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48.嫁の説教が効いたらしいな








 北の半島に位置するニヴルヘイムの地下には、潤沢な資源が埋まっている……と、言われている。エドラは実際に調べたことがないから正確なところはわからないのだが。

 科学大国である帝国は、この資源に目を付けたのだろうと思われる。侵攻、と言う形にならなかったのは、二国間で一応は不可侵条約が結ばれているからだ。

 帝国に身を投じたヨアキムは、地下資源を手に入れるための第一陣としてニヴルヘイムを訪れたのではないだろうか。帝国はこの件に関しては沈黙している。


 というのが、エドラが外務省から聞いた回答だ。ちなみに、帝国関連の外交に関して、ベアトリスは関わっていないため、今回に限っては彼女は「わからない」と言う言葉を使った。正確には「うかつなことは言えない」だけど。

 エドラは、墓地でヨアキムと遭遇したことをグレーゲルに伝えた。彼は、苦笑を浮かべる。

「大胆だな。堂々と王都に潜入して生活していると言うわけだ」

「何故捕まえなかったんだ?」

 アルノルドの問いに、エドラは首をかしげる。


「殿下、私をなんだと思っているんですか。近距離だと、私はかなり不利です。魔法を使えなければ、ほぼほぼ無力なんですから」


 実際のところはわからないが、ヨアキムがレンナルト……とまではいかなくても、ヴィリアムくらいの手練れであればエドラを簡単に捕まえられるだろう。彼女は魔法に関して自分より強いものはめったにいないだろう、と思うことはできるが、それ以外に関しては並みなのだ。

 そもそも、彼だけを捕らえても意味がない。他にも仲間がいるだろうからだ。帝国が何をしたいのかは知らないが、少なくとも諜報員は潜入しているだろうし、ヨアキムをエドラが捕まえたら報復される。墓地で、エドラが自分が狙撃の目標になっていたことに気づいていた。

「……私が意見できることではありませんけど、うちももう少し科学的なことに力を入れるべきだと思いますよ」

「……魔女のお前が言うんだな」

「言いますよ。先日、魔法道具が使えなくて困ったと言う経験をしたばかりじゃないですか。それに、科学物品は操作が簡単です」

 魔法、というか魔術はいちいち魔法式を組み立てる必要がある。少しの才能と魔力がいるし、個人の力量に頼ることになるが、科学物品……つまり機械は、誰にでも使用可能なのである。例え魔力がなくても。


 例えば銃。リコイルショックはあるものの、小型のものなら女性の腕でも十分に扱える。エドラも、剣より銃を愛用している。


「確かに、お前の言う通りかもな。本当は、魔法と機械が同時に発展していくことが望ましいのかもしれない」


 と言ったのはグレーゲルだ。確かにその通りだが、科学が発展すると魔法が廃れるような気がするエドラである。

 まあ、それはともかくだ。こうなった以上、帝国の諜報員を一掃したいところだ。

「お前、なんでやつらの次の行動を聞いてこなかったんだ」

「しゃべりませんよ、ヨアキムは。むかつきますが、私とよく似た考え方です」

 何故かレンナルトが面白くなさそうな顔をした。自分の兄と、恋人が似ていると言ったのが気にくわないのだろう。だが、事実なので仕方がない。


「……兄に関しては、何とかなると思います」


 口を開いてそう言ったのはレンナルトだった。グレーゲルがフルトクランツ侯爵家の次男を眺めて言った。

「いいのか? お前の兄を討つことになる。目撃情報もある。かばいだてはできない」

「わかっています」

 先の会議の時とは別人のようにしっかりと、意志のこもった目でグレーゲルを見ていた。

「兄はもう、引き返せないところまで行ってしまった……ならせめて、身内である僕の手で、決着をつけます」

「……どうやら、嫁の説教が効いたらしいな」

「ええ。それはもう」

 ニコニコとレンナルトとグレーゲルがそんな会話をして、エドラに視線が集まった。これで、どれほど鈍かろうと『嫁』と揶揄されたのがエドラだとわかるだろう。しかし、エドラは平然としていた。かけらも表情を動かさず、ただ首をかしげただけだ。内心緊張していたが、意地でも隠した。ひねくれ者の証拠だ。たぶん、レンナルトとグレーゲルしかいなかったら、素直に赤くなっていただろう。

 帝国側の動きが全く不明なため、動きようがない。なので、スパイ狩りを行うことにしたらしい。『スパイ狩り』というとなんだか怖いが、要は帝国スパイを見つけ出して拘束し、国外に放り出すのだ。つつけばあわてて出てくるだろう、という読みである。あたるかわからないけど。


 そんな中、エドラはレンナルトに同行してヨアキムを捕らえることになった。生け捕りが不可能な場合は殺しても良い、というお達しは出ているが、二人の心情的にも生かして捕らえたい。……難しいだろうな。

「そう言えば、フルトクランツ侯爵と侯爵夫人にはヨアキムのことを伝えたの?」

「うん……一応ね」

 レンナルトの弱気な口調に、エドラは「そう」と答えることしかできない。どうやってヨアキムに接触し、彼を討つか。その作戦会議中である。

 フルトクランツ侯爵夫妻も、ヨアキムをこのままにしておくことはできないとわかっているだろう。生きていてくれたことはうれしい。しかし、自分たちとは別の道を歩み、敵対するようになってしまった。

「父上は大丈夫だけど、母上は納得していないかもね……」

 まあ、母親としては割り切れないところもあるだろう。仕方がない。

「その時がきたら、一緒に説明してあげるわよ」

 しかるべき時が来たら、レンナルトとともにフルトクランツ侯爵夫人に言おう。そう思って言うと、レンナルトが笑った。

「そんなことしたら、『それはいいから嫁に来い』って言われるよ」

 どうやら、ヨアキムに関してはレンナルトの嫁より順位が低いらしい。何だそれは。

「……どうして兄さんは、ニヴルヘイムに戻ってきたんだろう」

「さすがにそれはわからないけれど」

 エドラが小首を傾げてレンナルトを見上げる。彼には珍しい、どこか気弱な笑みを浮かべていた。


「魔法ではなく科学に魅入られただけなのなら、ずっと帝国に入ればいいだけの話だ。資源管理局の言うようにこの国の地下に潤沢が地下資源があるのだとしても、それを欲して攻め込むのは、自分でなくてもよかったはずなんだ。……なのに、兄さんはやってきた」

「……」


 確かに、それもそうだ。ヨアキムが身元が割れる危険を冒してまで、ニヴルヘイムにやってきた理由はなんだろう。ニヴルヘイムを制圧する自信があるのだろうか。さすがに、そこまでではないと思うが。

「……まあ、それも聞いてみればいいわよ」

「……そうだね」

 レンナルトが薄く微笑み、エドラの頬を撫でた。エドラはされるがまま、撫でられている。

「僕も君くらい、強ければよかったんだけど」

 レンナルトのつぶやきに、エドラは言う。

「私は強いわけではないわ」

「割り切っているだけ?」

 レンナルトにセリフの先を越されて、エドラは少しむくれた。レンナルトがそのむくれた頬をつつく。


「そのわりきりの良さも、君の強さの一つだよ」

「……」


 レンナルトの言葉に賛同しかねたが、今度は彼女がレンナルトに尋ねた。

「ねえ。どうやってヨアキムを見つけるの?」

「うん。それが問題だね」

「……」

 先ほどからそれが問題だったと思うのだが……。ただ、レンナルトには考えがあるようだったので、エドラは、無駄につっこまないようにしようとは思っていた。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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