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47.いい趣味してるわ










 何を言っているのだろうか、この男は。


 と言わんばかりにレンナルトを見上げたエドラは、何度か目をしばたたかせた。それから、ふっと笑いだす。

「ははっ……あははは!」

 一度こらえようとして、失敗して結局噴出した。腹を抱えて笑いだすと言う、普段のエドラからは想像できない姿に、レンナルトは面食らいながらも不安げに彼女を見ていた。

 ひとしきり笑って落ち着いたエドラは、笑いすぎて出てきた涙をぬぐいながら言った。


「そんなことを気にしてたの?」


 状況としては、昔の恋人が出てきた感じだろうか。現恋人の兄だけど。しかも、実際に恋人だったわけではなく婚約者であるし、当時十二歳の子供が、十八歳の少年を愛していたかと言われると微妙な問題だ。あこがれはあったけど。

 エドラはレンナルトにかなり手厳しいことを言ったので、それについて気にかけているのだろうかと思っていれば、違った。エドラは嫌なことを言ってしまったと自己嫌悪に陥っていたと言うのに。


 それについては、レンナルト曰く、

「誰かが言わないといけないことだった。嫌なことだけどね。あの状況で口を開けた君は、敬服に値するよ」

 とのことだ。エドラは「お、おお」と驚いただけだったが、内心、心拾いな、と思っていた。


 現在に戻る。エドラはレンナルトの手をつかみ、彼を見上げると今までにないくらい優しい笑顔を浮かべた。


「ヨアキムのことが好きか嫌いか、と聞かれれば、好きだったと答えるしかないわね。だけど、愛しているのはレンのことだけだよ」


 普段であれば、自分の発言に赤面するくらいのセリフであるが、この時ばかりはそうはならなかった。エドラは今までの印象を覆すほどにっこりと笑って見せた。レンナルトが大きく目を見開く。

「そんなに驚くこと?」

 小首をかしげたエドラにレンナルトは突然口づけた。今度はエドラが目を見開く。強引に押し入ってきたものにエドラは身をすくませる。反射的にレンナルトを押し返したが、体勢が悪いのかびくともしない。

 彼が満足して解放されたあと、エドラはまず苦しかった呼吸を整えた。考えてみれば、人間鼻呼吸が主であるはずなのに、その自然な呼吸ができなかった。

「……びっくりしたじゃない」

 エドラがレンナルトの胸のあたりをたたきながら言った。憮然とした口調だったが、その頬は赤い。

「ごめん、うれしくて……」

 レンナルトがエドラを抱きしめたまま言った。抱きしめられながら、そう言えば、自分の思いをはっきりと言ったことはなかったのかもしれない、と思った。

「……それは、よかったわね」

 少し離れようとするエドラに、レンナルトは「恥じらう様子も可愛いね」と言った。こいつ、本当にサディストである。


「それで、覚悟はいいのね」


 切り替えて尋ねると、レンナルトはうん、とうなずいた。


「もう君に怒られたくないからね」


 そう言ったレンナルトの表情がらしくもなく悲しげだったので、やはり兄と戦うのは嫌なのだろうな、と思った。エドラも嫌だ。自分に良くしてくれた相手と戦うのは。それでも、敵なのだ。

