃあエドラ。マリーをちゃんと守れよ!」

「大事な妹ですので、お任せを」

 アルノルドに念を押され、エドラがしれっと答える。やる気がなさそうなその様子にアルノルドは一瞬いぶかしむような表情を浮かべたが、レンナルトに「行きますよ」と言われて連れて行かれた。なんでも、この後に公務が詰まっているらしい。つまり、アルノルドは忙しい中マリーのために時間を割いたと言うことである。


「どうだった、マリー」


 帰りの馬車の中で、エドラが一応尋ねる。本日の成果を嬉々として話してくれるだろうと思ったのだが、マリーは何故か違うところに食いついてきた。


「わたくしのことより、お姉様! レンナルト様と何を話していたんですの? だいぶ、距離が近かったような気がしますが!」


 興奮気味に身を乗り出してきたマリーに、エドラはちょっと引いた。進行方向向きに座っていたマリーは、そのまま進行方向と逆向きに座っていたエドラの隣に移動してくる。

「普通に世間話とお前たちの話だね」

「ええ~、嘘です! そんな話で顎クイまでしませんわ!」

「よく見てるな!」

 思わず突っ込んでしまった。こちらを見ている暇があるなら、アルノルドの相手をしてやればいいのだ。

「ねね。どんな感じでした? ドキッとしました!?」

「意識してる相手にやられたらドキッとしたかもね」

 全くしていなかったので、特に何も感じなかったが。エドラの返事にマリーがいじける。

「ええー。面白くありませんわ」

「面白くなくて結構だよ。お前たちはどうだったの」

「殿下ですか? 可もなく不可もなくと言う感じです。でも、優しいですし、わたくしのことが好きなんだなぁとわかるので、押されたら乗ってしまうかもしれません」

「冷静だねぇ」

 この冷静な分析力が怖いエドラである。


「ねえお姉様」


 先ほどのテンションマックスの声音からだいぶトーンダウンして、マリーが言った。


「わたくし、お姉様に幸せになってほしいんです。もちろん、お母様もフランやカーリンだってそう思っていますわ」

「……ありがと」


 礼を言ってマリーの頭を撫でると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。ひとまず、今のエドラはマリーたちが楽しそうにしていればそれなりに幸せである、と思った。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


レンナルトはマリーの中身を知らないんでしょう。


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