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2.ただいま

本日2話目。










 ニヴルヘイム王国第一騎士団副団長エドラは、ラーゲルフェルト伯爵家の出身である。ラーゲルフェルト伯爵家が構えた王都の屋敷に、エドラは帰宅した。


「ただいま~」


 黒い軍服のままの帰宅である。一応、「帰るね」という先ぶれは出しておいたのだが、ちゃんと届いているだろうか。

「お姉様ぁぁああっ!」

「エドラ姉様ぁぁああっ」

 少女が二人駆け寄ってきた。エドラはあわてる。

「ちょ、ちょい待ち!」

 だが、二人は止まらずにエドラに飛びついた。そして、当たり前だが受け止めきれずに倒れるエドラ。とりあえず、頭は打たなかったが背中は打った。

「お姉様、無事に帰ってこられて何よりですわ!」

「さみしかったのよぉぉお!」

 妹二人が叫ぶ。そう。飛びついてきたのはエドラの妹たちだった。エドラと同じシルバーブロンドの方がマリー、プラチナブロンドの小さい方がカーリンである。


「わかったから……心配かけて悪かったから、離れて……」


 エドラが頼むと、マリーとカーリンが離れてくれた。エドラは上半身を起こす。

「何をしているの、エドラ」

 四十ほどの年齢の女性がエドラを見て驚いている。プラチナブロンドの女性で、整った顔立ちをしている。母のソーニャだ。

「いや、ちょっと。ただいま戻りましたよ、お母様」

「ええ、お帰り。……本当によかったこと」

 ソーニャが娘を抱きしめる。母より背の高いエドラは抱きしめ返し、母の背中をぽんぽんとたたいた。

 母を離すと、今度はじっとこちらを見ていた少年に手を伸ばした。母と同じように抱きしめる。

「わ! 姉上!」

「よしよし。フラン、頑張ったねぇ」

「あ、姉上ほどじゃないよ!」

 年ごろの少年らしく照れた様子で弟のフランが暴れる。エドラは素直に話してやった。すると、ちょっと残念そうな表情になる。少年の心は複雑だ。

「……お帰り、姉上」

「ああ」

 フランの頭を撫でて微笑む。左右にしがみついている妹たちの頭も撫で、エドラは尋ねる。


「大丈夫? 私が不在の間、何もなかった?」


 すると、フランの目がうるうるし始めた。何かあったのだろうか。

「仕事は……大丈夫。フルトクランツ侯爵とか、フェストランド大公夫人とかが気にかけてくれて……」

「うん。今度お礼言っておくわ」

 涙目のフランの頭をもう一度軽くたたき、場所を改める。マリーとカーリンは侍女たちに預け、書斎にはエドラとフラン、そしてソーニャがいた。

「姉上。やっぱり当主代わって」

「いやだよ、何言ってるんだお前は」

 涙目のフランは、当代のラーゲルフェルト伯爵である。半年前、先代の伯爵であったエドラたちの父が急死したのだ。死因は心臓麻痺らしい。当時、エドラはやはり最前線の戦場にいて、馬を走らせて何とか葬儀に間に合ったほどであった。


 この国、ニヴルヘイム王国は王位も爵位も男子優先である。女性も爵位を継げないことはないが、それは男子がいない場合に限る。ラーゲルフェルト伯爵家の場合、男子は当時十三歳のフランがいた。

 そのため、フランは爵位を継ぐこととなったのである。それは問題ない。法が認めることであるし、社交界に出られない未成年でも、爵位を継ぐことはできると、法務官も言っていた。


 問題は、前伯爵は急死であったためにフランにほとんど何も引継ぎをしていなかったのだ。


 もちろん、フランは将来の伯爵としてそれなりの教育を受けていた。我が弟ながら優秀な方に入ると思うが、それはそれ。彼もまだ十三歳だ。能力があっても悪い大人にしてやられることは考えられる。

 そこで、後見人を何人か立てた。筆頭後見人は姉であるエドラだった。身内であることと、彼女が一代限りの爵位である騎士侯位を所持していることが決め手となった。なら、はじめから彼女を伯爵にしろよ、と言う話ではあるが、それを許さないのが法律である。例外はないと言われた。裁判で勝てばエドラも伯爵になれるが、そんなことをするのもばかばかしい。


