44.当然の配慮よね。
現場に到着したエドラは、それを見上げた。首をのけぞらせなければ、一番上を眺めることができない。
「……何あれ」
「大きいね……」
さすがのレンナルトも言葉もないようだ。エドラも唖然とした。
体長約二十メートル、人型。確かにその通りだった。歩みは遅く、のし、のしと巨大な体を揺らしながら歩いていく。神話に出てくる巨人に、どこか似ていた。
「二足歩行だね。あの体躯で地面が沈まないのはなぜなんだろう」
「頭もあるわ。頭髪もあるわね。……本当に人型だわ」
レンナルトとエドラがそれぞれ言う。そんな二人に、騎士が駆け寄ってきた。
「副長! ……と、連隊長?」
近衛が出張ってきたことが不思議なのだろう。その騎士は首をかしげたが、エドラが気にせず「どうなってるの?」と尋ねたために彼もレンナルトを気にしないことにしたらしい。
「それが……突然、あれが出現しまして……」
「うん?」
腑に落ちなかったが、話をそらしたくないのでエドラは黙っていた。
「王都に向かって、進み始めたんです。歩みは遅いですが……魔法が使えず、監視するしかなくて」
「うーん……」
さすがのエドラも困った。レンナルトを見てみたが、彼も肩をすくめただけだ。そう言えば、彼は護衛のエキスパートであり、攻めるのはエドラの専門分野である。
「……ちなみに、剣や銃で攻撃はしてみた?」
「はい。ですが、あまり効き目はなくて」
と言うことは、一応効くのだろう。ただ、物体に対し、攻撃の威力が低すぎるのだ。文字通り、針で刺すようなものなのだろう。
「困ったわねぇ……」
頬に手を当ててエドラは思案する。その間にも巨人(仮)は王都へ近づいている。
「……あれ、自立移動しているのかしら」
「自分で立って歩いているように見えるけど」
レンナルトからのツッコミに、エドラは「そうじゃなくて」と返す。
「自分の意思で、動いているのかしら。誰かに操られて……んん~」
判断が付かず、エドラは首に手を当てた。しばらくしてから、「よし」と声を上げる。
「ひとまず、情報収集ね。周囲の住民の避難は完了している?」
「もちろんです」
「オーケー。では、少しつついてみようか」
そう言って、エドラはにやりと笑った。レンナルトが「そういう顔も素敵だねぇ」などと言っているのは無視した。今は緊急事態である。
「まず、銃器火器を出来る丈かき集めて来い。それと、魔法を使える魔術師を連れてきて。魔術じゃないわよ。魔法よ」
みな、いっしょくたに『魔法』と呼ぶが、厳密には魔法と魔術は違うのだ。魔法式と言うプロセスが必要なものは魔術、その人本来の能力が魔法と呼ばれる。もっと詳しく分けることもできるが、大まかにはそういうことだ。
「こういうことを聞くのは無粋かもしれないけど、何をするつもり?」
レンナルトの問いかけに、エドラは平然と答えた。
「火力集中で様子を見る。魔術は使えなくても、魔法は使える。魔術が使えないのなら、科学技術を使えばよい。そう言うことね」
「……君、結構頭柔らかいよね」
レンナルトが肩を竦めて言った。正攻法ではどうにもならない。そもそも、エドラも作戦を立てるときは魔術が使えることを大前提としているし、それがなかった場合の立案は初めてだ。
「君、初めからそこまで考えてあれだけの火器類を持ってきたの?」
「魔法が使えないのなら、当然の配慮よね」
ノルンに来るにあたって、エドラは騎士団本部から大量の銃器や火器を持ち出している。まあ、あの大きさのものにこれらが効くかどうかはわからないが。
エドラは銃器、火器を持たせた騎士たちを進行方向右側、魔法が使えるものたちを進行方向左側に配置した。近くの二階建ての建物の屋根に上ったエドラは叫んだ。
「遠慮することはない。撃ちきれ!」
広範囲に割っているが、エドラの澄んだ声は届いているらしい。砲撃、魔法攻撃がやむことはなかった。
「……駄目ね」
砲撃が止む頃、エドラはそう判断した。次の攻撃の準備をしている間に、エドラは責任者たちに指示を出す。
「現状戦力でやつを倒すのは不可能だ。今の速度で、王都への到達時間は?」
