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25.混ぜてちょうだいな










 気がした、のではない。実際に下がっていた。エドラのアイスグリーンの瞳は細められ、恐ろしいまでに無表情だった。

 エドラの魔法は氷魔法と呼ばれるが、どちらかというと広域振動減少魔法に近い。もっと簡単に言うと、冷却魔法だ。彼女の怒りに触発され、魔法が発動した状態なのである。

 閉鎖されたホール内で、その魔法は広がりやすい。そう経たずに、ホール内は凍えるほどの寒さになる。


「あら、何をお話ししているのかしら。混ぜてちょうだいな」


 果敢にも乗りこんでいったのはフェストランド大公夫人ラウラだ。この国で上から数えたほうが早いほど高貴な女性。彼女が話しかけたことで、エドラがはっと正気に返った。さがっていた気温が上昇していく。

「……ラウラさん」

「エドラちゃん、あなたらしくないわよ。言われたら言い返さなくっちゃ!」

 楽しげにラウラが言うが、そう言うことを言いたいわけではないのだろう。イスフェルト公爵夫人は寒さ以外の理由で震えており、顔を蒼ざめさせていた。


「ば……化け物よ! こんな、こんな……!」


 何が言いたいのかはっきりしない様子でイスフェルト公爵夫人がまくしたてる。ラウラが「まあ」と頬に手を当てておっとりと首をかしげる。

「イスフェルト公爵夫人、大丈夫ですか? どなたか、彼女を休ませて差し上げて」

「了解しました」

 近衛連隊の騎士が進み出てイスフェルト公爵夫人を連行……もとい、休ませに行く。ラウラはエドラを見上げて微笑んだ。

「あなたは少しわたくしに付き合ってくださいな」

「わかりました」

 ラウラの狙いがわかったので、エドラはおとなしくうなずき、会場からでた。休憩用の部屋の一つに入り、扉を閉める。


「……すみません。取り乱しました」


 エドラの素直な言葉に、ラウラは「そうね」と同意を示す。

「あの状況では、言い返すこともできないものね」

 歯に衣着せないエドラであるが、カロリーナの前で隙を見せたくなかったのだ。目上の者にたてつくときは、それなりの報復を覚悟しなければならない。

 それくらい、何ともないエドラであるが、イスフェルト公爵夫人に反論できなかったのは、心の中で後ろめたさがあったからなのかもしれない。

「イスフェルト公爵夫人も、大人げないわねぇ。まあ、夫のイスフェルト公爵が女好きで、たくさんの妾を抱えていて本邸には寄りつかないって話だし、情緒不安定なのかもしれないわねぇ」

「……私の元婚約者の女癖の悪さは遺伝と言うことですかね……」

 妾や愛人が何人いようと、正妻であるイスフェルト公爵夫人の息子が爵位を継ぐはずだった。それなのに、息子は死んでしまい、今は妾の息子が後継ぎとみなされているらしい。正妻としては、もちろん面白くない。

 彼が死んだのは完全に自分のせいなのだが、母親としてはそれを誰かのせいにしたかったのかもしれない。だとしても、到底納得できるものではないが。


「因果応報で死んだのに、殺したなんて言われれば腹も立つわよねぇ」

「ああ、いえ。それはいいんですけど」

「いいの!?」


 ラウラがツッコミを入れた。エドラは苦笑を浮かべてラウラを見つめた。


「私は戦争で数えきれないほどの人を殺しています。今更、三人くらい殺したと言われたところでどうでもいいことです」


 半ば本気で言ったのだが、ラウラは悲しげに言った。

「そうでは……ないでしょう? 確かに、あなたは数えきれないほどの人を殺してきたのかもしれない。だけれど、人殺しと言われて傷つかないわけではないわ。そうでしょう?」

「……」

 エドラは視線を落とした。ラウラはエドラに近づき、よしよしと自分より背の高い娘の頭を撫でた。

「あなたはあそこで、『違う』って言うような子じゃなかったわね。でも、最近気を張りすぎよ。カロリーナ姫がいらっしゃるのが気になるのかもしれないけど、少し肩の力を抜きましょ。ね?」

