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36.見た目だけはいいからね










 エドラは数週間ぶりに王都にあるラーゲルフェルト伯爵家へと帰還した。


「ただいま~」


 いつも通り、気の抜けた調子で告げると、奥から弟にしてラーゲルフェルト伯フランが走ってきた。

「何暢気なこと言ってるんですか! お帰りなさい姉上!」

「お前はちょっと落ち着こうね。ねえフラン。屋敷にいる使用人を全員集めて。誰も外に出していないわね?」

「あ、はい。マリー姉上が出すな、と言うので……」

「ん、上出来」

 さすがはマリーである。エドラの不在をうまく補ってくれたようだ。

「お前も、よく頑張ったよ」

 エドラがフランの頭を撫でると、フランはくしゃっと顔をゆがめた。

「姉上、ごめん。僕……」

「お前のせいじゃないよ。九割がたは私のせいだ」

 最後にくしゃくしゃと髪をかきまぜて、エドラはフランの背中をたたいた。


「ほら、泣くのは後にして全員、集めてきてよ」


 この屋敷に置いて、主人はフランだ。例え、エドラの方が年長者だとしても、法の上ではフランが主人なのである。


 ほどなくして、フランはエントランスに使用人たちを集めてきた。長く使えるものから、最近雇い入れたものまで、伯爵家としては標準的な人数だろう。

「でしゃばってきてごめんなさいね。カーリンと最後に一緒にいたのは?」

「私です」

 そろそろと手をあげたのは、エドラと同年代の侍女だった。


「カーリンと庭に出ていたのよね? 何故目を放したの? ……ああ、怒っていないわ。確認したいだけよ」


 エドラが淡々と言うので、侍女は慄いたようだ。銀髪にアイスグリーンの瞳を持つエドラは、無表情だと怖い、と言われることが多い。


「わかっているわ。四六時中見張っているなんて不可能よ。そうでなくても、うちの妹たちははねかえりなんだから」


 と、おそらくラーゲルフェルト伯爵家で一番の跳ね返り娘が言った。侍女はまだ怯えながらも言った。

「その、呼ばれて」

「呼ばれた? 誰に?」

「えっと、その……」

「答えて。誰に呼ばれたの?」

 少しきつめの口調で言う。マリーよりは弱いが、エドラも精神干渉魔法が使える。彼女の場合は現実に対する干渉力に力が大幅にふられているため、その力が氷として目に見えるようになっているが、元は同じ力である。

「その、この屋敷の使用人ではないと思うんです。ただ、黙っていろと言われて……」

「誰に?」

 侍女は、今度は素直に一人の男性使用人を指さした。エドラの視線がその若い男性使用人に向く。射抜くような冷たい色の瞳で見つめられたその男性使用人はあわてた。

「ち、違う、違います! 俺も、頼まれただけで!」

「頼まれた?」

「あ、ああ、じゃなくて、はい。その、買いだしに行ったときに、そう声をかけられて……」

「姉上……」

 フランが不安げにエドラを見上げた。その姉は「なるほどね」とつぶやき、先ほどの侍女につかつかと歩み寄った。


「カーリンがどこに連れて行かれたか、知っているわね」


 一般女性より長身のエドラは、その侍女を見下ろして言った。侍女は「へ?」と首をかしげる。

「その、目を放してしまったのは私の落ち度ですが、どこに連れて行かれたかまでは……」

 当然の主張に思える。しかし、エドラは言った。

「おかしいのよ。だって彼は、頼まれただけで声をかけたなんて言っていないわ。話を合わせろ、とでも言われたのかしら」

 あと、とエドラは侍女の顎に指をかけて上向かせると、凄絶に笑った。

「あなた、どこの誰?」

 正直なところ、これは確信を持って言ったわけではなく、はったりに近かった。エドラは屋敷を長期間不在にすることが多いため、使用人の顔をすべて知っているわけではない。何となくはわかるが。そのため、だいたいの人が『あんた誰』状態であると言っても過言ではない。

