29.一興ではなくて?
結い上げた髪に落ち着いた青のドレス。ふくらみ過ぎないスカートは、彼女の足の長さを強調していた。騎士にしては華奢な体をドレスに包んだエドラは、最後に妹マリーにネックレスをつけてもらっていた。
「できました!」
満足げにマリーは胸を張る。立ち上がったエドラは、いつもより視線が高い。ただでさえ長身な彼女であるが、今回は細いハイヒールを履いている。
「なんだか落ち着かないわ……」
五年前まではこのような格好で日常を過ごしていたはずなのだが、長い騎士団での生活が彼女を変えたらしい。騎士服と言うのは機能的に出来ているもので、それになれると途端にドレスが動きづらく感じる。
とはいえ、今のところエドラはまだお嬢様として育った期間の方が長い。しばらくすると振る舞い方を思い出してきた。部屋の端から端まで歩いてみる。足元もぐらつかないし、大丈夫そうだ。
濃い青とアイボリーのスカート部分を大胆に持ち上げて、エドラはガーターベルトに短剣を差しこんだ。通常、サロンに武器類は持ちこめないのだが、今回は特別だ。と言っても、そう言うのであればエドラは存在自体が武器のようなものであるが。
「お姉様。セクシーですわね」
マリーが嬉々として言った。スカートは元の位置に戻り、エドラは呆れた表情になる。
「マリー、私も大概だけど、あなたも相当残念ね」
「今更ですわ」
すぐさまそんな返答があった。マリーも自覚しているらしい。
似たもの姉妹は、仲良く並んで招かれた王妃のサロンに向かった。母のソーニャも招かれているが、姉妹は先に城にいたので、別入りとなってしまったのである。
似たもの姉妹であるが、ドレスの雰囲気はまったく違う。どちらかというとタイトなデザインであるエドラに対し、マリーはふわりとした雰囲気だ。色こそ淡い紫と言う似た傾向の色であるが、デザインが全く違うので雰囲気も違って見えるのである。髪型もマリーはふわふわとしているように見える。ある意味、似たような格好を好むカロリーナに喧嘩を打っていた。
まあ、うちの妹の方が可愛いけど……。
と思ったエドラは、なるほど、これが主観か、と納得した。どちらが可愛いと思うか、それは見たもの次第なのである。
王妃のサロンに到着した。近衛連隊の騎士がエドラを見てマリーを認識し、もう一度エドラを見て驚いた表情をした。失礼な連中である。
「まあ! よくいらっしゃったわね」
王妃マルギットが弾んだ声をあげた。一応、打ち合わせをしていたのだが、心からそう思っているような弾んだ声だった。姉妹はそろって礼を取る。
「お招きにあずかり光栄です、妃殿下」
「そんな他人行儀にしないで。知らない仲ではないでしょう? マリーはいつもだけれど、エドラもやはり美人ねぇ」
マルギットが背の高いエドラを見上げてしみじみと言った。いや、ハイヒールを履いているので本当に背が高いのである。周囲より顔半分抜けている。……って、それはいつもか。
周囲のサロンに集まった令嬢や夫人の好奇の目がエドラに突き刺さる。年若いお嬢様たちはともかく、二十歳以上のご婦人がたはエドラの来歴を知っているはずだ。三人目の婚約者を亡くした彼女は、驚くべきことに、騎士団に入団したのだから。当時はセンセーショナルな話題だったことだろう。
そんな、社交界から遠ざかっていた女性騎士が王妃のサロンに淑女として姿を現せば注目を集めるのも当然だ。いくつかテーブルがある中、王妃がいる最も広いテーブルについている目標、つまりカロリーナが面白くなさそうな顔をしていた。まず、第一段階は成功したらしい。
「今、カロリーナ姫とお話をしていたの。あなたたちもどう?」
「ご一緒させていただきますわ」
「妃殿下のお望みとあらば」
それぞれマリーとエドラの返答であるが、エドラの応えはマルギットに「職務中みたいねぇ」と言われるくらいには騎士らしかったようだ。
