28.美女に仕上げて見せますわ
王妃のサロンが開かれるその日、エドラは朝からげんなりした表情をしていた。王妃の庭園の東屋に一緒に座っているベアトリスが笑う。
「そういう顔をするな。せっかくの美貌が台無しだ」
「……あなた、最近私を美人だって言い続けてるけど、面倒事を押し付けたいだけじゃないの……」
「持つべきものはやる気はなくても押しが弱い友達だな」
「それ、ほめてないわよね?」
ベアトリスとエドラのやり取りに、女性の上品な笑い声が上がった。
「面白いわね、あなたたち。まるで恋人同士みたい」
くすくすと笑ったのは王妃マルギットである。ゴッドフリッド王の妻。王太子アルノルド、王女アグネスの母。淡い茶色の髪をした、三十代半ばほどの美しい女性だ。
「それで、カロリーナ姫をぎゃふんと言わせるのよね?」
うきうきと王妃が言った。彼女も、娘が泣かされてカロリーナに含むところがあるようだ。マルギットは隣に座らせたエドラの両方の頬をつまみ、引っ張った。
「あなたが社交界にいたのは一年足らずだけど、噂になったものね。まあ、当時は婚約者がいたけれど」
「ろくでもない男に引っかかるのは、お前の特技なのか?」
「婚約は私が整えたわけではないわ」
一応反論させていただくが、エドラの婚約を整えたのは父だ。まあ、最初の婚約者、つまりレンナルトの兄と死別したあとの婚約に関しては、父がエドラの評判を利用して面倒な人を片づけようとしたのだと思われる。
「しっかり者の女性というのは、頼りない男に惹かれやすいらしいわ。ベアトリス、あなたも気を付けないとだめよ」
マルギットにそんなことを言われ、ベアトリスが少し顔をしかめる。しかし、すぐに表情を緩めた。
「妃殿下。本日のサロンのことですが」
「わかっているわ。個人的に恩があり、わたくしの息子の恋人の姉であるエドラをわたくしが招待しても、不思議ではないものね?」
にこにこにこにこ。王妃になるほどの聡明な女性だから、当たり前と言えばその通りだが、食えない人だ。
「実際のところ、カロリーナ姫はエドラに並々ならぬ関心を持っていると思われます。彼女の美貌も、彼女の身分も、彼女の経歴も、全て人の興味を引かざるを得ないものです」
ベアトリスの説明を聞きながら、さて、自分はそんなに波乱にとんだ人生を送ってきただろうか、と自問自答する。
騎士服を着ている限り、エドラは騎士に転向した変人女性だが、ただの騎士でしかない。だが、それが華麗なドレス姿で姿を現したら、どうだろうか? 一気に注目を浴びるのは必至である。
作戦を実行するにあたって、主催者の協力は必要だ。いくつか王妃と打ち合わせをした若い女性官僚と女性騎士は一度宮殿に引っ込んだ。サロンは午後からなので、午前中は通常営業。エドラはアルノルドとマリーの逢瀬の護衛中だった。
「……エドラさん。顔が死んでますよ」
そんなツッコミを入れてきたのはヴィリアムである。レンナルトがいまだにカロリーナから解放されないため、ヴィリアムは代理である。
「……まあ、気持ちは分からなくはないですけど」
と、ヴィリアムは生垣の迷路の中を腕を組んで歩くアルノルドとマリーを眺める。エドラのシスコンはそんなに広く知られているのだろうか。
「エドラさんは連隊長と引き離されているのに、あんなに仲良さそうな姿を見せつけられるのは堪えますよねぇ」
「……」
何か勘違いされている気がするが、いろいろ面倒くさくなり、エドラは黙っていた。沈黙を同意ととらえたヴィリアムは笑う。
「エドラさんってかわいらしいところがありますよねぇ。殿下とマリーさんもお似合いですけど、エドラさんと連隊長が並んでいても絵になりますよね。しかし、なんでエドラさん、連隊長なんかに引っかかっちゃったんですか」
有能で優しいですけど、結構な食わせ物ですよ、とヴィリアムは自分の上官に対して容赦がない。
