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37.魔女にも心はあるんだな









 一度エドラの目の前に現れたサムエル王子だが、すぐに姿をくらました。そして、エドラの方はと言うとサムエル王子の私兵に阻まれてなかなか前に進めないでいた。

 貴族の別邸と言えども、広さには限りがある。エドラの氷魔法は広域干渉魔法にあたる。狭い空間でも使用できないことはないのだが、かなり制限がかかる。自分……というより、味方にも被害が出る可能性があった。

 と言うわけで、この廊下を進む上での戦力の約八割はエーミルであった。エドラも白兵戦ができないわけではないが、どうしても実力的に劣るのである。

 エーミルに私兵を任せ、エドラはいろんな部屋の扉を開けて回っていた。そして、十数個目の扉を開けたとき、エドラは部屋の中に飛び込んだ。


「カーリン!」


 ソファに寝かされている少女の姿を見つけて、エドラは部屋に駆け込んだ。膝をつき、カーリンの名を呼ぶ。


「カーリン、カーリン!」


 肩を揺さぶると「んん~」と反応があった。どうやら眠っているだけのようで、エドラはほっとした。


「本当は殺してお前の反応を見てみたかったが、妹には何の罪もないからな」


 背後から声がかかってエドラは膝をついたまま振り返った。椅子に腰かけた人物を見て眼を細める。

「……それはありがたいことですね、サムエル王子」

「ふん」

 待ち構えていたサムエルは立ち上がって扉の方に向かった。エドラも続くように立ち上がる。

「のこのことやってきて、それほどに妹が大事か。魔女にも心はあるんだな」

 扉の向こうから、エーミルが現れた。彼はサムエル王子を見て微笑む。

「お約束通りに」

「ああ。好きにしろ」

 エーミルとサムエル王子のやり取りに、エドラは目を細めた。やはり、エーミルが『内通者』のようだ。


「ただし、あの女が生き残ったらだ」


 サムエル王子の冷ややかな声に、エドラは自分が拘束魔法陣の上に立っていることに、ようやく気が付いた。カーリンを見れば、彼女がここに立つとみなして、あらかじめ敷いておいたのだろう。わらわらと武装した男たちが入ってきた。もしかしたら、女性もいるのかもしれないが。


 十数人いるだろうか。エドラの白兵戦の腕では倒し切れないだろう。エドラの広域干渉魔法が強過ぎるため、一部屋に押し込めて物理的な力で対抗することにしたらしかった。


「できるだけ苦しめて殺せ。もし生き残ったら……その時はエーミルにくれてやる。物好きだな、お前も」


 サムエル王子は本気で理解できない、という表情で言った。まさかの茂木到来だろうか、とエドラは現実逃避気味に考えたが、考えただけで現実には動いていた。

 その場で魔法を発動したのだ。その場を動けなくても、エドラには関係ない。おそらく、対抗魔法も組み込まれていたのだろうが、エドラの魔法は『魔法』に近く、魔術では制限しきれないのだ。

「ふん。対策済みだ」

 サムエル王子が鼻で笑い、武装した男たちに「やれ」と命じたが、彼らはその場を動かなかった。動けなかったのだ。


「……王子。私のことを『氷の魔女』と言いましたね」


 だから、用意しているのは氷魔法の対策だけだろう。エドラはそう踏んだ。発動したのは真逆の過熱魔法だ。灼熱魔法ともいう。

 エドラは空気振動に干渉しているのだ。振動が少なくなれば冷えてくるし、多くなれば熱くなる。今、エドラと彼らの間には灼熱の壁ができているはずだ。

「……なるほど。考えておくべきでした。なかなかの策略家ですね、エドラ」

 そう感心したように言ったのは向こう側にいるエーミルだ。エドラとて、伊達にアスガード王国との戦争で総司令官の副官をしていたわけではない。


「だが、甘いな」


 ここは一階だ。窓から男が飛び込んできた。どうやら、向こうも対策はしていたらしい。エドラは拘束魔法陣を振り切ると、魔法障壁を彼らの方へ押しやるように移動させ、自分は襲ってきた男の攻撃を避けると、暗器を持ったその腕をつかんだ。男は反対の手に持つ拳銃をこちらに向けた。発砲する瞬間、エドラはその射線をずらしたが、銃弾がカーリンの眠るソファにあたってひやりとした。

