18.お構いなく!
アルノルドとマリーがデートで王都の公園を訪れたのは、よく晴れた日のことだった。公園を一周するのは若い男女の定番のデートコースであるらしいし、親密になればボートに乗ったりするのも良いだろう。公園には池があるのだ。防衛上の理由で、今回は乗らないけど。何かあれば池を丸ごと凍らせる、と言っておいたので、乗ろうなどと言いださないはずだ。
エドラは少し離れたところをレンナルトと並んで歩いていた。アルノルドとマリーは、素っ気ない恰好をしていても、やっぱり品の良さが出ている。まあ、エドラとレンナルトも貴族のお忍び感が隠せていないが。ちなみに、エドラはレンナルトに言われたからではないが、ロングスカートをひらめかせていた。
「周りに怪しい人影はなし……エドラ」
「何?」
今その口で怪しい人影はなし、と言ったところなのに、レンナルトはエドラに呼びかけた。いや、今回はエドラから言いだしたから否定することもできないが、最近エドラとレンナルトがセットにされている気がした。
「その格好、可愛いよ」
「…………ありがとう?」
「どうして疑問形なの」
本気なのに、とレンナルトはすねたように言うが、本当にこの男は読めない。でもたぶん、今のも本音。ひとまずエドラは話をそらすことにした。
「レンナルトもその格好、結構かっこいいわよ」
かっこいいも何も、端正な顔立ちをしている彼はだいたい何を着ても似合う。だが、彼は思いのほか嬉しそうに言った。
「そう? エドラに言ってもらえるとうれしいよ」
「え、うん」
いつものにこにこポーカーフェイスだが、ちょっと違うような気もして、エドラは首をかしげた。それから視線を前に戻す。ちょうどアルノルドがマリーの手を握ったところで、思わず舌打ちが出そうになった。それに気づいたのか、レンナルトが強引にエドラの肩を抱き寄せた。
「言っておくけど、今回のデートは君が言いだしっぺだからね」
「……わかってるわ」
わかっている。アルノルドは信用に足る人物であるし、ちょっと間抜けなところもあるが優しく、男気もある。マリーがいいというのなら、このまま王太子妃になってもいいと思う。
だが、そう言う問題ではないのだ。妹を手放すのがさみしいような、そんな感覚。
「ねえ。歩きづらいのだけど」
「ああ、ごめん」
レンナルトに抱き上げられるような形になり、足元がおぼつかなかったので苦情を言った。レンナルトはすぐに放してくれたが、手は離さなかった。振り会払おうかとも考えたが、不自然なのでやめた。
「ん?」
不意にエドラは視線のようなものを感じて振り返った。レンナルトが「どうしたの?」と尋ねてくるのに彼女は首を左右に振る。
「……何でもないわ」
誰もいなかったので。魔術だろうか。魔導師であるが、深く学んだわけではないエドラにはちょっとわからなかった。
「っと」
突然、魔法攻撃を受けた。エドラの魔法障壁が何とか間に合う。エドラとレンナルトの二人は魔法攻撃を受け流した瞬間、アルノルドとマリーの方へ駆け出した。
「殿下!」
「マリー」
不安げなアルノルドに対し、何故かマリーは楽しげだった。
「来ましたのね」
何故かうきうきしながら言うマリー。我が妹ながら訳が分からん。何故この状況で楽しめるのか。
「エドラ。援護をよろしく」
「了解したわ」
すらりと剣を抜くレンナルトに、エドラはうなずく。広域に干渉する魔法が得意であるエドラだが、別に個々は狙い撃つことが苦手なわけではない。
「七人か。行けるね」
やとわれかわからないが、魔導師二人を含めた七人がエドラたちを囲んでいる。エドラとレンナルトを二人相手取るのであれば、戦力的にちょっと足りないだろうと、エドラも思う。
