20.セクハラで訴えますよ
そして、ついにアスガード王国第一王女カロリーナがやってくる日となった。彼女を国境まで迎えに行ったのはレンナルトである。本来なら、王国騎士団が迎えに行くところであるが、たった数か月前までニヴルヘイムとアスガードは戦争をしていた。その第一線で戦っていた騎士団が迎えに行くのはさすがにまずかろうと、近衛連隊が駆り出されたのである。
一応、近衛連隊副隊長は残っているが、いつもそばにいるレンナルトがいないので、アルノルドは少し困っているようだった。
困っているのは彼だけではない。警備計画やらなんやらで、騎士団も近衛連隊もあわただしかった。一応、上から数えたほうが早い地位にいるエドラも、なんだかよくわからないうちに巻き込まれている。やってくるのが王女様なので、どうしても女性の護衛が必要なのだ。
「エドラ」
会議の後に廊下を歩いていると、男性の声で名を呼ばれた。振り返ると、近衛連隊副隊長のエーミル・モンソンが笑みをたたえて歩み寄ってきた。王族の側にいることの多い近衛連隊なので、隊員は見目麗しいものが多かった。もちろん、実力も考慮されているが。
というわけで、このエーミルも見目麗しい伯爵家の長男である。
「お疲れ様でした、エーミルさん」
「そうは言っても、これからもっと大変になりますよ」
と優しげに笑う彼は誰に対しても敬語であるが、エドラより六つ年上の二十七歳である。近衛連隊長のレンナルトよりも二つばかり年上と言うことだ。
「ですねぇ……私、あまり要人警護をしたことがないんですけど」
エドラが副団長に任命されたのは、戦場でだ。戦場での振る舞いはわかるのだが、こういう場合、どうすればいいのかよくわからない。果てしなく不安である。
「そんなに難しく考えなくても。私たちもいますし、むしろ、統括する側である我々は、後ろでふんぞり返っていてもいいくらいですよ」
「まさか。そんなことできません。エーミルさんだってしないでしょう?」
「そうですね。今のはたとえ話です。緊張しているようだったので」
そんなに眼に見てわかるほど緊張した顔をしていたのだろうかと、エドラは自分の顔に触れた。エーミルが笑う。
「エドラ、かわいらしいことをしますね」
「どこがですか」
からかわれていると思って、エドラが顔をしかめるが、エーミルは微笑み、「そう言うところがですよ」とエドラを見て言った。
「よう、エーミル。また口説いてんのか。確かにエドラ嬢ちゃんは美人だけどな」
さらに会話に加わってきたのは、王国第三騎士団長のパウル・フォルシアンだ。グレーゲルと同い年で、男爵の地位を持っていると聞いている。
「フォルシアン隊長、ただ話をしていただけですよ。エドラが美人なのは認めますが」
「これはお礼を言うところですか」
先ほどから美人美人と褒められるので、エドラは首をかしげて問うた。エーミルもパウルも声をあげて笑った。
「いいですね、エドラ」
「このずれた感じが可愛いんだよな」
と、パウルがぐりぐりと頭を撫でてくる。グレーゲルにもたまにやられるが、それよりも力が入っていて痛い。
「あ、ちょっと副隊長! 何やってんですか、この忙しいときに!」
パタパタと走ってやってきたのはエドラと変わらないくらいの年ごろの青年である。近衛連隊に所属するヴィリアム君である。
「やあ、ヴィリアム。今日もご苦労様」
「隊長も副隊長も他人事みたいに……エドラさんもフォルシアン団長も、騎士たちが探してましたよ! ほら、行きますよ!」
ヴィリアムは強引にエーミルを引っ張っていた。あまりの勢いに、エドラはちょっと引いていた。
「わかっていますよ。それではエドラ、フォルシアン団長、失礼します」
「ふ・く・た・い・ちょ・う!」
「はいはい」
エーミルがくくっと笑い声をあげながらヴィリアムについていく。ヴィリアムも大変だな、と思いながら、エドラはその様子を見ていた。