 だが、エドラの勘は当たったようだ。侍女は涙目で訴えた。


「だって……あの方が私のこと、きれいだって言ってくれて……」


 金をつかまされたわけではない。ただ、たぶらかされただけだった。エドラは侍女から指を放すと、首に手をやった。

「……あの男、見た目だけはいいからね」

「あの方をご存じで!?」

「命のやり取りをしたことがあるんだよ」

 エドラは腹立ちまぎれに顔を輝かせた侍女にデコピンした。それほど痛くなかったはずだが、侍女は反射的に「あいた」と言って額を押さえた。

「命のやり取りって……エドラ様、何をなさったのですか」

「半年前まで戦争してたからね。と言うか、早く言わないと前髪切るわよ」

 何となくやり取りがコントじみてきたが、侍女はこれに慄いたらしく、カーリンの行先を教えてくれた。その瞬間、エドラは屋敷を出にかかる。

「ちょ、姉上!」

「ああフラン。後よろしく。その二人、どうするかはお前に任せる。お前と母上は屋敷を出るなよ。私とマリーのことは心配無用。以上、行ってくる」


「早いよ! いつもやる気ないくせに!」


 そう叫びながらも「行ってらっしゃい、カーリンをお願い!」と言ってくるので、うちの家族はやはり結構面白い。

「行先はわかりましたか」

 門を出たところで声をかけられ、エドラは思わず目をしばたたかせた。

「……ごめんなさい。置いてきてしまったわ」

 エーミルだった。一緒に行く、と言っていたのに、エドラがうっかり宮殿に置いてきてしまったのである。

 しかし、彼は怒ることなくラーゲルフェルト伯爵家の前で合流した。よい判断力である。


 エドラはつないでいた馬の縄をほどくと、一息に鞍に乗った。

「東へ向かうわ」

 簡潔に言ったエドラに、エーミルも馬に飛び乗ってうなずいた。彼は何も聞かずについてくるようだ。

 やがて、エドラが目を付けたのは廃棄された貴族の避暑地の別邸だった。馬から降りて近くの木につなぐ。

 おそらく、間違いない。ラーゲルフェルト家の侍女に聞いた話と一致するし、エドラの精神干渉魔法が「ここだ」と告げている。たぶん、マリーを連れてくればもっと正確にわかったのだろうが、そういうわけにはいかない。エドラだと限界があるが、やれるだけやるしかない。

 さすがに、エドラもエーミルも騎士服を着ていなかった。エドラはロングコートの裾を翻し、エーミルを振り返らずに別邸に入ろうとする。

「エドラ、気を付けて」

「……わかってるわ」

 エーミルの忠告に、エドラは少し間を置いてから答えた。少し緊張しているのだ。だが、彼女はためらわずに別邸の中に入った。

 約三年、彼女は戦場にいた。その間、彼女は最前線で戦っていたことになるが、ほとんどは後方支援であった。彼女自身が、騎士と言うより魔術師の側面が強いためである。

 それでも、何度かエドラは前に出たことがある。まだ副団長を拝命していなかったころだ。


 氷姫、氷の魔女、様々呼ばれる彼女だが、『魔女』と言う呼び名は彼女の能力の一端を示していると言える。


 彼女は一種の戦術兵器なのである。言い方は悪いが。つまり、彼女一人で戦場の流れを変えることが可能だと言うことだ。


 アスガード軍に押されている戦況を覆すため、エドラは、敵陣の奥まで侵入したことがある。そこで解放された絶対零度の氷魔法に、アスガード軍は戦慄したことだろう。


 そして、その中に、いたのだ。


 アスガード王国軍総司令官、第二王子サムエルが。


「よう。一年ぶりか、この時を待っていたぞ。ニヴルヘイムの氷の魔女」


 エドラより二、三年上の青年。濃い金髪の王子が、憎しみを込めた目でエドラを睨んでいた。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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