「約一時間後ですが……」
「なるほど。時間がないな。作戦変更だ。人気のない方へ、進路を変える。西方面へ向かわせよう」
エドラが南から北進してくる巨人を西方向へ向かわせようと判じた理由は単純で、東側には大きな商路があるのである。
「至急、増援を頼んで。銃器、火器、魔術師を進行方向右方へ集めて。足元を集中攻撃するわよ」
きっぱりと言い切ったエドラは、最初に「様子を見る」と言った時からこの方法を考えていた。騎士たちがあわてて言われたとおりに行動しだす。自身も魔術師としての戦力に数えているエドラも、右方へ移動した。もちろんレンナルトもついてくる。部下たちに言わせれば、いい護衛になるらしい。
再び高所に上ったエドラは「では」と右手を上げる。
「砲撃開始!」
その声と共に、彼らは巨人の足元に向かって砲撃やら魔法やらをうちこみ始めた。さらに、エドラも氷魔法をお見舞いする。先ほどもそうだったが、巨人は訳の分からないうめき声をあげたが、あまり効いている様子はない。巨人は砲撃から逃れるように左側……西の方向へを足を向けた。そのまま足元を攻撃させ続ける。
これらに関しては全く部外者でただの見学者であったレンナルトが、突然鋭い声をあげた。
「エドラ!」
「え? きゃっ」
似つかわしくないかわいらしい悲鳴を上げて、エドラはひっくり返った。レンナルトに強く腕を引かれたのである。その彼は、怪しげな仮面の男と剣を交えていた。エドラは跳ね起きる。
「任せた!」
「任された!」
エドラは自分への襲撃者をレンナルトに押し付けると、自分は巨人への攻撃を再開した。徐々に、巨人は西へと向かいかけている。側では剣戟の音が続いている。
かん、と剣戟にしては軽い音がしてエドラは思わず振り返った。魔法を出し切り、呼吸を整えているところだったのだ。
軽い音は、レンナルトが仮面を叩き落とした音だったらしい。その下に現れた青緑の瞳と栗毛を見て、レンナルトとエドラは目を見開いた。知っている顔だった。
「ふん。久しいな、我が弟と元婚約者殿」
嘲笑うような口調で彼はそう言った。エドラは見開いた目を今度は細めた。
「ヨアキム」
エドラは自分の最初の婚約者にして、現在の恋人の兄の名を呼んだ。その恋人は驚きに体を支配されたようで、硬直している。ヨアキムが剣を振り上げたのを見て、エドラはとっさに剣の柄に手をかけた。刀身を鞘走らせ、そのまま剣戟を受け止める。
「……っ」
ビリビリと腕に衝撃が走った。エドラの腕力で重い剣戟を受け止めるのはやはり無理があったか。彼女はそのまま受け流す。身をひねり蹴りを繰り出したが、足首をつかまれた。一瞬ひやりとしたエドラであるが、すぐに氷魔法をお見舞いして距離を取った。レンナルトの肩を揺さぶる。
「レン! レン、しっかりしろ!」
何度か揺さぶられてやっと我に返ったレンナルトは、兄への攻撃をためらっているようだ。攻撃されれば反撃する、という行動を続けている。
エドラは兄弟の戦いに水を差す方を取った。つまり、護身用に持っていた拳銃を左手で抜き取り、安全装置を外した。まっすぐにヨアキムの方に向ける。
「レン!」
エドラの声に反応したレンナルトが、少し体勢をずらした。エドラの発射した銃弾は、ヨアキムの右肩を撃ちぬいた。鮮血が彼の体を濡らす。
「可愛いだけのお嬢さんかと思っていたが、そうでもないみたいだな。覚悟はエドラの方が上のようだな、レン?」
「……兄さん」
絞り出すような声だった。レンナルトの声音にヨアキムはおかしそうに笑うと走ってきた馬に飛び乗って逃走した。しばらくそれを眺めていたレンナルトはエドラを振り返る。
「……エドラ」
「謝るのは後。今はあれをどうにかするよ」
エドラはレンナルトの腕を引っ張り、高所から降りた。離れて行く巨人を見ながら、騎士たちが戸惑ったようにエドラを見る。
「追うよ」
「了解!」
命令さえあれば、どこにでも行くのが彼らだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
なんちゃらの巨人ではない。