「なあ、嬢ちゃん」
のしっと、左肩に重みが乗った。パウルがエドラと肩を組んだので、その重みがエドラにかかったのである。彼は近くからエドラに尋ねた。
「この時期にアスガードからお姫様がやってくる。何を考えてるんだと思う?」
「……私、その手のことは苦手なんですけど」
「またまた」
パウルがエドラの肩をゆする。細身の彼女はされるがままに体を揺らされた。
「こういうことが苦手なら、戦場で指揮は取れねぇよ」
「……」
エドラは別に、自分は頭がいいとは思っていない。自分より聡明なものなど、たくさんいる。だが、別に馬鹿でもないと思っている。相手が何をたくらんでいるかなど、情報を照合すればおのずと見えてくるものだ。
「……単純に、戦争に負けたのでご機嫌伺いか。それとも、本気で王太子妃になって、ニヴルヘイムを操ろうとしているのかもしれません」
この手の話は、昔からよくある。パウルが「そうだなぁ」とつぶやいた。
「なんにせよ、おっかない話だよな」
「何の思惑もなく、本当に遊学に来ただけかもしれませんが」
その可能性はかなり低いだろうとエドラも思う。
「ところでフォルシアン団長」
「ん?」
何だ、と尋ねるパウルに、エドラは冷静に言った。
「そろそろ放してくれませんか? セクハラで訴えますよ」
「お前もおっかねぇよ!」
そう言うと、パウルはあわてた様子でエドラから離れた。
△
さすがのエドラも、その時は緊張の面持ちで末席に並んでいた。王国騎士団の制服を着こみ、エントランスでカロリーナの到着を待っているのである。
カロリーナが到着した、との報があった。騎士たちはいっせいに敬礼を取る。
こつ、こつ、とゆっくりした足取りでカロリーナが姿を現した。レンナルトにエスコートされた彼女は、華やかな桃色のドレスを纏っていた。
淡い金髪に眼尻の垂れた大きなエメラルドの瞳。顔は小さく肌は白く、小柄だが出るところは出ている。どれだけ鍛えても華奢なエドラにはうらやましい話である。年は、十八と聞いたが、これは確かに『美貌で有名』と言われても不思議ではない美少女だった。
「遠路はるばる、よくいらっしゃった、カロリーナ殿」
「お出迎え、痛み入りますわ」
カロリーナが優雅に礼を取る。さすがに王族だ。気品のあるふるまいである。
初めに声をかけた国王ゴッドフリッドはざっと身内を紹介し、最後にエドラを呼んだ。呼ばれて、緊張気味にエドラはカロリーナの側に行く。
「カロリーナ殿が滞在されるということで、女性の騎士に警護をしてもらうことにした。王国第一騎士団副団長のエドラ・ラーゲルフェルトだ。若いが優秀な女性だ。何か困ったことがあれば、彼女に言うといい」
「よろしくお願いいたします、カロリーナ姫様」
丁寧に頭を下げたエドラを、カロリーナは見上げた。小柄なカロリーナは、ハイヒールを履いていてもエドラを見上げなければならないのだ。
「そう。あなたがニヴルヘイムの氷の魔女なのね」
すっと細められた目は敵意に満ちていた。当然だろう。エドラは彼女の国を追い詰めたことがある。
カロリーナは視線を国王に戻すと、笑みを浮かべた。
「護衛はいりませんわ。国から連れてきましたの。もし、どうしても必要だというのなら、フルトクランツ隊長にお願いしたいですわね」
にこりと、カロリーナがレンナルトに微笑みかける。彼は、そんな彼女に笑みを返した。何故か、エドラの胸のあたりがぞわりとする。
「そう言われても、こちらとしてもあなたに何かあっては、アスガード王に顔向けできんからな」
と、やや強引にゴッドフリッド王は押し切った。エドラとしては、カロリーナの護衛をやりたくなかったが、仕方がない。必要なことだからだ。
長くて二ヶ月。耐えるしかなさそうだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
第2部開幕ですー。