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30.歌が上手だそうね









 これ見よがしにサロンの中にピアノが置いてあったのはこのためか。グランドピアノではないが、なかなか良いピアノである。どこから出してきたのか、ヴァイオリンとチェロが用意された。

「エドラ、チェロに触れるのは久々かしら」

「いえ。戦場でたまに弾いていました」

 チェロはたまに鈍器になっていたが、娯楽の少ない最前線で、エドラは壊れてよく奏でたものだ。グレーゲルもエドラの音楽を好んでいたので許されたことである。

 ぽろん、ぽろん、と調律のために奏でられる音に周囲の視線が集まる。好奇の目が三人に集まった。


「カロリーナ様。『ブリュンヒルト』をご存知ですか?」


 マリーの問いに、カロリーナは挑発的に「ええ」とうなずいた。エドラも知らないことはないが、近くにいた使用人に楽譜を所望した。カロリーナが目ざとくそれを見つける。


「あら。エドラさんは『ブリュンヒルト』をご存じなかったかしら?」


 『ブリュンヒルト』は両家の子女が学ぶ上級に位置する音楽である。エドラは「いえ」と首を左右に振る。

「大丈夫です。カロリーナ様の足手まといにならないようにしますね」

 エドラが少し目を細めて言うと、カロリーナはちょっと面白くなさそうな表情をした。エドラが怒ることを望んだのだろう。

 言いだしっぺとして、マルギットが指揮を執った。と言っても、さんはい、と最初の出だしをそろえただけだが。ピアノの主旋律にヴァイオリンとチェロがついて行く。

 本当に、ついて行く、という感じだ。カロリーナに合わせる気がないのだ。エドラは楽譜を見ながらではあるが、ちゃんと旋律をたどっている。マリーは言わずもがなだ。

 それでも何とか音楽として成り立っている。カロリーナの技量よりむしろ、エドラとマリーの技術力で音楽として成り立っているということだ。たぶん、まあ、誰もそのことに気付いていないだろうが、とてもやりにくい。

 それでも弾ききった姉妹である。おおー、と拍手が起こった。ひとまず、恥はかかずに済んだようだ。カロリーナをぎゃふんといわせよう、というか注意をしようと思ってやってきたのに、怒ってしまいそうだ。

 しかし、見た目は特に問題がないのでカロリーナに対して何も言うことができない。エドラは目を閉じて息を吐いた。

「さすがね!」

「とてもよかったわ」

 アグネスとマルギットが声をあげた。ちらほらと称賛の声が上がるが、カロリーナがいるからだろう。カロリーナは当然だろうという顔で、やはり鼻持ちならない。女性の敵を増やす理由がよくわかる。


「ねえ、エドラ。前に聞いたのだけれど、歌が上手だそうね」

「……」


 これがアルノルドだったら顔が死ぬところであるが、妹のアグネスが発言者であり、カロリーナも見ているので耐えた。真顔であったが。

「そうなのですわ、アグネス様。お姉様はほんっとうに歌がお上手なのです」

「……マリーのは身びいきなので、本気になさらず」

 何とかそれだけ言ったが、マリーは「お上手ではありませんか!」とニコニコと言ってのける。カロリーナの機嫌が一気に下降した。

「叔父上と叔母上も上手だって言っていたわ」

 アグネスが邪気なさ気に言う。なさげだが、カロリーナの鼻をへし折って野郎くらいは思っているだろう。自分でやらずに人に押し付けているのが何とも言えないが。

 戦場では、チェロのほかに歌を歌うこともあった。鎮魂歌と言うやつだ。妹マリーの場合は歌に付随する魔法能力に重きがあるが、エドラの場合は単純に歌がうまいのである。だからと言って、彼女の能力に魔法力が付随しないわけではない。


「ねえエドラ。歌、聞いてみたいわ」


 アグネスがトドメの言葉を放った。エドラは沈黙する。これは、どうするべきだ。

「いやあ、妃殿下のサロンですので、私の一存では」

 遠回しに断ろうとするが、サロンの主催者は手をたたいて「いいじゃない」と言った。

「サロンって、もともとそう言うところでしょう? あなたは魔法のこととかを話したほうが楽しいかもしれないけれど」

 いや、そんなことはないが。戦術のことなどについては楽しかったりするが。そういう問題でもない。

 確かに、もともとサロンと言うのは知識人たちを集めて語り合う場だったという。知識人と言っても様々で、法学者や医者、歴史学者などもいれば、音楽家のような人たちもいた。主催者によっては、音楽界のようなところもあったという。

 そう考えれば、三重奏をしたことも不自然ではないし、エドラが歌うことも不自然ではない。

 しかし、歌と三重奏では決定的に違うことがある。


「歌うのも演奏もそんなに変わらないでしょう?」


 いや、変わる。歌が入ると、途端に歌い手に注目が集まる。この場合はエドラに注目が集まり、伴奏になるであろうカロリーナは注意を引けないだろう。

 そもそも、カロリーナに注意をしたいというのが目的だから、これでいいのか? エドラは本当に刺されるかもしれないが。

「何がよろしいですか、アグネス様」

「そうね……」

 マリーがアグネスに問いかけ、エドラはこれは後には引けないな、と思った。アグネスが言った曲名にうなずくと、エドラはマリーに言った。

「伴奏お願いできる?」

 別になくてもいいが、聞き手には歌と共に伴奏があった方が良いだろうと判断したのだ。マリーがカロリーナを見る。

「カロリーナ様、一緒にやりませんか? もし曲をご存じなければ、わたくしがピアノ伴奏をしますが」

「……曲は知っているわ」

 つんとしてカロリーナは言った。やるともやらないとも言っていないが、ピアノの前から動かないので伴奏してくれる気はあるようだ。エドラは立ち上がると、準備とばかりに窓を開けた。その場でエドラはくるりと室内の方を向く。何となくみんなこちらを注目しているようだ。カロリーナの機嫌は最下層まで下がるだろうな、と思った。

「では」

 さん、はい、というマルギットの合図で、ピアノとヴァイオリンの演奏が始まる。合わせてエドラが口を開いた。


 女性にしては低音の歌声だろう。歌うのはバラードだ。宮廷楽師に請われるくらいには、エドラは歌がうまいとのことだ。自分ではよくわからないが。

 マリーもうまいのだが、たぶん、二人の肺活量の違いではないだろうか、とエドラは勝手に解析している。

「ありがとうございました」

 歌い終えたエドラは、スカートをつまんで挨拶する。再び拍手が起こった。アグネスが「すごいわ!」と手をたたく。

「本当に上手ね!」

「いえ、それほどでは。カロリーナ様、ありがとうございました」

 一応礼を述べたが、カロリーナは無視した。ため息をつきそうになって、耐える。これは一人で出歩かない方が良いパターンか? でも大丈夫なような気もしなくはない……微妙なところである。

 目的が完遂できそうだから……ではなく、もうすでにずいぶん時間が経っていたので、解散としたのだ。アグネスがエドラの手を引く。

「エドラ。一緒に庭を見に行きましょう!」

「わたくしもご一緒してよろしいですか?」

 マリーが名乗り出てくる。マルギットが「悪いけど、相手してあげて」と微笑む。

「あなたが一緒なら安全でしょ」

「そうとも限りませんが……」

 むしろ、現状況では一番危険ではないだろうか。カロリーナが何か考えているかもしれないし。

 だが、アグネスもマリーも乗り気なので、一緒に庭に出ることになった。エドラは嫌な予感しかしないが。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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