7.これってありなの?
論功行賞と舞踏会を終えた次の日、今日も今日とてエドラは宮殿に行かなければならない。仕事をしに行くのだ。騎士団の平騎士たちは終戦間もないと言うことで長期休暇が与えられるが、役職のあるエドラたちは戦後処理にかからなければならない。よって、それが終わるまで休みはなしの予定だ。
「おはよう~」
「おはよう、フラン」
エドラが朝食を終えてコーヒーを飲みながら新聞を読んでいると、食堂にラーゲルフェルト伯爵フランがやってきた。彼はエドラをとっくりと眺めて言った。
「姉上……あれだね。男前だね。ちょっと父上に似てる」
「そう?」
「うん、そう」
フランがしっかりとうなずいた。どちらかと言うと母親似の美貌であるエドラ出るが、雰囲気は父に似ていると言われることが多い。エドラはかけていた眼鏡を押し上げ、新聞を畳む。それをメイドに渡すと、エドラは立ち上がった。
「姉上、もう行くの?」
「まあね。ああ、ちなみにお母様とマリーはまだ寝ているよ。カーリンはもう起きているかもしれないけど」
「わかった。無理しないでね、姉上」
「フランもね」
エドラはフランの頭を撫でると、少し身をかがめて彼の頬にキスをして屋敷を出た。
エドラの職場は宮殿内にある。西塔のあたりが王国騎士団の事務所があるあたりだ。ちなみに、近衛連隊の事務所は北塔のあたりにある。この辺りには政庁があるので、中央部にあたる。
「おはよー」
エドラが事務所に入ると、「おはようございます、副長」と声がかかった。エドラは声をかけてきた三十代半ばほどの男性を見る。
「おはよう、ブロルさん。留守番お疲れ様」
「いえいえ。戦地にいた副長たちの方がお疲れ様、ですよ」
にこにことねぎらわれて、エドラは少し顔をしかめる。
「ねえ、やっぱり副団長やらない? 私みたいな小娘より、経験の長いブロルさんみたいな人の方がいいと思うんだけど」
私、野戦任官だし、とエドラは訴える。
エドラが王国騎士団に入団してから五年。彼女は魔法騎士と言うよりも魔導師と言う立場にあるが、そんな彼女が第一騎士団の副団長になったのは、戦争中に上官にあたる人たちが亡くなったからだ。
幸い、団長であり元帥であるグレーゲルは生き残っていたが、それを補佐する副団長がいない。となった時に、副団長に急遽選ばれたのはエドラだった。グレーゲルの指名だった。戦争が始まって約一年後、今から数えても約一年前の話である。
それから半年ほど、エドラは副団長を務め、そして半年前に父が亡くなった時に王都の後方支援に配置換えしてもらい、副団長から降りた……はずだった。
しかし、後任の副団長が戦死。やはりエドラの魔女の力がいる! となり、無理やり呼び戻されて副団長に復帰、と言うわけのわからない経歴のあるエドラである。
ちなみに、王都で後方支援を担っていた騎士たちの取りまとめ役がブロルで、半年前、エドラは彼の配下に収まるはずだった。
「いやいや。その立場はエドラにふさわしい。今回の戦争で活躍した君の名は知れ渡っている。私よりも君の方が受け入れられる」
「……面倒くさい」
「本音が出たね」
ブロルは苦笑してエドラの頭を手荒になでた。文官のような仕事をしているが、彼もれっきとした騎士。体格はしっかりしているし、何となくふるまいはおおざっぱだ。書類はきれいだけど。
「私たちが戦えたのは、ブロルさんの手配が完璧だったからなのに」
「私たちは君がそれを知っていてくれればいいよ。さて、君も元帥も昨日論功行賞に出たうえでの出勤だから、手早く終わらせよう」
「それには賛成」
グレーゲルはまだ来ていない。というか、事務所にいる騎士は十人にも満たない。お留守番組だった騎士たちだが、午後から出てくるものもいるのでまだ全員そろっていないのだ。
騎士団には当然、管理部門が存在する。それが、ここだ。管理部門を率いているのはブロルである。だが、どうしても最終判断を下すのは団長のグレーゲルと副団長のエドラになる。
エドラは眼鏡の奥の目を細め、書類に目を通す。どうしても後手に回る被害報告や使用した武器、弾薬、魔法道具などの数、総額。まとめるだけでかなりの量になる。