 後見人と言っても、エドラはほとんど王都にいない。戦場に戻りたくない、異動させろ! と散々ごねたのだが、状況は彼女にそれを許さなかった。半年前は、ニヴルヘイムが押されている側だったのである。泣く泣く戦場に戻り、早く王都に帰れるように努めた。

 エドラはこの半年の間に二度ほど、王都スルーズヘイムに戻ってきている。だが、それでは後見人としての役割を果たせない。エドラは考えた挙句、父の友人であったフルトクランツ侯爵に後見を頼んだ。彼は快く引き受けてくれた。


 ほかにも、エドラの上司グレーゲルの妻フェストランド大公夫人などにも助けてもらい、何とか爵位を狙った詐欺などに合わずに済んでいる。

「でも、エドラが帰ってきたのなら、もう大丈夫ね」

 ソーニャが根拠もなくそんなことを言う。むしろ、どこに大丈夫な要素があるのか問いたい。

「いや、お母様。私、そんなに優秀じゃないからね」

「領地経営の方のことじゃないわ。ちょっかいをかけてくる人が多かったから……」

「ああ、そうね」

 エドラに期待されているのは武力の方だった。最近にもこんな扱いを受けたなぁと思い、思い出した。停戦交渉の時だ。ゴッドフリッド王にも似たような扱いをされた気がする。


 実際、この半年の間に、フランから爵位を奪おう、とか、伯爵家の利権を吸い上げてしまおう、系の人間には遭遇したらしい。そもそも、ラーゲルフェルト伯爵であるフランが社交界に顔を出す年齢ではないので彼らは家にやってきたり、夜会に参加した母や上の妹マリーに話を持ちかけてくるらしい。もちろん、全員頼りになる父が亡くなりピリピリしているので、甘い話だからとすぐに飛びついたりはしない。フルトクランツ侯爵やフェストランド大公夫人が相談にのってくれることもあり、今のところ堅実に領地運営もなされている。

「あなたが騎士団に入るって言いだしたときはどうした者かと思ったけれど、世の中、何が役立つかわからないわね」

「そうねぇ。私が騎士じゃなかったら、後見人にもなれなかったしね」

 社交界デビューはたいてい十五歳。爵位を継いだ人間の兄弟に幼年のものがいれば、爵位を継いだものは扶養義務がある。しかし、父が亡くなった当時すでに二十歳であったエドラに対し、フランは扶養義務がない。彼に扶養義務があるのは、ソーニャとマリー、カーリンの三人だ。マリーは十六歳であるが、十代の間は被扶養者とみなされる。


 エドラが騎士侯位なしに居座れば、それはただの居候である。今は後見人なのでこの家にいても不自然ではないが、何か不都合があればいつでも出て行く所存ではある。一人暮らしができるくらいの稼ぎはあるのだ。

「姉上……僕、プレッシャーでおかしくなりそうなんだけど……」

「自分よりおかしい姉に爵位を押し付けようとするんじゃありません」

「姉上、自分がおかしい自覚はあるんだね……」

 エドラは無言でフランの額をはじいた。余計なお世話だ。三度婚約して三度とも婚約者が死んだから騎士団に入るわ! と言った自分がおかしいのはわかっている。

「まあ、私がいる間は甘やかしてあげるよ。お母様はそれどころではなさそうだし」

 まさか夫がこんなに若いうちに亡くなるとは、ソーニャも思っていなかったのだろう。自分がしっかりしなければ、という気負いがひしひしと感じられる。

「姉上……相変わらずゆるいね……」

 フランが苦笑気味に言った。緩い、やる気がない、ものぐさと言われるエドラは、たまに本気を出すと引かれる。

「ま、フランはちゃんとやっていると思うよ」

 もう一度フランの頭を撫でると、彼は少し嬉しそうにした。そしてエドラは、まだ子供の弟妹達を放っておいたことをひそかに後悔するのであった。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


書いてると、主人公より妹たちの方がキャラが濃い気がしてきます。


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