 戦争をしている時も、足を引っ張る味方よりも気さくで気のいい敵兵などもいた。それでも、知り合った彼らと戦場で出会えば戦わねばならない。やられる前にやらなければ。

 気づけば、エドラも悲しげな表情をしていたらしい。レンナルトが彼女の頬にそっと手を当てた。

「君にそんな顔をさせるなんて、やっぱり兄さんは許されざるべきだね」

「何言ってるのよ……あなたのせいかもしれないでしょ?」

「それは失礼した」

 レンナルトがエドラの顎に指をかける。エドラはとっさに彼の口を手で覆った。

「優しくしてね?」

「……いろいろ勘違いしそうなセリフだね」

 エドラの手を退けてから彼はそう言い、しかし、彼女に優しいキスを贈った。











 冬の日は短い。昼過ぎ、エドラは街へ出かけたが、すでに太陽は傾いてきていた。まあ、日が暮れるまでにはまだ余裕があるだろうが。

 ベージュのコートにマフラー。髪を束ねてサングラスをかければ、どことなく青年めいて見えるエドラだ。まあ、口を開けば声で女だとわかるが。

 花屋に入ったエドラは適当に花を見つくろった。花屋の店員は、冬であまり品種が多くないのだ、と言う。冬咲きの花もあるが、ニヴルヘイムの冬をなめてはいけない。

 花束を作ってもらうと、それを持ってエドラは貴族街にある墓地に向かった。門番に礼をして中に入る。目指す墓石の前に人がいて、エドラは眉を吊り上げた。


「自分の墓参り? いい趣味してるわ」


 サングラスを押し上げながら言うと、こちらもサングラスをかけている栗毛の男性は、目元を隠したまま言った。

「ふん。生きているとわかった元婚約者の墓参りに来るお前もいい趣味してるよ」

「私には父の墓参りに来たと言う大義名分もあるもの」

 しれっとした態度でエドラは言ってのけた。エドラはサングラスの男、つまりヨアキムの側を通り過ぎて別の墓に向かう。ヨアキムもついてきた。ちなみに、先ほどまで彼が見ていたのは、九年前、自分の墓として作られたものである。最近では生前葬儀というものもあるらしいが。

 ちなみに、エドラはヨアキムの墓を見に来たつもりだった。素直ではないので、ひねくれて父の墓参りだとか言ったのだ。あとひと月ほどで、父が亡くなってから一年が経つ。早いものだ。


「一年ほど前に亡くなったそうだな。惜しい人を亡くしたな」


 白百合の花束を手向けるエドラに向かってヨアキムが言った。エドラは膝をついたまま答えない。ちらりと背後を見ると、ヨアキムは祈りをささげてくれたのでエドラは目を細めた。

「あんた、何で戻ってきたの?」

「何故だろうな。何故だと思う?」

 エドラの問いに、ヨアキムは問いで返した。いくつか考えられることはあるが、それを言う気にはなれない。エドラは人差し指を立ててそれを唇に当てた。

「あんた、何も言わないでしょ。なら、私も何も言わないわ」

「昔はもう少し可愛げがあったんだがな」

 ヨアキムが肩をすくめてそんなことを言った。

「私と普通に会話しているが、エドラ、お前、私が攻めて来たら戦えるのか?」

「無論。戦場たたき上げをなめるな」

「お前、なんでそうなったの」

 九年間の間にいろいろあったのだ。ヨアキムはふっと笑ったが、実際に笑っているわけではないだろう。

「三人婚約者が死んだんだったか。それで騎士に転向するとは、なかなかお転婆なお嬢様だったわけだ」

「あんたを含めれば三人だね。おそらく、そうかからずにそれは事実になるだろうね」

 遠回しにお前を殺す、と言ったわけだ。ヨアキムが今度は本当に笑った。

「面白いな、お前。昔よりもずっといい。ただ……魔女だな」

「いまどき珍しいか」

 エドラは鼻で笑うと立ち上がった。サングラスをかけ直す。

「ま、古の魔法が上か、最新の化学兵器が上か……と言ったところでしょ」

「なかなか頭が回るな、エドラ。魔法を抜きにしても勧誘したいくらいだが」

「遠慮しておくわ」

「だろうな」

 エドラはヨアキムに片手をあげてあいさつをするとその場を離れた。墓地から出た瞬間、どっと冷や汗が噴出してきた。

「……まあ、不意打ちされるとは思わなかったけど」

 エドラが知る限り、弟のレンナルトと同じく、ヨアキムも腕の良い剣士だ。格闘戦で来られたらエドラに対抗するすべはなかった。

 だが、エドラは、彼は何もしてこないだろうと思っていて、実際にそうなった。


「意外と勘もあたるものね」


 つぶやき、エドラはそのまま屋敷に帰った。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


エドラさん、でれる。いや、結構前からでれてたな……。


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