19.問題が発生した
「『ノルンの誓い』があんな魔法だと知らなかったんだ! 説明しなかったあの女が悪い!」
取り調べでビリエルはそう叫んだそうである。エドラは当事者であるので関与していないのだが、取り調べの騎士にものすごく同情された。
エドラと実際に仲介したレンナルトは、説明不足を問われたが、多数の人間が契約現場を目撃しており、『ノルンの誓い』は成功していたこと、さらに、ビリエルがリータと仲睦まじくしていた現場の目撃者も多数いる。エドラたちが集めた証拠類も提出し、裁判になる前に解決した。
ビリエルは逆恨みでエドラたちを襲撃したことで今度こそ処分が下った。というか、ヘンリクソン伯爵家の跡取りから外された。代わりに、次男が跡取りになるらしい。エドラはそう報告を受けたが、「へー」としか言いようがなかった。
「興味なさそうだな」
「まあ、終わってしまえば興味ないですね」
アルノルドのツッコミに、エドラは正直に答えた。こちらに影響がなければ、基本的に面倒くさいので興味ない。
「ちなみに、リータとも破局したようだよ」
「むしろ、彼女は彼のどこが良かったのかしらね」
レンナルトからの情報に、エドラはまじめな顔でそんなことを言った。アルノルドなどは「ちなみにお前はどういう相手がいいんだ」などとセクハラ寸前のことを聞いてくる。あまり結婚する気のないエドラだが、一応語ってみる。
「そうですね。変人でもいいので、世間一般の常識がある人がいいですね」
「ああ。自分が変人だもんな」
アルノルド、非常に失礼である。さすがにむっとしたエドラは隣のレンナルトに尋ねた。
「……ねえ、レン。そろそろ王太子殿下、殴っても許されると思うんだけど」
「駄目だよ。反逆罪だからね」
レンナルトは微笑んで釘を差してきた。わかっている。言ってみただけだ。
「お前たち、俺に対して失礼だよな……」
がくっと落ち込んだ様子でアルノルドが言った。レンナルトが「まあまあ」と慰める。
「それで、マリーとはうまくいってるんでしたよね」
その言葉を聞いた瞬間、エドラの顔がゆがんだ。美人がすごむと怖い。しかし、幸せそうに顔を輝かせたアルノルドの視界には入らなかったようだ。
「マリーが好きだと……俺のことを好きだと言ってくれたんだ……!」
エドラ、思わず舌打ちしそうになったが、耐えた、可愛い妹を取られるようで腹が立つが、アルノルドは人間的に信用できるので、マリーを本気で愛してくれて、彼女も好きだというのならここに収まるのが一番幸せなのではないかとエドラも思っている。
「……ついに、恋人同士に……」
一応、エドラも嬉しそうなマリーから報告を受けているので、そのあたりは把握している。これは婚約も秒読みかと思ったのだが、そうはいかなかった。
「……だが、このタイミングで問題が発生した」
今度はずーん、と沈んだ表情でアルノルドは言った。もう、この世の終わりなのではないかと思うほどの沈んだ声だった。エドラは首を傾ける。
「その問題って、元帥が国王陛下に呼ばれていることと関係あります?」
エドラがアルノルドに呼ばれたのと同じく、元帥のグレーゲルも国王に呼ばれていた。レンナルトが「あるねぇ」とのんびりと言う。
「結構な大問題だよ」
「……アスガードの第一王女カロリーナが、遊学にやってくる」
しばらく、アルノルドの言葉が頭を貫かなかった。だいぶたってから、彼女は「はい?」と声をあげた。
「……敗戦した癖に、余裕ね」
「敗戦したからこそ、こちらの機嫌取りに美貌で有名な王女様を派遣してくるのかもね」
「でもこれ、絶対に王太子妃の座を狙ってきますよね」
「そうだね。殿下、ピンチですよ」
「それを言うなぁ!」
淡々と話し合っていたエドラとレンナルトであるが、アルノルドに話をふると案の定彼は吠えた。
「俺は! マリーを心から愛しているんだっ。そこに今更国の事情とか政略とか……」
「貴族にはつきものですが」
かつて自分も政略的な婚約をしたことがあるエドラがツッコミを入れるが、恋に恋する男には通じなかった。