「副長、追加です」
「……置いといてもらえる?」
エドラはかれこれ一年近く副団長をしているが、ここまでの事務仕事は初めてだ。基本的に戦場にいたエドラは、事務仕事も苦手ではないが基本的に現場の人間である。
資料を付き合わせて数値の確認をする。エドラは書類を数枚引っ張り出す。
「パール、数値間違ってる。ブロルさん、ここの数字明らかにおかしいんだけど、私のこと試してる?」
「はいっ。すみません」
すぐに書類を引き取りに来た十代後半の少年とは逆に、ブロルはゆっくりと近づいてきた。
「いやあ、そんなことはありませんよ」
「この腹黒」
笑ってごまかすブロルは、明らかにエドラを試していた。エドラは呆れながら書類を返す。
こんこん、と事務室にノックがあった。エドラが「誰か開けてー」と間延びした声で言うと、一番近くにいた騎士が立ち上がって扉を開けた。
「失礼します」
聞き覚えのある声に顔を上げる。顔をのぞかせたのは近衛連隊長だった。エドラはちらっと眼だけあげて言う。
「戦中の資料ならブロルさんに渡して」
「あ、違う違う。エドラに用があるんだ」
そこでやっとエドラは顔を上げる。一番奥にある副団長の席の手前まで、近衛連隊長のレンナルトが来ていた。淡い紫の瞳が細められる。そして、一通の手紙が差し出された。
「殿下からマリーに」
「ああ~……」
そう言えばそうだった。受け取った手紙を、エドラは目を細めて眺める。確かにアルノルドのイニシャルが書いてあった。
「……本気なのね」
「そうだね。ま、頑張りなよ、お姉さん」
「……」
肩をたたかれてエドラはため息をついた。手紙は鞄の中にいれる。うっかり机に置こうものなら、なくしそうな気がした。
「正直なところ、これってありなの?」
エドラがざっくりと尋ねると、レンナルトは何となくニュアンスをくみ取ってくれた。
「まあ、殿下には婚約者とかいないし……少し前からマリーが好きだったみたいなんだけど、ほら、彼女、婚約者がいたでしょ」
「……まあそうだね」
言われるまですっかり忘れていたビリエルの存在。まあ、今となってはどうでもいい話だ。
「だから手を出せなかったけど、今婚約破棄したから思いっきり口説くんだって言ってたから、本人的にはありなんじゃないの」
「……まあいいんだけど」
エドラは肩をすくめる。彼女はこれに関して手を出さないようにするつもりだ。破談にする方法ならいくつか思い浮かぶが、くっつける方法は思い浮かばない。経験もないし、話を聞いたこともない。騎士団の中にはそう言う話をする者もいたが、何故かたいてい破談だった。
「とにかく、渡しておいて。殿下、うるさいから」
「了解した」
仕えている相手に対して暴言が飛び出した気がするが、聞かなかったことにしておく。アルノルドが面倒くさい性格なのはエドラも知っている。
「じゃあよろしくね」
レンナルトはひらひらと手を振ると自分の職務に戻っていく。近衛である彼が手紙の配達をしているのはどう考えてもおかしい。近衛連隊も大変だな、と思ったしだいである。
「噂は本当だったんだね」
「噂?」
ブロルを座ったまま見上げ、エドラは首をかしげた。ブロルは笑う。
「マリー嬢が王太子殿下に求婚され、婚約が破棄されたと言う噂」
「ほぼ事実に即しているけど、婚約破棄騒動の方が先よ」
あの場には大勢の招待客がいた。すでに噂が広まっているだろうとは思っていたが、まさかブロルのところまで届いているとは。
「うちはエドラがいるからね。事実を知りたくてみんな声をかけてくるんだよ」
「私、何も聞かれなかったんだけど」
姉には言いにくいと言うこと? と眉をひそめると、ブロルが軽く笑い声をあげた。
「ははは。人柄を知らなければ、氷の魔女とも呼ばれる君に話しかけようなんて言う人はほとんどいないだろうね」
「……」
すねたエドラは唇をとがらせて書類仕事に戻った。
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日常編。