22.お花畑ですね
カロリーナの部屋を出たエドラだが、そのまま事務室に戻ることはなく、アルノルドの元へ向かった。
エドラは近衛連隊ではないが、王国騎士団ではあるのでアルノルドの執務室に入ることはできた。アルノルドとエーミルの二人が出迎えてくれた。逆に言うとこの二人しかいないのだが。
「お邪魔しまーす」
「お前、軽すぎじゃないか」
そう言いながらもアルノルドは追い返したりはしない。度量の広い王太子殿下である。
「エドラ、どうしたのですか? 君はカロリーナ姫の方に行くと思っていたのですが」
「行ってきましたよ」
エーミルの指摘に、エドラは小首を傾げて平然と答えた。アルノルドが眉をひそめた。
「じゃあ何でお前、ここにいるんだ?」
「私はカロリーナ姫に嫌われていますからねぇ」
「……確かに、昨日も友好的ではないと思ったが……」
やはり、アルノルドもそう思ったらしい。まあ、カロリーナの態度を見て友好的だと思う方が難しい。
「やはりあれか。もともと敵国だからな……」
「っていうか、私自身が嫌われている感じですね」
「お前、カロリーナ姫に何をしたんだ?」
「昨日が初対面ですけど。まあ、彼女の兄を追い詰めたことはありますね」
カロリーナ姫とは初対面だったが、彼女の兄である王太子とは、戦場で遭遇したことがある。
「……ときどき、お前がわからん。後方支援担当ではなかったのか」
「何事にも例外はあるんですよ、殿下」
「……レンも言っていたけど、姉弟のようなやり取りですね。あ、姉弟になるのか」
エーミルが自分の言葉につっこみを入れた。いや、まあ、マリーがアルノルドと結婚することになれば、姉弟になるが。
しかし、今のアルノルドにこの話題は禁止だった。
「はあ……マリーに会いたい……何が悲しくてあのわがまま姫の相手をしなきゃならんのだ……」
「……」
エドラはエーミルと顔を見合わせた。
「……ひとまず、エーミルさんは近衛連隊の方の取りまとめをお願いします。本当はレンがやるはずだったんですけど、彼は気に入られたみたいなので」
「了解。迷惑をかけて申し訳ない」
「まあ、私もカロリーナ姫のところにいるよりは、アルノルド殿下の方がいいですし」
王族にしてはかなり寛大な人だと思う。彼は。
「でも、本職ではないのでできるだけ早く戻ってきてくださいね」
「わかりました」
苦笑を浮かべてエーミルは、近衛連隊の仕事を片づけに行った。レンナルトがやるはずだった仕事がたまっているはずだ。
部屋に残されたエドラを、アルノルドがちらっと見上げた。
「本職ではないというが、お前、普通に俺を助けてくれたじゃないか」
「基本的に私の魔法は、守ることより壊すことに向いているんですけどね。あれはたまたまです」
「たまたまで助けられたのか、俺は……」
そう。たまたまだ。四年ほど前、エドラは王妃と王太子妃、それに第二王女を助けたことがある。しかし、エドラはまさか人の通らない山道で王族に会うなんて思っていなかったし、さらに言うなら職務時間外だった。
「まあ、お前が助けてくれたおかげで俺も母も妹もこうしているし、マリーにも出会えたのだから感謝しているんだ」
「……」
よく言い合いをするアルノルドから感謝を述べられるのは不思議な感じだった。
「一応、お前は俺の恩人なわけで。俺はそれなりにお前のことも好いている」
「それはどうもありがとうございます」
「棒読みなのが気になるが……まあ、そんなお前が邪険にされて、ちょっとカロリーナ姫には俺も思うところがあるわけだ」
そんなに好かれていたとは知らなかった。ありがたいやら少し複雑な気持である。
「確かに、お前は戦争中、アスガードと最前線で戦っていたし、お前の名は敵にも味方にも知れ渡っている。敵国の姫だったカロリーナ姫がお前を嫌うのは、まあ、当然だろう」
「まあ、そうですね」
自分の国を襲ってきたものを好きになれ、というのは難しい話だ。たぶん、それもあるからエドラたちはカロリーナに対して遠慮があるのだろうと思う。それは相手も同じだ。
