45.真顔で言うな、真顔で
巨人を追うエドラたちに、増援部隊が合流した。元帥のグレーゲルが自ら率いていた。
「元帥」
「エドラか。お前でもあれをどうにもできなかったのか」
馬をゆっくり歩かせ、エドラはグレーゲルの側に寄せた。彼女についてきたレンナルトがグレーゲルに対して黙礼する。
「申し訳ありません。ひとまず、指揮権はお返しします」
「ああ」
指揮系統が分断されているのはよくない。混乱を招く。場合によっては分けておくこともあるが、今回の場合は一本集中しておいた方が良いだろう。
「無理やり進行方向を変えたと聞いたけど」
あの巨人が何なのか、グレーゲルも気になるだろうに、尋ねたのはそんな事だ。何事にも優先順位と言うものがあるのだ。
「ひとまず、王都は外れるようにしたんですけど」
「あと、東の商路もね……だが、どうする? 魔術が使えないと聞いたが」
「そうなんですよね。魔術が使えれば、炎系の魔法で焼き尽くすんですけど」
この寒い冬に火の魔法を使おうとするエドラにツッコミは入れず、ひょい、と手をあげたのは古参騎士の一人だ。エドラが副団長を押し付けようとした相手でもある。
「もう少し南へ進んだところに、昔の採掘場がある。巨大な穴が空いていて、有毒ガスがたまっている」
そこに突き落として、爆発させる。過激なことを言うが、それぐらいしか方法が思い浮かばなかった。燃え広がるかもしれないが、エドラの氷魔法である程度抑えられるだろう。周囲は立ち入り禁止になっているし。
「では、それで行こう。エドラ、攻撃の指揮を頼む」
「了解」
「レンナルト、エドラを頼んでいいか?」
お願いになったのは、レンナルトはグレーゲルの部下ではないからだ。レンナルトはいつもの笑顔のポーカーフェイスではなく、真顔だった。グレーゲルも不審に思ったようだが、特に問い詰めることはしなかった。
エドラとレンナルトはグレーゲルの側から離れ、少し離れてしまった巨人を追う。いつもやる気なさそうな声を出しているエドラだが、この時ばかりは声を張り上げた。
「進路を変えるよ! さらに南方へ二十度!」
魔法と銃器が発射される。巨人の進路が南の方へ向く。
「……見えたぞ」
そう言ったのは、沈黙を保っていたレンナルトだ。近視が入っているエドラは「目がいいわね」と単純に感心した。
「全員、全ての火力を持って採掘場に突き落とせ!」
特に細かい作戦は必要ない。ただ、火力をぶつけて追いやればいいのだから。遠慮などする必要はない。ただ、魔術師は魔法の使い過ぎで倒れるかもしれないけど。
エドラは追い込みに参加せず、少しずつ魔法で採掘場の周囲を覆って行く。魔法式が使えないので、感覚に頼らなければならず、なかなか困難な作業ではあった。
巨人の足元が崩れ、採掘場に落ちた。火器を持っている騎士数人が火器を穴に放り込む。そしてすぐにその場を離れた。間髪入れずに爆発が起こった。かなりの轟音がしたが、エドラの魔法が穴を覆っており、さほどの衝撃はなかった。だが、魔法を使った張本人であるエドラが馬から転げ落ちた。
「エドラ!」
さすがに驚いたレンナルトが馬から降りてエドラを助け起こす。雪がクッションになって衝撃を緩和されたエドラは「大丈夫」と一言答える。
「それより、どう?」
「……まだ燃えてるけど」
エドラの氷魔法が覆っているため、熱は感じないが異臭はする。あまり長くここにはいない方がよさそうだ。
「大丈夫か?」
「大丈夫です」
近づいてきたグレーゲルに、エドラは手をあげてそう答える。彼は「お前の大丈夫は当てならんからなあ」と苦笑する。ではなぜ尋ねた。
エドラはレンナルトに引っ張られて立ち上がりながら尋ねる。
「そう言えば、元帥が出てきたと言うことは、王都は?」
「フォルシアン隊長に任せてきたが」
グレーゲルも馬を降りながら言った。エドラは「そうですか」と答えて、ふと思い出して手元で魔法式を組み立ててみた。ちゃんと組み上がる。それを見たレンナルトが、「あれが原因だったのか」と穴で燃え続ける巨人を眺めた。灰になるまで燃やすべきだろうか。結局、正体不明で終わってしまったが。
「自立型兵器ってところかしら」
「ん? 何?」
グレーゲルが首をかしげたが、エドラは「何でもありません」と首を左右に振った。
魔法が使えるようになったので、結界を張る。魔導師たちには申し訳ないが、もう少し頑張ってもらう。指示を出しながらエドラは考えた。
このタイミングで、あの巨人が出てきたのはなぜだろうか。王都に向かって進んではいたが、ゆっくりだった。対処する時間はあった。もしかして、わざと対処させようとしたのだろうか。だとしたら、本当の狙いは?