レンナルトが近くにいる男から順に斬っていく。エドラはそんな彼を狙う魔導師たちを相手取る。この暑い夏の時期に氷のつぶてが襲いかかったりもしたが、それがエドラの力なので仕方がない。季節外れだが。
魔法に集中していたために気付くのが遅れた。
「お前のせいだぁぁあっ」
右側から声が聞こえ、短剣を持って襲い掛かってきた男がいた。男と言うより、少年ほどの年ごろ。ビリエルだ。いつも気障に整えていた髪を振り乱し、何故かエドラの方に短剣を振り上げる。
「こっち!?」
「エドラ!」
レンナルトが振り返る。アルノルドもマリーを後ろに下がらせながら「大丈夫か!」と声をかけてくる。
「こっちは対処するのでお構いなく!」
ビリエルの短剣をつかんだ手をつかんだがいいが、そのまま地面に引き倒されたエドラは、もう片方の手首を押さえつけられ攻防をしながら叫び返した。どう考えても体勢的に不利なエドラであるが、それでも現役の騎士であるエドラは一応、ビリエルと違って戦闘訓練を受けている。彼に足払いをかけた。
体勢を崩した彼に右半分だけ体を起こして蹴りを食らわせる。ワンピースのスカート部分が大きくめくれ上がったが、気にするエドラではなかった。反動で起き上がると、今度はエドラがビリエルを地面に押さえつけた。短剣を奪い取ると、その顔面に向かって拳を叩き込む。……寸前で止めた。ビリエルの顔が恐怖に引きつっていたのでやめたのである。ひとまず短剣だけ回収した。
「う、わあああっ」
エドラが上からのいたので自由になったビリエルは、逃げるのではなく、何故かエドラに殴り掛かった。彼女は落ちついて殴り掛かってきたその腕をつかむと、背中にひねりあげた。
「きれいに治るから、大丈夫よ」
一応そう声をかけて二の腕の骨を折った。ぎゃあっと悲鳴が上がる。レンナルトが「わお」と声をあげた。
「優しいね、エドラ。肩を粉砕しても誰も何も言わなかったと思うよ」
「……過激だね、お前」
エドラは肩をすくめて答えた。たぶん、エドラはそこまでしないだろう。
「これで全員か?」
「おそらくは」
アルノルドの問いに、レンナルトがうなずいた。マリーがいそいそとエドラの側に寄ってくる。
「お姉様、格好良かったですわ!」
「……あはは」
目をキラキラさせてそんなことを言ってくるマリーに、エドラはあいまいに笑う。アルノルドは目を輝かせるマリーを見て、「俺も見習うべきか」などとつぶやいている。いや、それとこれとは別問題なのでは。
「ひとまず、いったん宮殿に戻りましょう。彼らにも話しを聞かなければなりませんし」
と言いながらレンナルトはエドラの肩に自分が着ていた上着をかけた。エドラが自分の服を見ると、なるほど。汚れているだけに飽き足らず、所々裂けていた。エドラはひとまず腕を通し、長い袖を折った。それでも大きいけど。
「お姉様かわいい……萌え」
はあ、と頬に手を当ててマリーがため息をついた。さっきから何なのだ、この娘は。いや、妹なのだけれども。
「……マリー、うらやましいのか?」
「いえ。こういうのは見ている方が楽しいのですわ」
アルノルドの問いかけに、マリーは笑みを浮かべてそう答えた。アルノルドは「そうか……」と何故かショックを受けた様子。レンナルトは何が楽しいのか笑っていた。
「連隊長のような気障な方は、見ている分には楽しいですけれど、わたくしにはあいませんわ。わたくしはちょっと抜けていますけれど、優しい殿下が好きですわよ」
「そ、そうか」
ぱあっと表情が明るくなったアルノルドだが、エドラが射殺しそうな視線を自分に向けているのに気付き、しゅん、と小さくなった。ちょっと悪いことをしてしまった。反省。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ひとまず、一部完。