 その隙をつかれ、エドラは男の攻撃を食らうことになった。暗器で左肩を貫かれたのだ。

「……っ」

 暗器を肩から引き抜きながら、背後を気にする。集中がぶれて魔法障壁が陽炎のようにぶれているが、あちらは大丈夫そうだ。加減を間違えると、発火するだろうが。

 銃弾が放たれ、エドラは魔法でそれを受け止めたが、魔法を使うことは、接近戦に慣れた者にとって隙を見せることになる。エドラはどちらかと言うと魔法戦に長けたほうなので、頭では理解していてもできないことはたくさんある。

 銃座で殴られた。すでに肩が上がらない左腕を犠牲にした。たぶん、折れただろう。痛みをこらえつつ、エドラはホルスターから銃を抜いたまま、腰の位置で銃を構えた。引き金を引く。

 これは当たらなかったが、男は少し驚いたようだ。エドラはすかさず回し蹴りを放つが、回避される。だが、手首に蹴りが当たったので銃は取り落した。足をつくと引き金を続けて二度引いた。すべてかわされる。

 迫ってきた男をかわし、肩を強く押した。その男が足を踏み入れたのは拘束魔法陣の上だった。先ほどエドラがとらわれていた位置。どきり、としたが、もちろんエドラは仕掛け人ではないので魔法が発動するわけがない。だが、男は隙を見せた。その背に銃弾を三発撃ち込んだ。


「……まあ、死んではいないだろ」


 薄情にもそんなことを言いながらエドラは銃に銃弾を詰め直した。余裕ができたところで灼熱魔法の方を見る。

「……あら」

 魔法障壁の向こうに人影がない。みんな逃げたのだろうか、と思っていると、そうではなかった。

「エドラさーん。これ、暑いんで解除してくださいよ」

 暢気に言ったのはヴィリアムだった。エドラは言われたとおりに魔法を解除する。

「レンの差し金? それとも元帥?」

「両方ですねぇ」

 ニコッと言われて、エドラはため息をついた。どうやら、あの二人はエドラをおとりにして面倒なものをすべて捕まえようとしていたらしい。

「全員捕まえた?」

「ええ。抜かりはありません」

 エドラのそんな心情を知ってか知らずかヴィリアムがうなずいた。

「取り逃がしたりしたら、連隊長に締められますからね」

「ああ、そう……」

 笑いながら言われても、あまり説得力がないのだが。ひとまず、これで逃亡は心配しなくてよさそうだ。エドラは、飛び込んできたが彼らをどうしようかと思っていたのだ。最悪、別荘ごと凍らせようと思っていた。


「んん……あれ、エドラ姉様?」


 ぽやんとした声が聞こえ、エドラはしゃがみ込んだ。倒した男は押しやる。と言うか、ヴィリアムが回収してくれた。

「カーリン。どこか痛いところはない?」

「え、ないよ」

 ぽかんと答えるカーリンに、エドラは呆れとも安心ともつかぬため息をついた。カーリンが首をかしげている。

「ひとまず、無事でよかったじゃないですか。帰りましょう。サムエル王子がいれば、何とでもなりますし」

「……そうだね」

 エドラはよいせ、と立ち上がる。ヴィリアムが左肩の傷を止血してくれたが、彼は治癒魔法が使えないらしく、あとで医師に見せる必要がある。


「カーリンちゃんも、一緒に帰ろうね」

「はい」


 状況がわかっていないだろうに、カーリンがヴィリアムの言葉に素直にうなずいた。エドラがいるから安心しているとわからないではないが、誘拐とかされないか、ちょっと不安になるエドラであった。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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