「美貌で有名な王女だからって、俺の心が揺れるとでも思っているのか! 俺はマリー一筋だ! ……マリーに会いたい……」
「今の、一字一句たがわずマリーに伝えておきますね」
「カロリーナ王女……人となりはよくわからんが、マリーに手を出したら国外追放にしてやる……」
職権乱用では? というか。
「面倒くさいね」
「僕はこれに毎日付き合ってるんだよ」
笑いながら言うので、レンナルトの大変さはあまり伝わらなかった。
「ひとまず、これから忙しくなるのであまりマリーとデートに行けなくなると思う……お詫びと一緒に花束を届けさせた」
「もう届いてるってことですよね。ここで私に言っても、戻ったら完結していることですよね」
ツッコミを入れるが、忙しくなるのは本当だろう。エドラも第一騎士団副団長として、頭の中で今後の算段をしている。
「それと、警備により力を入れることになる。お前にも働いてもらうぞ」
「いや、いつも働いてますよ。暇なわけではないですよ?」
確かに、アルノルドのデートの護衛につきあったりしているが、エドラも別に暇なわけではないのだ。勘違いされては困るので、一応言っておく。
「お前も叔父上も、アスガードにとっては憎い敵だろうから、いい気分ではないかもしれないが」
「覚悟はしています。人手が足りないのに、文句を言ったりはしませんよ」
戦争で多くの命が失われた。人手が足りないのはわかっている。
エドラがアルノルドの前を辞した後、同じく国王と話をしてきたグレーゲルと少し話をした。
「女性の騎士が少ないからな。エドラ、取りまとめを頼む」
「でしょうね~。私もそれほど経験があるわけではないんですけど」
近衛連隊、王国騎士団、どちらを見ても、エドラが最も階級の高い女性騎士となる。そして、訪れる貴人が女性である以上、女性騎士が必要になるのは当然だ。
詳しいことは、詳しい日程が出てから決めることにした。ただ、やはり忙しくなるであろうことは事実だった。宮殿に泊まりこむ準備でもしておこうか。
「お姉様! 今日、アル様からお手紙が届きましたの」
帰宅したエドラに、マリーは間髪入れずにそんなことを言ってきた。事前にアルノルドから聞いていたので、エドラは「そうか」とだけ返す。
「忙しくなるそうで、あまりお出かけできなくなるそうです……」
しょんぼりと彼女は言った。これまでもそんなに頻繁で出かけていたわけではないのだが、そこからさらに減ると言われて、さすがのマリーもショックであるらしい。
「……さみしい?」
「はい」
即答されてエドラがうなだれそうになった。アルノルド王太子、どうやら脈ありどころか本当に好かれているようである。
「そうか……」
エドラがうなだれたのがわかったのだろう。マリーが「うふっ」と笑った。
「そこでショックを受けてくれるお姉様も大好きですわ」
「マリー、お前、意外とサディストだね」
そう言うと、「お姉様の妹ですもの」と返答があった。エドラはそれほどサディストではないと思うのだが。
「私もしばらく忙しいよ。聞いていると思うけど、アスガードのお姫様がやってくるからね」
「もう噂になっているわ。何でも、王太子妃の座を狙っているとかで」
と、口を挟んできたのはソーニャだ。彼女もマリーも、今日はどこぞのお茶会に行っていたらしく、噂を聞いているようだ。
「それでも、アルノルド殿下が愛しているのはマリーだよ」
そうは言っても、愛だけではどうにもならないことが世の中にはたくさんあるのだ。それを理解しているマリーはまたしょぼんとしてしまった。エドラはそんな彼女の頭を撫でる。
「マリー、お前はもう、アルノルド殿下の恋人として知られているからね。十分気を付けるんだよ。私も、今回はあまり側にはいられないと思う。本当に王太子妃になりたい人なら、何をしてくるかわからないからね」
「……ひとまず、お姉様の妹である限り、大丈夫なような気がしますわ……」
そんなマリーの言葉に、エドラは苦笑した。
「お前、本当に図太いね……」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
エドラ、アルノルドを白い目で見てそう。