「……王都か」
「王都?」
「さっきからどうしたお前」
レンナルトの疑問符とグレーゲルのツッコミである。
「いえ……二十メートルもある大型人型生物が出てきたわりには、対処が簡単だったなと思って。だとしたら、こちらが陽動で今頃王都が襲われているんじゃないかしら、なんて」
「真顔で言うな、真顔で」
グレーゲルが顔をしかめた。あり得る、と思ったのだそうだ。数秒考えて、彼は「よし」とうなずき馬を引いた。
「エドラ、レンナルト、王都に戻るぞ。おい、ここを頼む!」
「あとは事後処理だけなので、お構いなく~」
グレーゲルと共にやってきた騎士がひらひらと手を振って答えた。グレーゲルが気さくなので、どうもノリが軽い。
嫌な直感と言うのはあたるもので、王都では戦闘が起きていた。そもそも関所があるのだが、突破されており、主に銃などの科学技術で襲撃されているようだ。
「どこの国だ? 人の国に勝手に入ってくるとは」
グレーゲルが怒りもあらわに言った。おそらく、帝国だ。彼の国はアスガードをはさんだ向こう側にある国で、ニヴルヘイムよりはるかに科学の進歩した国である。ニヴルヘイムとは正反対、と言ってもいいかもしれない。
科学の武器に対し、エドラは絶対零度の魔法を放つ。ただでさえ寒い空気が、一段と冷えてぴきぴきと凍っていく。
思ったよりも入り込まれていない。エドラが一方的に、襲撃者たちを叩きのめしていく。相手も引き際をわきまえており、波が引くように撤収していった。
その帰り際、襲撃者の一人にレンナルトが声をかけられていた。
「じゃあな、レンナルト」
兄の声で言われたレンナルトは、顔の見えないその襲撃者を驚きの目で見つめる。エドラが叫んだ。
「レン、それを斬れ! それはヨアキムではないわ!」
動いたのはレンナルトではなくグレーゲルだった。レンナルトの兄の声でしゃべったその襲撃者を切り裂く。妙な手ごたえに顔をしかめた。
「なんだ?」
「人形ですね」
冷静にエドラは言った。グレーゲルも「見りゃわかる」と応じる。
「……本当人形だな」
「いわゆる、お人形遊びとかに使う人形と同じ素材ですね。すると、侵入者……つまり人間は、思ったより少ないのかもしれませんね」
大人数に見せかけて、実は少人数の犯行だった? さすがに判断材料が少なすぎる。
「それより、あれはどうするんだ」
「……」
あからさまな引っ掛けに引っかかったレンナルトに、さしものエドラもどういえばいいかわからなかった。戦場で二年を過ごした彼女は、わからないなりにヨアキムと敵対者だと判じたが、実の兄弟であるレンナルトはすっぱりと割り切ることができないのだろう。
「……まあ、ちょっと考えておきます」
「頼む。それと、お前はここの氷を何とかしてくれ」
ふと周囲を見渡すと、家々が凍り付いて氷の彫像のようになっていた。ちょっとやりすぎたかもしれない。
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