 かつて、先輩女性騎士としてエドラを指導した経験のあるラウラは、エドラの扱い方をよく心得ていた。

「あなたに魔法を教えたのは私だけれど、コントロールできないなんて珍しいこともあるものねぇ。動揺してた?」

「……そうなんでしょうか」

 確かに、強力な魔法力を持つにしてはエドラは魔法が暴走しない。ラウラの教えも良かったのだと思うが、彼女の性質的なこともあるのだと思う。


 魔法は感情によって左右される。先ほどの魔法の漏れは、エドラが動揺していたからだと言えば、確かに説明がつくのだ。

「ひとまず、落ち着いたわね」

 考えてもわからないことは考えない。ラウラはエドラが落ち着いているのを確認すると、「戻りましょうか」と言った。

「でもエドラ。あまり頑張りすぎても駄目よ? ちゃんと息抜きしなさいね」

「……していないわけではないんですけどね」

 何やら気を張り過ぎ、と言われることが多いエドラであるが、自分ではそんなつもりもない。首をかしげつつもラウラに続いて会場に戻る。ホールでは、エドラの魔法暴走がなかったかのように舞踏会が続いていた。


「お姉様」


 マリーが駆け寄ってくる。心配そうに顔をゆがめていた。

「大丈夫ですか?」

「ああ、心配かけたね」

 エドラは微笑むとマリーの肩をたたいた。いつもなら頭を撫でるところであるが、きれいに結い上げていたのでやめた。

 一応警備中の身であるので、エドラはマリーと離れると、ラウラと共にホール内を移動する。そこに、「おーい」と声がかかった。

「ん、ビー」

「エドラ……と、フェストランド大公夫人」

 おそらく、背の高いエドラしか見えなかったのだろう。近くまで来たベアトリスがラウラに気づいて首を垂れる。

「ごきげんよう、リンドハーゲン事務官」

 ニコッと笑ってラウラはベアトリスを見た。彼女は微笑んでその場を離れる。エドラは、ベアトリスを見下ろす。


「何かあった?」

「何かあったのは君の方だろう。大丈夫か?」

「……」


 どうやら、ベアトリスは単純にエドラを心配してくれた様子。エドラは少し微笑んだ。

「大丈夫。ありがとう」

 ベアトリスはじっとエドラを見上げて言った。

「まあ、一瞬だったし、お前が犯人だとわかっているものは少ないと思う。だが……」

 ベアトリスが視線をやったのはカロリーナの方だった。エドラも視線をそちらに向ける。彼女はレンナルトを側に置きながら、別の貴族男性と話をしていた。どうやら官僚のようだ。

「気をつけろよ。君は、ずっと曲がりなりにも婚約者と言う存在に護られてきた……まあ、今回はそれがあだになったが。やつの場合は、完全に自業自得なんだがな」

 と、彼女はため息をつく。誰がどう見ても、イスフェルト公爵子息は自業自得である。母親は誰かのせいだと思っていたいようだが。

「……それ、最近誰かにも言われた気がする」

 エドラがどこかで聞いたことのあるような言葉に首をかしげる。ベアトリスは笑った。

「だとしたら、その人は君のことを本当に思っているんだろうな」

「……」


 誰に、言われたんだったか。


 エドラはベアトリスの方に向けていた視線をカロリーナの方に戻した。

「ビー、考えてみれば、あなたははじめから姫のことをとても気にしているわね」

 ベアトリスがエドラを見上げた。エドラも彼女を見る。

「本当は、何かわかっているんじゃないの?」

「……その直感の鋭さで、戦場を生き残ってきたのか」

 まあ、もともと、魔力の強い人間は勘が鋭いというし。ベアトリスがエドラの肩のあたりを殴る。

「まあ、もう少し確証を得たら話してやるよ」

「……ってことは、何かわかってるんじゃない」

 エドラがむっとして言うが、ベアトリスは笑うだけで最後まで話してくれなかった。


 違う方面で有意義な舞踏会は過ぎていく。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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