「あ」
ヴィリアムが声をあげた。つられて彼の見ている方を見ると、カロリーナがレンナルトにエスコートされて庭に出てきていた。カロリーナのかわいらしい顔に笑みが浮かんでいる。レンナルトも愛想よく答えていて、エドラは最近よく覚える感覚に襲われた。
そんな彼女をちらりと見たヴィリアムは、微笑ましそうな表情になった。面倒くさい、とほとんど何も答えない彼女の心の内を垣間見た気がしたからだ。
「エドラさん。殿下たちの側に行きましょう。カロリーナ姫と何かあるかもしれない」
「……そうね」
エドラは同意を示すと、アルノルドとマリーの近くに歩み寄った。エドラがいれば、カロリーナは近づいてこない可能性が高い。
「まあ、お姉様!」
マリーが弾んだ声をあげてエドラに駆け寄ったため、アルノルドに睨まれた。エドラもかなりのシスコンである自覚があるが、マリーも負けないくらいシスコンである。
妹が軍服の姉の腕に自分の腕をからめる。恋人を取られたアルノルドが再びエドラを睨んだが、その彼女の顔を見てぎょっとした表情になった。
「お、おい、エドラ、どうした」
「……お気になさらず。午後のことについて、ちょっと気が重いだけです」
「ちょっとどころの気の重さではないように見えるが……」
それくらい、エドラの表情は精彩を欠いていたのだろう。
マリーも心配そうな表情で姉を見上げ、それから遠巻きにカロリーナの姿を発見して言った。
「そう言えば、わたくし、絶対にあの方に何か言われると思っておりましたのに、何も言われたことがありませんわ」
王太子の恋人であるマリーである。そう考えて当然だろう。マリーに対して何のアクションもなかったから、余計にカロリーナたちが何を考えているのかわからなくなった、とも言う。
「……私のせいかもねぇ。先に謝っておくわ。ごめんね……」
「……久々にお姉様から消極的な言葉を聞きましたわ」
「私、積極的な言葉なんて言ったことないと思うんだけど」
基本的にいつもやる気のないエドラである。マリーは微笑むとエドラの手を引いた。
「お姉様。早めに食事をして、サロンの準備をしましょう。ぐうの音も出ないほどの美女に仕上げて見せますわ!」
マリーが楽しげだ。ヴィリアムが「ちょっと楽しみですね」とアルノルドに話しかけている。
「まあ、エドラも確かに美人だと思うが……俺にとってはマリーが一番かわいい」
アルノルドの言葉に、マリーは嬉しそうにする。アルノルドはエドラにマリーを奪われたまま宮殿に戻ることになったが。
「ねえお姉様、ご存じ?」
ともに昼食をいただきながら、マリーがエドラに微笑みかけた。エドラは「何?」と首をかしげる。
「『可愛い』というのは主観なのですって。きれいとか、美しいというのは、だいたいの定義があって、それに当てはまれば大体のものはきれいだし、美しいということになります」
「……うん」
何となくわかるような気はする。
「ですけど、可愛いというのはその人の感じ方によるのだそうですわ。例えば、わたくしはお姉様のことを可愛いと思いますけど、お姉様、他の人にはあまり可愛いとは言われないでしょう?」
「……そうだね」
エドラの身長と外見で、可愛いと思う方が不思議だ。
「つまり?」
話の流れが見えなくて、エドラが尋ねるとマリーは満面の笑みを浮かべた。
「何でも。けれど、お姉様を可愛いという人がいたら、その人はお姉様に好意を持っている可能性が高いということですわ」
「……」
何だろう。うちの妹は読心術でも使えるのだろうか。いや、精神干渉系魔法は使えるはずだけれど。
その言葉を使った人物に、エドラは一人だけ、心当たりがあった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ここで半分くらいでしょうか。