「だが、さっきお前も言っていたが、カロリーナ姫はお前自身を嫌っているように見える。で、レンのことを気に入っているようにも見える……そこでだ。カロリーナ姫がお前に嫌がらせをしようとしているのは確かだろう? なら、カロリーナ姫は、お前とレンが恋人同士だと思って、レンを取り上げることでお前に嫌がらせをしているんじゃないか?」
「……」
突然突飛な方向に話が行き、エドラは一瞬言葉に詰まった。そして言った。
「……殿下、頭の中、お花畑ですね……」
自分の恋が成就したからって、人にまで押し付けられると困る。
「お花畑……いや、否定はできんが、あり得ると思わないか!」
「まあ……ないとは言い切れませんけど……」
それなりに仲良くさせてもらっているので、可能性は皆無ではない。
「でも、逆かもしれませんよ」
「逆?」
首をかしげたアルノルドに、エドラはうなずいた。
「カロリーヌ姫がレンのことを好きだがら、私に嫌がらせをするのかもしれません」
「なるほど……!」
王太子殿下は感心したようにうなずいた。エドラは息を吐いて言う。
「まあ、そもそも私とレンは恋人ではないので、まったく意味をなさない行動ですけどね」
「そうなのか!?」
何故そこで驚くのか。エドラとレンナルトが付き合っているのなら、世の中の男女の友人のほとんどは付き合っていることになる。
「それに、カロリーナ姫が私を嫌う本当の理由はわからないままです。私のことを『魔女』と呼んでいたので、そのせいかもしれませんけど」
「そう言えば言っていたな。魔導師を形式的に魔法使い、とか魔女、と呼んだりするが、その類じゃないか」
「そうかもしれません」
エドラの『ニヴルヘイムの氷の魔女』という名も、形式的な『魔女』を示しているのだと思う。
「正直、魔導師と魔法使いの違いが分からないが……」
いや、エドラに聞かれても困るのだが。エドラも、魔法学校などで学んだわけではないから、詳しくはない。
「……一応、魔術・魔導を使うのは魔導師、魔法を使うのは魔法使いと定義されています。魔術や魔導は、手順に乗っ取って発動するもので、いわゆる呪文があるので、間違えなければ誰でも発動できます。しかし、魔法はその人固有の能力と言って差し支えありません。いかなるプロセスも存在せず起こせる事象。それを魔法と言うのだそうです。私の氷魔法は、本当の『魔法』に近いと言われているので、カロリーナ姫が私を『魔女』と呼ぶのはあながち間違いではないのです」
「な、なるほど。わかったような、わからないような」
アルノルドが首をかしげているのを見て、エドラは肩をすくめた。エドラにこれ以上の説明はできない。
「詳しくは、レンにでも聞いてください」
「……無事に返却されればな……」
「そうですね……」
気心の知れたレンナルトが取られてしまい、アルノルドも困っているようだ。
「やはり、レンはわかってくれているからなぁ。エーミルが悪いわけではないんだが、やはり彼は少し堅苦しい気がする」
「慣れてませんしねー」
普段、エーミルは国王側についていることが多い。
「……これで、カロリーナ姫がフルトクランツ侯爵家に降嫁する、なんてことになったらどうしよう……」
「ありえなくはないですねぇ。一応、未来の国王陛下の側近ですし」
エドラは自分で言ったのだが、自分で言ったことに何故か傷ついた。何故だ。
アルノルドはその未来を想像してしまったらしく、蒼ざめた。
「……エドラ、お前、フルトクランツ侯爵家に嫁ぐ気はないのか」
「そもそも結婚する気がありません」
「何故だ! レンが嫌いか!?」
「好きか嫌いかで言うのなら好きですけど、私、婚約者を三人亡くしてるんですよ。しかも最初の婚約者は件のレンの兄です。どの面さげて結婚しろと」
「う、うむ」
たぶん、アルノルドは当時の出来事をよく知らないのだろう。エドラが十二歳の時の話なので、彼は十歳だったはずだ。彼が覚えていなくても、エドラの婚約者だったレンナルトの兄が亡くなっているのは事実だ。
「お前も、なかなか難儀だな……」
「ご理解いただけて光栄です」
アルノルドはため息をつき、書類の山を崩しにかかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
何気にエドラと王太子の組み合わせは書きやすい。