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16.迷惑している!











 エドラは実際に裁判沙汰になった場合のために情報収集を行った。さすがに長期間王都を不在にしていたエドラでは無理な部分もあるため、母ソーニャにも手伝ってもらった。さすがに伯爵夫人をしていただけあって、情報収集は手慣れたものだった。エドラも見習いたいところである。


「これだけの証拠が出てくるのに、『名誉が傷ついた』なんてよく言うよねぇ」


 一応、ラーゲルフェルト伯爵であるフランの眼に触れた転写魔法による絵に、彼は呆れたように言った。これはソーニャが友人から手に入れたものである。ばっちりビリエルとリータが仲睦まじそうにしている姿が写っている。


「できれば抱き合うか、もっといえばキスでもしているところが欲しかったけど、さすがに無理か」

「……エドラ姉上」


 フランがちょっと引いた様子を見せた。決定的証拠が欲しかったが、やはり難しいだろう。その他証言や、ビリエルがリータのために買ったと言う装飾品や服のリスト。さらにフランとマリー自身が法律を調べて、彼女らの行為が正当であると言うことの裏付けをした。

「……ん?」

 だが、エドラはふと気づいた。突然声をあげた長姉の姿に、弟妹と母は首をかしげる。

「良く考えたら、マリーはビリエルと『ノルンの誓い』を結んだな」

「え、ええ。そうですわね」

 マリーがうなずく。あの魔法で、仲介をしたのはレンナルトであるが、エドラ自身もその場にいて正常に契約が結ばれたことを確認している。

「あの契約は婚約破棄が正当である、という内容も含まれていたはずだわ……ということは、婚約破棄に同意したのにそれを翻そうとしている……」

「そんな事ってできるの?」

 フランが首をかしげて尋ねた。エドラも言うほど魔法に詳しいわけではないのだが、さすがにわかる。

「『ノルンの誓い』は強力な魔法契約よ。破ったらそれ相応の見返りがあるわ」

「呪いがかかるってこと?」

「まあ、簡単に言うとそう言うこと。仲介者や契約内容によって呪いはまちまちらしいけど、仲介者がレンナルトだから、それなりに強力なんじゃないかしら」


「……では、わたくしたちは証拠集めをする必要がない、と言うことですか?」


 マリーがぐったりして言った。ソファの背もたれに寄りかかってだらしがないが、気持ちはわかる。


「いや、そうとは限らない。契約反故による呪いがかかっていたとしても、起訴されないとは限らないもの。うてる手は打っておくべきだわ」


 まあ、ベアトリスからの受け売りだけど。準備は多い方がいいだろうと言うのは、エドラにも理解できる話だ。

 そう言うことになったのだが、ある日、仕事をしていたエドラはレンナルトに呼ばれて廊下に出た。


「何。あ、これ、返し損ねてたハンカチ」


 次のデートまでまだ日があったはずだが。そう思いながら借りっぱなしになっていた彼のハンカチを差し出す。一応紙袋に入れて、中には新品のハンカチも入っている。それを受け取り、レンナルトは苦笑を浮かべる。

「別によかったのに。そのまま持ってて。一つ報告。『ノルンの誓い』の強制力が働いてる。ビリエルの方だね。まあ、妙な動きをしていたから、こうなるんじゃないかと思ったけど」