予定通り、マルギットがエドラとマリーをカロリーナの側に連れて行く。マリーは巻き込まれる形になるが、まあ大丈夫だろう。図太いし。アグネスも近くにいるが、こちらは巻き込まれないように黙り込んでいる。それから、同年代の夫人が集まっている辺りで、ソーニャが心配そうにちらちらと娘たちのことを見ていた。
「カロリーナ姫、お話しするのは初めてかしらね。ラーゲルフェルト伯爵家のエドラとマリーよ。エドラは騎士侯でもあるわ。年も近いし、仲良くなれるでしょう」
と、マルギットは無責任なことを言ってくれるが、カロリーナとしては遊学に来ている国の王妃にそこまで言われては、さすがに姉妹を無視できない。彼女は微笑んで言った。
「アスガードから参りました、カロリーナですわ。エドラさんとはお会いしたことがありますね」
相変わらず偉そうな口調ではあったが、ひとまずはあいさつさせることに成功したということである。名指しを受けたので、エドラが先に口を開いた。
「覚えていていただいたのですね。光栄ですわ、カロリーナ姫様。エドラ・ラーゲルフェルトと申します。不肖ながら、王国第一騎士団副団長を賜っておりますわ。仲良くしていただけると幸いです」
おっとりと微笑み、エドラはつらつらと言った。マルギットが珍しげな様子でエドラの顔をとっくりとみている。まあ、いつもやる気がなさそうなエドラがこんな笑みを浮かべていればだれでも驚く。
「……騎士の恰好の時は気づきませんでしたけど、細くてうらやましいですわ、エドラさん」
おおっと。これは嫌味を言われたか? 副音声で無駄に背の高いがりがり女、と言われている気がする。さりげなく華奢なのを気にしているエドラはちょっと傷ついた。
「身内の欲目ではありますけど、お姉様は格好いいのでこれでいいのですわ」
しれっとマリーはそう言ってカロリーナに笑みを向けた。
「失礼いたしました。わたくしはマリー・ラーゲルフェルトと申します。エドラは姉ですわ。仲良くさせていただけると嬉しいです」
含みなどなさそうなマリーの笑みに、カロリーナは鼻白む。しかし、それも一瞬で穏やかな笑みを浮かべた。
「お噂は耳にしておりますわ。王太子殿下の思い人だとか」
「まあ! ご存じいただいていたのですね! 感激ですわ!」
マリーは大げさに喜んで見せたが、明言は避けた。我が妹ながらしっかりしている。
「なかなか機会がなくてお話もできませんでしたが、今日はぜひゆっくりお話しさせていただきたいですわ」
にこっとマリーはカロリーナに微笑む。この状況を王妃にセッティングされたので、カロリーナは無下にすることもできないはずだ。
しばらく、このお茶はおいしい、ドレスが素敵だ、この花が美しい、などの話をしていた。アグネスはやはり黙って相槌を打つにとどめていたけれど。しばらくして、マルギットがそう言えば、と話をふる。
「カロリーナ姫はピアノがお上手なのよ。確か、二人も楽器が得意よね」
ちょうど紅茶を口にしていたエドラは、それを嚥下するとマルギットの方を見た。マリーが嬉々として答える。
「姉はチェロが得意ですし、わたくしはヴァイオリンやハープ、フルートなどなんでも好きですわ」
確かマリーが最も得意なのはピアノのはずだが、カロリーナが得意だということで避けたのだろう。
通常、両家の子女は教養として何かの楽器を習うことが多い。と言っても、ピアノがほとんどでヴァイオリンやチェロ、ハープなどは指先が硬くなるので避けられる傾向がある。
エドラたちの父は、そう言ったことを気にしなかった。エドラやマリーも、気にせず思い思いの楽器を習ったし。エドラは淑女教育を途中離脱したので、チェロしか覚えていないが。
「せっかくのサロンだし、楽を奏でてみるのも一興ではなくて?」
「……」
エドラは、これは本格的に刺されるかもしれない、と思った。
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