 はあ、とレンナルトがため息をつく。彼は苦笑を浮かべて言った。

「馬鹿よねぇ、彼。自分から破棄を言いだしたくせに、結んだ魔法契約のことすらわかっていなかったんだから」

「……」

 思わずエドラはじっとレンナルトを見つめた。何となく、含みがあるように感じられたのだ。彼はすぐに気づいて先ほどとは違い、満面の笑みを浮かべる。

「何々? どうかした? 見惚れた?」

「……いや、別に。きれいな顔だとは思うけど」

 適当にはぐらかす。腹黒そうに見えたのだ、とでも言おうものなら、三倍くらいになって返ってくる気がする。

「そう? ありがとう。エドラみたいな美人に言われるとうれしいよね」

「……ああ、そう」

 反応に困ったエドラである。まあ、彼女も黙っていれば美人と言われたか。


 話を戻して。


「とりあえず、殿下も気にしてたから、報告。まあ、君たちも動いてるみたいだから、心配なさそうだけど」

「そうだけど……ビリエルには呪いがかかってるはずよね。なら、もう何もないかもしれないわ」

「……だと、いいんだけどね」

 歯切れ悪くレンナルトが言うのは何故か、この時のエドラにはよくわからなかった。

 しかし、ほどなくしてわかった。ビリエルが乗り込んできたのである。何故かラーゲルフェルト伯爵家ではなく、エドラの職場に。

「おい!」

 事務所とはいえ、騎士が集まる場所に乗り込んできたビリエルは無駄に偉そうだった。エドラの席の目の前まで来ていたが、彼女は目も上げずに書類を読んでいた。


「お前だ! 氷の魔女!」


 珍しい名で呼ばれ、エドラは目を上げる。氷を操るエドラは、ニヴルヘイム内では『氷姫』と呼ばれることが多かった。氷の魔女と呼ぶのは主に国外のものだ。


「悪いけど、あなた、人に話しかける態度ではないから無視させてもらうわね」


 反応したのにこの言いぐさである。ビリエルはさぞかしかちんと来ただろう。両手でエドラの執務机をたたいた。大きな音がして、年若い騎士がびくっとしたのが見えた。

「うるさい! お前のせいでこっちは迷惑してるんだよ!」

「現在、迷惑しているのは私だわ」

 仕事を邪魔されたのだ。エドラだって怒っていないわけではない。怒るのが面倒くさいだけだ。ただ言いがかりをつけに来ただけなのはわかっているし。


「俺の方が迷惑している! これをどうしてくれるんだ!」


 ビリエルがざっと服の袖をめくってエドラに見せつけたのは、腕に刻まれた文字だった。皮膚に直接『裏切り者』と刻まれている。エドラは目をしばたたかせた。


「初めて見たわ。『ノルンの誓い』を破るとこうなるのね」


 のんびりそんなことを言うエドラにビリエルは殴りかかろうとしたが、その前に背後からブロルに羽交い絞めにされた。

「申し訳ないが、ビリエル殿。さすがにうちの副長殿をやらせるわけにはいかないので」

「放せっ」

 暴れるビリエルをブロルは冷静に押さえつけている。さすがに事務職が主とはいえ、騎士だ。エドラなどは「ちょっと、誰か録音して~」などと他力本願である。

「ビリエル。お前のその状態は一度は同意した契約を反故にした結果だよ。つまり、自業自得ね」

「うるさいっ。お前も説明しなかっただろうが!」

「いや、知らないなら聞きなよ。普通、よく知らない魔法契約を結ぼうとしないでしょ」

 エドラがツッコミを入れた。魔導師であるエドラからすれば、内容をよく知らない魔法契約を結ぶなどありえない。


「普通の人間である俺に魔法のことなんかわかるか!」


 そう言うことを言っているのではないのだが。こいつ、話が通じないタイプだ。知っていたけど。ビリエルを拘束しているブロルが「どうする、こいつ」みたいな表情をしている。

「とにかく、その呪いが発動したと言うことは、あなたの方で契約違反があったと言うことよ。結んでしまったものは、もう仕方がないもの。自分が犯した『裏切り』を理解し、心から反省すればその文字は消えるわ」

 たぶん。解除方法まで教えているのに、ビリエルは「うるさい! 俺は悪くない!」などとまだ叫んでいる。魔法契約は、下手にエドラたちが見るよりもよほど公正に判断してくれると言うのに。

「もういいでしょう。自分を見つめ直してよぉく反省なさい」

 連れ出せ、とブロルに指示するが、ビリエルは暴れた。

「まだ話は終わってない!」

「私は終わりました。何であんたに親切にしないといけないの。これ以上言座るなら、公務執行妨害で投獄するわよ」

 ずばっと言い切ったエドラにビリエルは何やら叫んでいたが、ブロルが力づくで彼をたたき出した。それを見届け、エドラは尋ねた。

「今の、録音してた?」

「ばっちりですよ」

 若い女性騎士がぐっと指を立てて言った。エドラも人のことは言えないが、ここにいると女性はだんだん残念になっていくのだろうか、と思った。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


そろそろ第1部完ですかねー。


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